第107話 魔法少女?
奇跡の光が収束し、夜明けの光が硝子の庭を照らし出す頃。
事態は、急速に収束へと向かっていた。
「は、離せ!無礼者!私は公爵だぞ!」
王宮騎士団によって拘束されたヴァレリウス・カエルス公爵が、往生際悪く喚いている。
その髪は振り乱され、かつての銀狐の如き気品は見る影もない。
「あの子は……あの素材は、最高傑作なのだ!カエルスの血の結晶だ!私が管理せねばならん!」
「……見苦しいぞ、ヴァレリウス」
魔導王オリオン陛下が、冷徹な瞳で見下ろした。
「貴様は『血』にこだわりすぎた。彼女の力は血統ではない。『魂』と『愛』、そして彼女自身の『意思』によるものだ」
「オリオォォンンっ!」
「連れて行け。国家反逆罪、ならびに要人への殺人未遂および監禁罪だ。……沙汰を待て」
公爵が引きずられていく。
陛下は、その背中を見送った後、周囲に控えていた騎士たちへ鋭い視線を向けた。
「総員、聞け。昨夜の現象についての『公式発表』を行う」
騎士たちが姿勢を正す。
「此度の奇跡は、ゼノン令嬢によるものではない。彼女の祈りに応じて現れた、『高位精霊の御使い』によるものとする。……よいな?」
陛下は私を見て、悪戯っぽくウインクをした。
隣にいたノクスさんが、やれやれと肩をすくめる。
「へいへい。情報操作は僕の仕事ですね。……お嬢ちゃん、感謝してよね?」
私たちは、ボロボロになったクラウス先生を連れて、ゼノン家別邸へと戻った。
屋敷の前では、父上、母上、セリナ、カイルが心配そうに待ち構えていた。
「パスティ!無事か!」
「お嬢様!」
駆け寄るみんなに、私は笑顔で応えた。
そして、母上の元へ歩み寄る。
「母上。……お祖父様は、陛下に捕らえられました」
母上は、一瞬だけ王宮の方角を見つめた。
その瞳には、複雑な色が浮かんでいたが、やがて静かに伏せられた。
「……そうですか。あの人は、自らの野心に焼かれてしまったのですね」
母上は、私の頬についた煤を指先で拭い、優しく抱きしめてくれた。
「よく無事で……本当に、よく頑張りましたね」
「はい……!」
昼過ぎ。
屋敷の一室で、クラウス先生が目を覚ました。
私が部屋に入ると、彼はベッドの上で身を起こそうとして、顔をしかめた。
「無理しないでください。毒は消えましたけど、体力は空っぽなんですから」
「……ゼノン令嬢」
私はサイドテーブルにあったものを手に取った。
片方のレンズが割れ、フレームが歪んでしまった眼鏡だ。
「先生。これ、直せそうにありませんね」
「……ええ」
彼は視線を落とし、重い口調で語り始めた。
「……申し訳ありませんでした。私は……貴女を『監視』し、公爵に情報を流すために送り込まれた間諜でした」
「知ってましたよ。旅の最初の方で教えてくれましたし」
「ですが!……私は、貴女の側につくと決めておきながら……土壇場で公爵の帰還命令に逆らえず、貴女を危険な目にあわせてしまった。」
彼は拳を握りしめる。
「父であるベルンシュタイン子爵は、公爵の狂信的な支持者です。今回の私の行動――公爵への反逆は、実家からの『勘当』を意味します」
「……」
「魔導院での地位も、帰る家も失いました。……今の私は、何者でもありません……」
そこまで言って、彼は唇を噛んだ。
私は、壊れた眼鏡をゴミ箱にポイッと投げ捨てた。
カラン、と軽い音がした。
「……そんなことどうでもいいです」
「えっ……」
「あなたは、全てを捨てて私を守ってくれた。地位とか、家とか、派閥とか……そんなのどうでもいいです……」
私はベッドの端に座り、視界がぼやけて焦点が合わない彼の顔を覗き込んだ。
「勘当上等です!だったら、これからは実家の命令でも、魔導院の任務でもなく……正真正銘、私の『家庭教師』として就職してください!」
「……え?」
「お給料は辺境伯家から弾みますよ?待遇は保証します。……だから、これからも私の先生でいてください」
クラウス先生は、呆気にとられた顔をして、それから私の顔を探すように目を細めた。
裸眼の彼は、どこか幼く、頼りなげに見える。
「ですが……今の私には、貴女の顔すらよく見えない……」
「じゃあ、体が動くようになったら、一緒に買いに行きましょう!」
私は彼の手をギュッと握った。
「王都で一番いい眼鏡屋さんに行きましょう。フレームもレンズも、私が一番似合うやつを選んでプレゼントしますから!」
「……ゼノン令嬢……」
感極まったような彼の呼びかけに、私は唇を尖らせて遮った。
「もう。『ゼノン令嬢』は禁止です」
「え……?」
「他人行儀なのは嫌です。……先生なんですから、名前で呼んでください。『パスティエール』でいいです」
私がニッと笑いかけると、クラウス先生はハッとして、それからぼやけた瞳を細めて、困ったように、でも嬉しそうに微笑んだ。
「……はい。……謹んで、お受けいたします。……パスティエール様」
彼は私の手を握り返し、深く頭を下げた。
その日の夕方。
みんなでリビングに集まっていると、窓から黒い影が入ってきた。
クロウさんだ。
「よう、お嬢。王都はお祭り騒ぎだぜ。『昨日の鐘の音はなんだ』『オーロラが出現した』ってな」
クロウさんは、机の上に王家の紋章が入った書状を置いた。
「陛下からの親書だ。……単刀直入に言うぜ。今回の功績――サザン、ケルド、グラント山、そして昨夜の王都の奇跡。これら全てを『謎の歌姫』の功績として処理することになった」
「えっ?」
「お嬢がやったと公表すれば、お前は『英雄』として祭り上げられる。そうなれば、学園に行くどころか、一生『籠の中の鳥』だ。聖教国や他国からの干渉もうるせぇ」
確かに。そんなの絶対お断りだ。私は普通の学園生活を送りたいのだ。
「そこでだ。陛下からの提案だ。『明日の叙勲式、正体を隠した謎の歌姫として参加してくれ。その後、何食わぬ顔でゼノン令嬢に戻れ』とな」
「……つまり、変装しろと?」
「そうだ。だが、ただの変装じゃバレる。……お嬢、昨日見せた『あの姿』になれるか?」
「はい、わかりました!いきますわよ、ポルカ!」
『了解、パスティ!!』
ポルカが光り輝き、私の体に溶け込む。
同時にリビングが光に包まれ、次の瞬間――私の姿は一変していた。
パステルピンクのボブヘアが伸び、碧色と桃色のグラデーションのロングツインテールへ。
光の粒子が私の体の上で踊るように形を変え、煌めく碧色のドレスを形作る。
背中には、光り輝く五線譜の翼が柔らかく広がった。
「――同調、完了」
私が告げると、両親が絶句した。
「なっ、なんだこれは!?本当にパスティなのか!?」
「まあ……なんて神秘的な……。魔力の質まで完全に変わっていますわ」
クラウス先生が、ぼやける目を細め、魔力感知で私を観察して頷いた。
「ええ。グラント山でも同様に水の精霊の力を借りて不死鳥を鎮めました。髪色、魔力波長が変化します。これなら、至近距離で見ても、魔力感知でも『パスティエール様』とは結びつかないでしょう」
クロウさんが満足げに指を鳴らした。
「決まりだな。お前は明日から、ゼノン家の令嬢であると同時に、正体不明の英雄だ。陛下がつけたコードネームは――『メロディア』」
「メロディア……」
「ああ。『旋律』って意味だ。お前にピッタリだろ?」
クロウさんはニヤリと笑い、私の青い髪をつまんだ。
「民衆にもその名を呼ばせて浸透させる。……派手に頼むぜ、メロディア様?」
正体隠蔽。二重生活。
私のオタク心が激しく反応する。
なにそれ、魔法少女みたいで最高にかっこいいじゃない!
「やります!メロディア、任務を受諾します!」
私が敬礼すると、先生がやれやれと肩をすくめた。
「……家庭教師の業務に、『歌姫のマネージャー』が追加されるのでしょうか」
すると、横で目を輝かせていたセリナが、身を乗り出した。
「あら、それなら私にお任せください!衣装の管理やメイクなら、このセリナが完璧にこなしてみせますわ!」
「セリナ……!」
「パスティエール様を世界一輝く歌姫にしてみせます!」
頼もしすぎる味方だ。
私は二人を見て、ウインクを飛ばした。
「ふふ、頼りにしてるわよ、敏腕マネージャーたち?」
明日の叙勲式。
この国一番の「嘘」と「希望」を振りまいてみせましょう。




