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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第96話 ワクチンの挑戦と新たな脅威




 婚約発表から二週間——リーゼは、ワクチン研究に没頭していた。


 ルーカス先輩が報告した。「牛痘の培養、順調です」


 研究室のテーブルには、牛の膿疱から採取した牛痘ウイルスの培養液が並んでいた。


 リーゼは、顕微鏡で液体を確認した。「良いわね」


 ウイルスは、細菌よりもはるかに小さい。リーゼの顕微鏡では見ることができない——光の波長よりも小さな存在だから。でも、前世の知識から、その存在を確信している。培養液の中に、確かにウイルスが存在しているはずだ。


 リーゼは言った。「次は、安全性の確認ね。まず、動物実験から始めましょう」





 前世の知識——ジェンナーの牛痘接種法。一七九六年、エドワード・ジェンナーは、牛痘に感染した乳搾り女性が天然痘にかからないことに気づいた。そして、牛痘の膿を健康な少年に接種し、その少年が天然痘に対する免疫を獲得したことを証明した。この発見が、ワクチンの始まりだった。


 リーゼは、同じ道を辿ろうとしていた。でも——より慎重に、より科学的に。





 動物実験——リーゼは、十匹のマウスを二つのグループに分けた。グループA——牛痘ワクチンを接種する。グループB——何も接種しない(対照群)。


 まず、グループAのマウスに、牛痘液を皮膚に接種した。針で軽く傷をつけ、そこに牛痘液を塗る。


 リーゼは、マウスの状態を毎日記録した。「これで、一週間様子を見ます」


 一日目——接種部位に、軽い発赤。三日目——小さな水疱ができた。五日目——水疱がかさぶたになった。七日目——かさぶたが取れた。


 マウスは、元気だった。食欲も正常、活動も活発。


「副作用は、ほとんどないわね」とリーゼは安堵した。


「では、次の段階です」




 次は——実際に天然痘ウイルスに対する免疫ができているか、確認する必要があった。


 でも——リーゼは、ここで問題に直面した。天然痘ウイルスを、どうやって入手するか?


 現在、王都では天然痘の流行はない。患者もいない。


「先生」とエリーゼが提案した。「南部地方では、時々天然痘が発生すると聞きました」


「そうね……」とリーゼは考え込んだ。


「でも、天然痘ウイルスを持ち帰るのは危険すぎる。もし途中で漏れたら、王都で流行が起きてしまう」


「では、どうしますか?」


 リーゼは決断した。「今は、動物での安全性確認まで。人への接種は——実際に天然痘の流行が起きた時に行いましょう」


「分かりました」




 その日の午後——リーゼは、微生物学講座の講義をしていた。


 彼女は黒板に図を描いた。「ワクチンとは——病原体の弱毒株や、類似の病原体を接種することで、体に免疫を作らせる技術です」


 学生たちが、熱心にメモを取る。


「例えば、牛痘ウイルスは、天然痘ウイルスと似ています。でも、人には軽い症状しか起こしません」


「牛痘を接種すれば——」とリーゼは続けた。「体は『天然痘のようなもの』と認識して、免疫を作ります」


「その免疫が、本物の天然痘にも効くんです」


「すごい……」と学生の一人が感嘆した。「病気を使って、病気を防ぐんですね」


「その通りです」とリーゼは微笑んだ。





 講義の後——


「リーゼ先生!」と医学院の職員が、慌てて駆け込んできた。「大変です!」


「どうしたの?」


「王都の東地区で——」と職員は息を切らしながら言った。「原因不明の病気が発生しています!」


「原因不明の……?」


「高熱、全身の発疹、そして——」と職員は恐ろしそうに続けた。「痙攣を起こす患者が出ています」


 リーゼの表情が、険しくなった。


「すぐに行きます」




 東地区——リーゼが到着すると、臨時診療所は患者で溢れていた。


「先生!」と現地の医師が、リーゼを迎えた。「助けてください。もう、手に負えません」


 リーゼは、患者たちを見て回った。


 ベッドに横たわる人々——高熱で顔を真っ赤にしている。全身に、赤い発疹が広がっている。そして——


「うっ……うっ……!」と一人の患者が、突然痙攣を始めた。


 体が硬直し、四肢がガクガクと震える。


「抑えて!」とリーゼは看護師に指示した。


 患者が舌を噛まないよう、柔らかい布を口に入れる。体を横向きにして、気道を確保する。


 数十秒後——痙攣が収まった。


 患者は、ぐったりとしている。



「これは……」とリーゼは、患者の症状を観察した。


 高熱——四十度以上。発疹——全身に広がる、赤く盛り上がった斑点。痙攣——脳への影響を示唆している。


「天然痘……?」


 いや、違う。天然痘の発疹は、膿疱になる。でも、この患者の発疹は——ただの赤い斑点だ。


麻疹(はしか)……?」


 それも違う。麻疹で痙攣は、あまり起こらない。


「一体、何の病気……?」



 リーゼは、患者の血液を採取した。そして、携帯用顕微鏡で観察する。


 血液中には——異常な数の白血球。



 炎症反応が、非常に強い。


「重度の感染症……」とリーゼは呟いた。


 でも、何の病原体かは——この顕微鏡では特定できない。


「先生」と現地の医師が尋ねた。「何人くらい、発症していますか?」


「今のところ——」と医師は書類を確認した。「三十名です」


「三十名……」とリーゼは考え込んだ。


「全員、この地区の住民ですか?」


「はい」と医師は頷いた。「しかも、ほとんどが同じ井戸の水を使っている家族です」


「井戸……」とリーゼの目が、鋭くなった。


「その井戸を、見せてください」




 井戸——リーゼは、井戸を覗き込んだ。


 深い穴の底に、水が溜まっている。


「水を汲んでください」とリーゼは指示した。


 バケツで水を汲み上げる。リーゼは、その水を小瓶に入れた。そして、顕微鏡で観察する。


「……これは」


 視野の中には——無数の微生物が蠢いていた。でも、ただの微生物ではない。形が——奇妙だった。細長く、鞭毛を持ち、激しく動き回っている。


「これは……スピロヘータ……?」


 いや、違う。もっと大きい。


 リーゼは、前世の記憶を必死に辿った。


(高熱、発疹、痙攣——。水を介して感染——。スピロヘータに似た形状——)


 そして——


「レプトスピラ……!」とリーゼは、病原体を特定した。





 レプトスピラ症——前世では、ワイル病とも呼ばれていた。


 ネズミなどの動物の尿に含まれるレプトスピラ菌が、水を介して人に感染する。


 症状は——高熱、筋肉痛、発疹。重症化すると、肝臓や腎臓が障害され、脳炎を起こして痙攣する。


 致死率は——適切な治療がなければ、十パーセント以上。


「これは……大変なことになる……」とリーゼは焦った。


 レプトスピラ症の治療には——抗生物質が必要だ。ペニシリンが効く。


「すぐに、ペニシリンを用意して!」とリーゼは、現地の医師に指示した。




 でも——リーゼの心には、疑問があった。


(なぜ、今このタイミングで……?)


 レプトスピラ症は、珍しい病気ではない。でも、突然三十名も発症するのは——異常だ。しかも、噂騒動の直後——


(まさか……これも、誰かが意図的に……?)とリーゼは、恐ろしい可能性を考えた。



 その時——


「先生!」とアレクサンダー王子が、駆けつけてきた。


「殿下……」


「噂を聞いて、心配で来た」と王子は、リーゼの無事を確認して安堵した。



「大丈夫です」とリーゼは微笑んだ。「病気は特定できました」


「何の病気だ?」


「レプトスピラ症です」とリーゼは説明した。「水を介して感染する病気です」


「治療法は?」


「ペニシリンが効きます」とリーゼは答えた。「幸い、試験生産が成功したばかりです」


「では、すぐに投与を——」


「はい」とリーゼは頷いた。


 でも——


「殿下」と彼女は真剣な表情で言った。「この感染、おかしいんです」


「おかしい……?」


「突然、三十名も発症するのは異常です」とリーゼは続けた。「しかも、一つの井戸を使う家族だけ」


「まるで——」と王子の表情が、険しくなった。


「意図的に、井戸を汚染したかのような……」


「はい」とリーゼは頷いた。「調査が必要です」




 王子は、すぐに近衛隊を派遣した。井戸の周辺を調査し——異常がないか確認する。


 そして——数時間後。


「殿下、これを」と近衛兵が、何かを持ってきた。


 それは——井戸の近くの茂みに捨てられていた、小さな袋。袋の中には——動物の死骸が詰め込まれていた。腐敗が進み、悪臭を放っている。


「これは……ネズミの死骸……」とリーゼは、袋を顕微鏡で確認した。


 ネズミの尿——その中に、レプトスピラ菌がいた。


「やはり……」とリーゼは唇を噛んだ。「誰かが、意図的に井戸を汚染した」


 王子の顔が、怒りで歪んだ。


「許せん……人々を病気にするために、わざと病原体を撒くなど——」




「犯人を、見つけ出せ」と王子は、近衛隊長に命じた。「必ず、捕らえろ」


「はっ!」


 リーゼは——医師として、怒りと悲しみを感じていた。


 医学は、人を救うためにある。でも、誰かが——医学の知識を悪用し、人々を傷つけている。


(許せない……)とリーゼは拳を握りしめた。



 でも——今は、怒りに囚われている場合ではない。患者たちを、救わなければならない。


「ペニシリンを投与します」


 リーゼは、患者一人ひとりに、ペニシリンを注射した。高熱で苦しむ患者——痙攣を起こした患者——全員に、希望の薬を届ける。


「大丈夫です」とリーゼは、患者に優しく声をかけた。「必ず、治ります」





 二十四時間後——患者たちの容態が、劇的に改善し始めた。


 高熱が下がり——発疹が薄くなり——痙攣も止まった。


「先生……ありがとうございます……」と患者たちが、涙を流しながら感謝した。


「良かった……」とリーゼも、涙が出そうになった。


 三十名の患者——全員、回復に向かっている。死者は、一人も出なかった。



 一週間後——近衛隊の調査で、犯人が特定された。


「教会の下級神父でした」と隊長が報告した。


「尋問したところ——『リーゼ・フォン・ハイムダルの評判を落とすため』に、意図的に病気を発生させたと」


「教会……」と王子は、怒りを抑えきれなかった。「また、教会か」


「はい」と隊長は続けた。「神父は、『新しい枢機卿の指示だった』と証言しています」


「ハインリヒ・フォン・ブラウンシュヴァイク枢機卿ですね」とリーゼは、冷静に言った。


「前任者のギースリング枢機卿が投獄された後——新しく就任した枢機卿です」


「逮捕しろ」と王子が命じた。


「証拠はあるのか?」


「神父の証言と——」と隊長は書類を示した。


「枢機卿の屋敷から押収した、指示書です」


「十分だ」と王子は頷いた。「すぐに、逮捕状を取れ」



 その夜——リーゼは、研究室で一人、考え込んでいた。


 教会の妨害——それは、まだ終わらない。ギースリング枢機卿を投獄しても——バルタザール神父を捕らえても——次々と、新しい敵が現れる。


(いつまで、この戦いは続くのだろう……)とリーゼは、疲れを感じた。


 コンコン。ノックの音。


「はい?」


「私よ」とエリーゼが入ってきた。「リーゼ、大丈夫?」


「ええ……」とリーゼは微笑んだ。


 でも、その笑顔は——少し疲れていた。


「無理しないでね」とエリーゼは、親友の肩を抱いた。「あなた、頑張りすぎよ」


「でも……」


「でも、じゃないわ」とエリーゼは優しく言った。「あなたは、十分頑張ってる。患者さんたちを全員救った。それだけで、十分よ」


 リーゼの目に、涙が浮かんだ。


「ありがとう、エリーゼ……」


 二人は、抱き合った。





 翌朝——ハインリヒ・フォン・ブラウンシュヴァイク枢機卿が、逮捕された。


 罪状——意図的な感染症発生、殺人未遂、公共の安全への脅威。


 教会本部は、大きく揺れた。でも——国王の決断は、揺るぎなかった。


「教会といえども、法の上にはない」と国王は宣言した。「犯罪を犯した者は、聖職者であろうと裁かれる」



 リーゼは——再び、日常に戻った。


 研究室で、ワクチン開発を続ける。ペニシリンの量産体制を整える。改良株ストレプトマイシン工場を視察する。講義で、学生たちに教える。そして——婚約者として、アレクサンダーと共に未来を考える。


 忙しい日々——でも、充実した日々。





 ある日——リーゼは、ワクチン研究チームと会議をしていた。


「牛痘ワクチンの安全性は、確認できました」とルーカス先輩が報告した。「動物実験では、副作用はほとんどありませんでした」


「良いわね」とリーゼは頷いた。「では、次の段階——」


「人体実験……ですか?」と若い研究者が、緊張した顔で尋ねた。


「はい」とリーゼは答えた。「でも、慎重に進めましょう」


「まず、志願者を募ります。そして、完全な説明と同意を得てから接種します」


「分かりました」


「それから——」とリーゼは続けた。「最初の被験者は——」


 彼女は、決意を込めて言った。「私自身です」


「え!?」と研究者たちが驚いた。「先生、それは危険すぎます!」


「いいえ」とリーゼは首を振った。「私が、まず自分で試す。それが、医師としての責任です」


「人に勧める前に、自分で安全性を確認する。それが、正しい道だと思います」


 研究者たちは——リーゼの覚悟に、言葉を失った。




 その計画を聞いて——アレクサンダー王子が、反対した。


「リーゼ、それは危険すぎる」


「でも、殿下——」


「もし、何かあったら……」と王子は、リーゼの手を握った。「私は、お前を失いたくない」


 リーゼは、王子の目を見つめた。


「殿下」と彼女は優しく言った。「私は、医師です。人を救うために、リスクを取ることもあります」



「でも——」


「大丈夫です」とリーゼは微笑んだ。「動物実験で、安全性は確認済みです。牛痘は、人には軽い症状しか起こしません」


「それに——」と彼女は続けた。「もし私が接種を受けて、何も問題がなければ——人々は、このワクチンを信頼してくれます」


「それが、一番大切なことです」


 王子は——リーゼの強い意志に、ため息をついた。


「分かった……」と彼は頷いた。「でも、私も立ち会う。何かあったら、すぐに治療できるように」


「はい」とリーゼは微笑んだ。「ありがとうございます、殿下」





 一週間後——リーゼは、研究室で牛痘ワクチンの接種を受けた。


 アレクサンダー王子、エリーゼ、ルーカス先輩、そして医学アカデミーの医師たちが立ち会った。


「では、接種します」とルーカス先輩が、慎重にリーゼの腕に牛痘液を塗った。


 針で軽く皮膚を傷つけ——そこに、ワクチンを刷り込む。


「……完了しました」


 リーゼは、腕を見つめた。小さな傷——そこから、人類を救う免疫が生まれる。


「これで、一週間様子を見ます」とリーゼは宣言した。


 王子は、心配そうに見守っていた。





 一日目——接種部位に、軽い発赤。二日目——少し腫れてきた。三日目——小さな水疱ができた。四日目——微熱——三十七度。


「気分はどうだ?」と王子が尋ねた。


「大丈夫です」とリーゼは微笑んだ。「これは、予想通りの反応です」


 五日目——水疱がかさぶたになった。六日目——熱が下がった。七日目——かさぶたが取れた。


「成功です」とリーゼは宣言した。「牛痘ワクチンは、人体に安全です」


 研究室に、歓声が上がった。





 リーゼは——また一つ、医学を前に進めた。


 抗生物質——ペニシリンと改良株ストレプトマイシン。そして今、ワクチン——牛痘。次々と、新しい技術を確立していく。


 でも、その道は——決して平坦ではなかった。妨害、陰謀、攻撃——リーゼを陥れようとする者たちは、後を絶たない。


 でも——リーゼには、負けない理由がある。人を救うという使命。信頼できる仲間たち。そして、愛する人。


(私は、戦い続ける)とリーゼは決意した。(どんな困難があっても——この世界の医学を、前に進める)



◇◇◇



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