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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第98話 結婚への道と最後の陰謀



 ワクチン接種の成功——それは、王国全体の医療に対する信頼を高めた。天然痘という恐ろしい病が、予防できる。その事実は、庶民から貴族まで、すべての階層に希望をもたらした。


 そして私、リーゼ・フォン・ハイムダルは、十八歳にして王立医学院首席研究員。アレクサンダー王子殿下との婚約者。辺境伯家の令嬢として、貴族に列せられている。


 春が近づき、結婚の準備が本格的に始まっていた。



 ◇ ◇ ◇



 王宮の衣装室で、三人の仕立て師が待っていた。「リーゼ様、ドレスの最終確認をお願いいたします」


 純白のドレス——シルクとレースを贅沢に使った、王家の婚礼にふさわしい衣装。


「……美しいです」正直な感想だった。前世で見たことのあるウェディングドレスとは、細部が異なる。だが、この世界の技術と美意識が詰め込まれた、素晴らしい作品。


「サイズはいかがでしょうか」


 試着してみると、私の体に完璧に合わせられていた。


「問題ありません」


「ありがとうございます。式の一週間前に、最終調整をさせていただきます」と仕立て師たちが深々と頭を下げた。



 ◇ ◇ ◇



 王宮の庭園で、アレクサンダー王子殿下と散歩する。春の陽射しが心地よい。


「もう二ヶ月だね」「はい」「緊張してる?」「……少し」と正直に答えると、殿下が微笑んだ。


「僕もだよ。王家の結婚式は、数百人の前で行われるからね」


「殿下でも緊張なさるんですか」


「当たり前だよ。君を幸せにできるか、ずっと考えてる」


 その言葉に、胸が温かくなる。


「私も……殿下のお役に立てるよう、精一杯努力します」


「リーゼは十分、頑張ってるよ。改良株ストレプトマイシン、ペニシリン、ワクチン……」と殿下が優しく私の頭に手を置いた。


「王家に嫁ぐということは、重圧も大きい。でも、君は一人じゃない。僕がいつも隣にいるから」


「……ありがとうございます」



 ◇ ◇ ◇



 だが、平穏は長く続かなかった。


 ある日の夕方、カール王子殿下が血相を変えて研究室に駆け込んできた。


「リーゼ! 大変だ!」「カール王子殿下……どうなさいましたか」「エドゥアルトが……兄さんが、とんでもないことを企んでる!」とカール王子殿下は息を切らしながら、一枚の書類を差し出した。


 それは——教会への密告状の写しだった。



 ◇ ◇ ◇



『リーゼ・フォン・ハイムダルは、悪魔と契約した転生者である』『彼女の持つ知識は、この世界のものではない』『顕微鏡、細菌学、抗生物質——すべて、前世の記憶から得たもの』『このような異端者を王家に迎え入れることは、神への冒涜である』



 書類を読んで、全身の血が凍りついた。


「……これは」「兄さんの部屋で見つけたんだ。まだ教会には送られていない」とカール王子殿下が悔しそうに拳を握った。「兄さんは、君が『転生者』だと気づいてる。いや、確信してる」「どうして……」「君の知識が、あまりにも体系的すぎるからだよ」とカール王子殿下が苦しそうに言った。


「細菌学の理論、顕微鏡の設計、ペニシリンの培養方法……すべてが完璧すぎる」


「それに、君が時々口にする言葉——『前世では』『現代では』……」


 ……しまった。油断していた。信頼できる人たちの前で、つい前世の記憶に基づいた発言をしてしまっていた。


「エドゥアルトは、君を観察し続けていたんだ」


「そして、決定的な証拠を集めた」



 ◇ ◇ ◇



「でも、これだけじゃ証拠にならないわ」と冷静に分析する。


「『前世』という言葉は、比喩として使うこともできる」「知識の体系性は、天才の証明でもある」「教会が動くには、もっと決定的な何かが必要」「その通りだ」とカール王子殿下が頷いた。「だから兄さんは、まだこれを送っていない。証拠を固めているんだ」「いつ送るつもりですか」「おそらく……結婚式の直前」


 最悪のタイミング。王家の婚礼という晴れの場で、異端審問が始まれば——アレクサンダー王子殿下の立場も、王家の威信も、すべてが崩れる。


「私が式を辞退すれば……」「ダメだ!」とカール王子殿下が強く首を振った。「君は何も悪いことをしていない。病を治し、人々を救ってきただけだ」「でも、転生者であることは事実です」「それが何だっていうんだ!」とカール王子殿下が叫んだ。


「君の知識が前世のものだろうと、神からの啓示だろうと、関係ない」


「君が救った命は本物だ。トマス、ソフィア、ベアトリス……数え切れない人たち」


「それを『異端』の一言で否定するなんて、僕は認めない!」



 ◇ ◇ ◇



「カール王子殿下……」


 胸が熱くなった。


「ありがとうございます。でも、私は——」


「逃げちゃダメだ、リーゼ」とカール王子殿下が真剣な目で見つめてくる。


「君が本当に前世の記憶を持っているなら、なおさらだ」


「その知識で、まだ救える命がたくさんある」「ここで諦めたら、未来の患者さんたちはどうなる?」


 ……その通りだ。結核、コレラ、マラリア、ジフテリア……まだ対策できていない病気は、たくさんある。私が研究を止めれば、救えたはずの命が失われる。


「でも、どうすれば……」「一緒に考えよう」とカール王子殿下が力強く言った。「アレクも、父上も、きっと君の味方だ」



 ◇ ◇ ◇



 その夜、アレクサンダー王子殿下と国王陛下に事情を説明した。


 謁見の間——そこには、カール王子殿下、アレクサンダー王子殿下、国王陛下。そして、私。


「リーゼ、正直に答えてほしい」と国王陛下が厳しい表情で問う。「エドゥアルトの主張は、事実か」「……はい」


 嘘はつけなかった。


「私は、前世の記憶を持っています」「三十二歳で亡くなった、医師としての記憶を」


 静寂。国王陛下が深く息を吐いた。


「そうか……」「父上」とアレクサンダー王子殿下が一歩前に出た。


「リーゼは、その知識で何千人もの命を救ってきました」


「転生者であろうとなかろうと、彼女の功績は本物です」


「わかっている」と国王陛下が手を上げた。


「問題は、教会がどう判断するかだ」「転生——それは、神学的に『異端』とされる可能性が高い」「魂の輪廻は、この国の教義では認められていない」



 ◇ ◇ ◇



「では、どうすればいいのですか」


 私が尋ねると、国王陛下が考え込んだ。


「いくつか選択肢がある」「一つ目——エドゥアルトを説得する」「ですが、それは難しいでしょう」とカール王子殿下が苦い顔をした。「兄さんは、もう引き返せないところまで来ています」「二つ目——教会に先手を打つ」と国王陛下が続けた。「リーゼの功績を、『神の奇跡』として公表する」「神が彼女に知識を授けた、と」「ですが、それは嘘になります」「嘘ではない」と国王陛下が静かに言った。「転生も、神の意志の一つかもしれん」「前世の記憶を持って生まれることも、神の計画の一部」「そう解釈することは、可能だ」


 なるほど……転生そのものを、神の奇跡として位置づける。そうすれば、異端ではなく、特別な恵みとなる。


「三つ目——」と国王陛下が重々しく言った。


「証拠を消す」「父上!」とアレクサンダー王子殿下が驚いた声を上げた。「エドゥアルトの密告状を破棄し、彼を遠方に送る」「それは……兄を追放するということですか」「そうだ」と国王陛下が頷いた。「だが、それは最後の手段だ」「できれば、避けたい」



 ◇ ◇ ◇



「私は……」


 三つの選択肢。どれも、困難を伴う。だが、ここで逃げるわけにはいかない。


「二つ目の方法を取りたいです」「転生を、神の奇跡として」「ふむ……」と国王陛下が顎に手を当てた。「それならば、教会の有力者の支持が必要だ」「大司教に謁見し、直接説明する」「危険です、父上」とアレクサンダー王子殿下が反対した。「もし大司教が異端と判断すれば、その場で審問が始まります」「だが、それ以外に道はない」と国王陛下が立ち上がった。「リーゼ・フォン・ハイムダル」「はい」「お前の覚悟を見せてもらおう」「明日、大司教と会う。準備をしておけ」



 ◇ ◇ ◇



 謁見の間を出ると、アレクサンダー王子殿下が私の手を握った。


「大丈夫。僕も一緒に行く」「殿下……」「君は一人じゃない。何があっても、僕が守る」


 その温もりが、心を支えてくれた。


「ありがとうございます」「ただ……一つだけ」と殿下が真剣な顔で言った。「明日の謁見で、すべてを正直に話してほしい」「嘘や誤魔化しは、すぐに見破られる」「大司教は、何十年も人の心を見てきた人だ」「……わかりました」


 正直に。誠実に。それが、唯一の道。



 ◇ ◇ ◇



 その夜、研究室に戻って資料を整理した。これまでの研究成果。治療した患者の記録。すべてを、明日の説明のために準備する。


「リーゼ先生」とエルヴィンが心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫ですか。顔色が悪いですよ」「ええ、ちょっと考え事をしていただけ」「……先生が困っていることがあるなら、私たちに言ってください」


 エルヴィン、マルティン、他の研究員たちが集まってきた。


「先生には、たくさん助けてもらいました」「今度は、僕たちが先生を助ける番です」


 その言葉に、涙が出そうになった。


「ありがとう……でも、これは私が向き合わなければならないこと」「みんなには、研究を続けてほしい」「私がいなくても、ペニシリンと改良株ストレプトマイシンの生産を」「先生!」とエルヴィンが叫んだ。「『いなくても』なんて言わないでください!」「先生は、ここにいるべき人です」「……ありがとう」



 ◇ ◇ ◇



 翌朝。


 王宮の大聖堂——そこで、大司教ハインリヒ・フォン・アルトブルク猊下が待っていた。


 七十歳を超える老人。だが、その眼光は鋭く、威厳に満ちている。


「リーゼ・フォン・ハイムダル、参りました」


 深々と頭を下げる。


「顔を上げなさい」


 大司教の声は、意外にも穏やかだった。


「陛下から話は聞いている」「お前が、転生者であると」「……はい」「前世で医師をしていた記憶を持っていると」「はい」「そして、その知識で多くの命を救ってきたと」「……はい」


 大司教がゆっくりと私に近づいてきた。


「では、尋ねよう」「お前は、なぜこの世界に生まれてきたと思うか」



 ◇ ◇ ◇



 その質問に、私は答えを探した。


 なぜ、私はこの世界に?なぜ、前世の記憶を持ったまま?


「……わかりません」と正直に答えた。「前世で、私は患者さんを救えずに亡くなりました」「そして気づいたら、この世界で赤ん坊として生まれていました」「最初は、混乱しました」「でも、成長するにつれて、気づいたんです」「この世界には、まだ救われていない命がたくさんあると」「前世の知識があれば、助けられる人たちがいると」


 大司教が黙って聞いている。


「だから……私は、医師になりました」「前世と同じように、病と闘うために」「それが、私がここに生まれた理由だと、信じています」



 ◇ ◇ ◇



 沈黙。大司教が目を閉じて、何かを考えている。


 そして——。


「リーゼ・フォン・ハイムダル」「はい」「お前の言葉に、嘘はないな」「……はい」「ならば、私はこう考える」と大司教が厳かに宣言した。「お前の転生は、神の意志である」「前世の記憶を持って生まれることも、神の計画の一部」「この世界に医学をもたらすため、神がお前を選んだのだ」


 ……え?


「猊下……それは」「異端ではない」と大司教が力強く言った。「神は、様々な形で奇跡を示す」「預言者に啓示を与えることもあれば、聖人に奇跡を起こさせることもある」「そして、特別な魂に前世の記憶を与えることも」「お前は、神に選ばれた器だ」


 信じられない。大司教が……認めてくれた。



 ◇ ◇ ◇



「ただし」と大司教が厳しい表情になった。「その力を、決して悪用してはならん」「お前の知識は、人々を救うためのものだ」「権力を得るためでも、富を得るためでもない」「……はい」「そして、傲慢になってはならん」「お前は神に選ばれたが、それはお前が偉いからではない」「神の道具として、謙虚に仕えよ」「……はい」


 大司教が私の頭に手を置いた。


「神の祝福があらんことを」「リーゼ・フォン・ハイムダル、お前の働きを讃える」



 ◇ ◇ ◇



 大聖堂を出ると、アレクサンダー王子殿下と国王陛下が待っていた。


「リーゼ!」と殿下が駆け寄ってくる。「大司教は……」「認めてくださいました」


 殿下が私を抱きしめた。


「よかった……本当によかった……」「これで、エドゥアルトの密告も無意味になった」と国王陛下が満足そうに頷いた。「大司教の公式見解として、お前の転生は『神の奇跡』だ」「教会がそう認めた以上、誰も異端とは言えん」


 ……助かった。本当に、助かった。



 ◇ ◇ ◇



 だが、エドゥアルト王子殿下は諦めなかった。


 三日後、王宮の謁見の間で事件が起きた。


「父上! これは認められません!」とエドゥアルト王子殿下が、大司教の宣言を真っ向から否定した。「転生者は悪魔の手先です!」「大司教が何と言おうと、私は認めません!」「エドゥアルト」と国王陛下が冷たい声で言った。「お前は、教会の権威を否定するのか」「いいえ! ですが、これは大司教の判断が誤っているのです!」「リーゼは、悪魔に魂を売った異端者です!」


 その瞬間——大司教が立ち上がった。


「エドゥアルト王子」「はい」「お前は、神の意志を疑うのか」「それは……」「私は、神に祈り、導きを求めた」「そして、神はこう答えた——リーゼは、選ばれし者であると」「お前が疑っているのは私ではない。神だ」


 エドゥアルト王子殿下が言葉を失った。



 ◇ ◇ ◇



「エドゥアルト」と国王陛下が重々しく宣言した。「お前の行いは、王家の恥だ」「個人的な妬みで、神の奇跡を否定しようとした」「……そんな」「お前は、しばらく王宮を離れよ」「北部の領地で、反省するがよい」「父上!」「これは命令だ」


 エドゥアルト王子殿下が、悔しそうに唇を噛んだ。


 そして——。


「……わかりました」


 最後に、私を睨みつけて、謁見の間を去って行った。



 ◇ ◇ ◇



 事件から一週間後。


 エドゥアルト王子殿下は、北部の辺境伯領に送られた。当分、王都には戻れないだろう。


 そして、私とアレクサンダー王子殿下の結婚式の準備が、再び動き出した。


「本当に……終わったんですね」と研究室で、安堵の息を吐く。


「ああ」と殿下が優しく微笑んだ。


「これで、誰も君を『異端』とは呼ばない」「『神に選ばれし医師』として、堂々と研究を続けられる」「……はい」


 新しい立場。新しい責任。だが、やるべきことは変わらない。


 病と闘い、命を救う。それが、私の使命。



 ◇ ◇ ◇



「リーゼ先生!」とエルヴィンが駆け込んできた。「新しいペニシリンの培養槽が完成しました!」「これで、生産量が三倍になります!」「素晴らしいわ。すぐに見に行きましょう」


 研究は続く。工場は稼働し続ける。


 改良株ストレプトマイシン、ペニシリン、ワクチン——そして、次の研究も。


「殿下、失礼します」


「ああ、頑張ってね」と殿下が笑顔で送り出してくれた。


 私は、白衣を翻して研究室を飛び出した。



 ◇ ◇ ◇



 春の日差しの中、工場の煙突から煙が上がる。


 そこでは、何十人もの労働者が働いている。抗生物質を作り、ワクチンを生産し、人々の命を守るために。


 私は十八歳。十歳で医学の道を志してから、八年が経った。


 神に選ばれた、などとは思わない。ただ、前世の知識を授かっただけ。


 それを、正しく使う。人々のために。


 それが、リーゼ・フォン・ハイムダルとして生きる意味。



 ◇ ◇ ◇



 そして——二ヶ月後。


 王宮の大聖堂で、結婚式が執り行われる。


 数百人の貴族、市民の代表、各国の使節。すべての人々が見守る中で。


 私は、アレクサンダー王子殿下と永遠の誓いを交わす。


 その日が、もうすぐやってくる。



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