本屋
「フッフフーン♪ デート楽しみだね!」
「ソーダネ......」
ノマちゃんは弾むような軽い足取りで、鼻歌混じりに僕の前を歩いてる。僕はそんな楽しげな様子を、虚ろな目で眺めていた。
おかしい。僕は平穏な日常を望んでたはずなのに......昨日を境にどんどん平穏から遠のいてる気がする。
勇気を出してナンパから女の子を助けて、名前も知らない女の子と付き合うことになって、その女の子が学校の校門前に待ち構えていて、そしてそのままデート......
ああ、安らぎが足りない。平穏な日常を返してくれ......
「琥珀くん、どうしたの? なんだか干からびたカエルみたいに元気がないけど?」
「ナンデモナイヨー......」
僕は虚ろな目でトボトボ歩きながら、生気のない返事をした。
というか、さっきから気になってたんだけど......この子と一緒に歩いてると周りからの視線がめちゃくちゃ気になるな......
ほぼ初対面の男を彼氏にしたり、通ってる高校を突き止めて待ち伏せしたりの奇行で忘れてたが、この子の顔はそこらのアイドルにも引けを取らないほど美人だ。
美人ゆえに男女問わずに街ゆく人達が振り返る。そしてその視線は、隣を歩く僕にまで向けられる。やめて、僕に注目しないで。
ああ、いますぐにも逃げ出したい。
「ところで......いまどこに向かってるの?」
僕は周りの視線から気を紛らわすために、適当な話題を振る。
そういえば、流されるままこの子の誘いに乗ってしまったが、正直言うと今日は寄りたかったところがあったんだよな......
まぁ、今日じゃなきゃだめなものでもないし、明日でいいか。
「駅の近くの本屋さんだよ!」
「え?」
まさか本屋とは。ちょうど僕が寄りたかったところだ。偶然とはいえラッキーだな。
「ほら、行こ!」
「ちょ......引っ張らないで」
僕は元気の有り余ってる女の子に袖口を引かれて、スタスタと歩くペースを早めた。
なんだろう。犬の散歩をしてる気分だ。
犬の散歩気分を味わうこと数分、僕たちは駅前の本屋にやって来た。
この周辺で一番大きな本屋でズラッと本が並んでるのはもちろん、綺麗でオシャレな店内にブックカフェまで併設されている。落ち着けるような雰囲気の店内が心地いい。
「何か買いたいものでもあったの?」
「うん! こっちだよ」
そういって歩き出す彼女に着いてくと、そこは漫画コーナーの新刊棚だった。
「これ! 今日が新刊発売日だったから買おうと思って!」
「その漫画......」
その子が手に取った漫画は、いま僕が一番ハマってる作品だった。
ラブコメ作品で、ヒロインがかなり魅力的に描かれていてかなり可愛いんだよな。
新刊が出る日を今か今かと待ちわびていたのだが、まさかこの子も好きだったなんて。
「琥珀くんもこの漫画すきでしょ?」
「............え?」
僕の感情を覗き見したかのようなノマちゃんの発言に、サーッと寒気が走るのを感じた。
「......なんで僕が、この漫画好きって知ってるの?」
嫌な予感を募らせながら、恐る恐る尋ねる。
「えっとね......これ!」
ノマちゃんは自分のスマホを僕に見せる。
そこに表示されてた画面を見て、嫌な予感が的中してしまったのを悟った。
「琥珀くんのSNSを見つけちゃって、そこに書いてあったんだ!」
ノマちゃんは悪びれた様子は一切なく、ニパッとした笑顔を僕に浴びせた。
「あのさ、昨日会ったばかりのほぼ他人が自分のSNSを知ってるのってどんな気分だと思う?」
「え? 自分のこと知ってくれて嬉しー! とか?」
おぅ......そういう解釈ですか......
「それに、私と琥珀くんは恋人同士だもん! SNSくらい知って当然でしょ」
「世間一般的には、僕たちの関係を『顔見知りの他人』って言うんだよ」
僕はジト目で、目いっぱいに冷えきった視線をぶつける。
「琥珀くんたら照れてるの? かわいい!」
目いっぱいに冷えきった視線を、まったく意に介さないように笑いとばされた。
「そもそも、僕は君の名前すら知らないんだけど」
「名前?」
前から気になってはいたが、僕はこの子の名前すら知らない。名前も知らない女の子に、僕の情報だけ筒抜けなのは正直こわい。
「LIMEの登録名で『ノマ』って名前なのは分かるけど......」
「あ、あれ本名じゃないんだ」
「......え?」
てっきりノマが名前かと思ってた。なんでLIMEの名前をニックネームにしてるんだろう。
「......じゃあ、本名は?」
すると、ノマちゃん(仮)は少し考え込むような仕草を見せる。
そして意味ありげに微笑むと、ゆっくりと口を開く。
「......秘密!」
「............ならしょうがないか」
僕は『なに勿体ぶってるんだこいつ』という言葉を飲み込んで、平静を取り繕った。
「そうそう! 私のことはノマって呼んでいいからね」
「......はいはい」
もう、なんでもいいや。
僕は考えることをやめて、ノマちゃんの言葉に適当にうなづいて見せた。




