第104話 【幕間】六つの怪物
魔導国、王都アルカディア。
その最奥、王城の執務室にて、私は一通の報告書を読み終え、天井を仰いで深く嘆息した。
「……ふぅ。まったく、とんでもないお嬢さんだねぇ」
私の名はオリオン・アルカディア。
この魔導国の王であり、世間からは『魔導王』などと呼ばれているが、実態はただの知識欲にまみれた研究者に過ぎない。
だが、そんな私ですら、この報告書の内容には度肝を抜かれた。
ゼノン辺境伯家の長女、パスティエール・ゼノン。
わずか7歳の幼女が、聖教国で異端審問官を相手に大立ち回りを行い、獣王国では上位精霊『不死鳥』の暴走を沈静化させ、あまつさえ、あの頑固な獣王レオニダスと同盟を結んできたという。
「しかも、伝説の災厄『侵蝕者』の情報を持参して、だ」
傍らに控えるカラスの獣人――私の直属であるクロウに視線を向ける。
「お前も災難だったな、クロウ。不死鳥には会えたかい?」
「カァ……。会えはしたが、死ぬかと思ったぜ。まあ、あのお嬢ちゃんの『歌』のおかげで助かったがな」
「『歌』か……」
私は窓の外、広大な王都の街並みを見下ろした。
彼女は、これから激動の渦中に身を置くことになる。
聖教国からは『異端』として狙われ、国内ではカエルス公爵のような古狸たちが『兵器』として利用しようと舌なめずりをしている。
いっそのこと、私の直轄として手元に置いて飼い殺すか?
……いや、それは違うな。
彼女は聡明だ。私の知る限り、歴代のどの魔導師よりも『本質』を見抜く目を持っている。そんな才能を権力で縛るのは、国の損失だ。
「正しく育てよう。魔導院で教育を受けさせ、彼女自身の意志で、この国の力になってもらうべきだ」
私は決断を下し、指を鳴らした。
「全魔導卿に招集をかけろ。……猛獣たちの相手をする時間だ」
大賢者の円卓会議室。
招集に応じ、この国の魔導の頂点に立つ六人の魔導卿たちが、それぞれの席に着いていた。
どいつもこいつも、才能と引き換えに常識をどこかに置き忘れてきたような連中だ。だが、彼らこそがこの国を支える柱でもある。
「議題は『侵蝕者の再来』、そしてその対抗策の可能性についてだ」
クロウが持ち帰ったデータと、獣王からの親書を提示する。もちろんパスティエール嬢の名前は伏せている。
それを見た彼らの反応は、予想通りバラバラであり、それぞれの背後にある思惑を映し出していた。
最初に口を開いたのは、長い耳を持つエルフの青年、天象卿シエル・ウィンド。
「……不死鳥、だと?」
長い耳を持つエルフの青年、シエルが、獲物を射抜くような鋭い眼光を放った。
「上位精霊の一翼、不滅の象徴であるあのお方の顕現に、人間の小娘が立ち会った?……あり得ない。我らエルフ族ですら、ここ数百年は精霊の顕現を確認出来ていないというのに
!」
彼は立ち上がり、机に身を乗り出した。その瞳には、隠しきれない情熱と、聖域を侵された者のような疑念が混在している。
「もしそれが真実なら、その娘は精霊に愛されし者か、あるいは精霊の理を歪める忌むべき魔女か……どちらかだ。私はこの目で、彼女が相応しい器かを見極めねばならん」
――魔導院の「精霊至上主義者」。エルフにとって精霊は神に等しい。彼にとってこれは政治ではなく、信仰の問題なのだ。パスティエール・ゼノンにとって薬となるか毒となるか。
だが、閉鎖的なエルフ族とのパイプを維持するためにも、彼の発言力は無視できない。精霊の扱いに長けた彼らの協力は、今後不可欠になるだろう。
「非論理的ですね」
その隣で、神経質そうに指先で机を叩いているのは、概念卿レオン・コード。
「感情や歌などという不確定要素をトリガーに精霊が動くなど。……ですが、シエルがこれほど昂るほどの現象だ。解析の価値はある。その『歌』の術式を解明すれば
精霊魔術の理解はさらに進むでしょう、他国へのアドバンテージにもなる。」
――こいつは「魔導院の頭脳」。現代魔術の術式から古代魔法の理を紐解こうとしている天才だが、彼にとってパスティエール嬢を研究対象としか見ていない節がある。
彼は『言霊魔術』が専攻だ。音や言葉が持つ力を誰よりも知っているはずなのだが……「歌」という観点からも、本来ならばもう少し柔軟な考えを持ってくれるといいのだが。
「ガハハ!細けぇことはいいんだよ!」
ドン!と机を叩いて豪快に笑ったのは、ドワーフの女性、贋命卿イゾルデ・アニムス。
「要は、すげぇバケモンが出るってことだろ!?なら話は早ぇ!ウチのゴーレム部隊の出力強化だ!新型の魔導炉を試す絶好の機会じゃねぇか!」
――相変わらず大きな声だ。彼女は「技術」と「暴力」の権化。
だが、彼女がいなければ、我が国の自律型ゴーレムによるインフラ整備はここまで進まなかっただろう。彼女の技術力は、国防の要だ。多少の品行の悪さは目をつぶるしかない。
「会議中ですよ、イゾルデ」
呆れたように嗜めたのは、聖職者の衣を纏った優雅な女性、聖痕卿エリス・ライト。
「ですが……『癒やしの歌』ですか。聖教国の秘儀である『祈祷術』に近い力を、魔導国の少女が……。興味深いですね……」
――彼女は「背徳者」。聖教国の『祈祷術』解析のためにと魔導卿に推された彼女だが、裏で本国と繋がっていることは知っている。
この件も彼女から聖教国に漏れるだろうが、それも織り込み済みだ。「魔導国が対抗策を持っている」という情報は、聖教国への牽制になる。あえて利用させてもらおう。
「へぇ、面白いねぇ」
軽薄な口調で割り込んだのは、狐の耳を持つ獣人の青年、鏡像卿ノクス・ファントム。
彼は爪の手入れをしながら、ニヤリと笑った。
「貴族派閥も裏で色々と動いているみたいだし……僕も一枚噛もうかな?」
――「暗部」。彼は魔導卿として役職を与えられているが、その本質は魔導国の諜報・暗殺を一手に担う執行者だ。
貴族派閥の動きを牽制し、国の膿を処理するためには、これからも彼らの力を借りる必要がある。
「フン。相変わらず陰気な奴らだ」
最後に口を開いたのは、巨躯の熊の獣人、剛身卿ガイア・アックス。
「しかしあの石頭の獣王レオニダスにそこまで気に入られるとはな、あの嬢ちゃんさすがだな」
ガイアはニッと牙を見せて笑った。
「俺は賛成だ。魔導国として総力を挙げて『侵蝕者』に対抗する。そのために、あの子の力は必要不可欠だ」
――「武力」。彼もまた、獣王国と繋がっていることは知っている。
しかし、獣王国は正式に同盟を結ぶと言っている。かの獣王も、ゼノン令嬢をいたく気に入って倅の嫁にと迫ったと聞いている。
ならば、彼を通じて獣王国との連携を強化するのが上策だ。ここは素直に協力してもらうとしよう。
私は六人の顔を見渡した。
この国の魔導の中枢は、歪で、清濁が入り混じっている。
だが、王とは、その全てを飲み込み、統べる者のことだ。
私は、王としての威厳を込めて宣言した。
「方針は決まった。魔導国として、侵蝕者の影響が他にもないか、国内全土の調査を開始する。各々、専門分野からのアプローチで準備を進めよ」
会議は終わった。
巨大な歯車が回り出す音が聞こえる。
パスティエール・ゼノン。
この伏魔殿のような国で、君はどう歌う?
私は期待しているよ。君がこの国を、いや世界を変えるきっかけになることをね。




