第94話 新たな日常と迫る婚約
◇
改良株ストレプトマイシン量産成功から半年が経ち、私は十八歳の誕生日を迎えた。
日々は、かつてないほど多忙になっていた。
朝、六時——リーゼは研究室に到着し、まず各プロジェクトの進捗報告を確認する。
「改良株ストレプトマイシン工場——昨日の生産量、五十二キログラム。良好ね」と彼女は報告書にチェックを入れた。
「ペニシリン量産プロジェクト——エルヴィンのチームが順調。今週中に試験生産開始予定」と次のページをめくる。
「ワクチン研究——まだ文献調査の段階。牛痘の培養方法を確立する必要がある」
リーゼは、予定表を開いた。
今日のスケジュール——午前は微生物学講座の講義、午後は改良株ストレプトマイシン工場の品質検査、夕方は婚約発表準備会議。
「……忙しいわね」とリーゼは苦笑した。
◇
午前——王立医学アカデミー大講堂。
リーゼは、約五十名の学生たちの前に立っていた。
「本日の講義は、『抗生物質の作用機序』についてです」と彼女は黒板にチョークで図を描いた。
「ペニシリンは細菌の細胞壁合成を阻害します。一方、ストレプトマイシンは細菌のタンパク質合成を阻害します」
学生たちが、熱心にメモを取る。
「つまり、同じ『抗生物質』でも攻撃する標的が違うんです。だから、ペニシリンが効かない菌にも、ストレプトマイシンが効く場合があります」とリーゼは続けた。
「先生」と一人の学生が手を上げた。
「はい、どうぞ」
「では、将来的には、もっと多くの種類の抗生物質が必要になるということですか?」
リーゼは頷いた。「その通りです。細菌は多様です。だから、抗生物質も多様でなければなりません。皆さんの中から、新しい抗生物質を発見する人が出てくるかもしれませんね」
学生たちの目が、輝いた。
◇
講義の後、私は久しぶりに王都の宿舎へ帰ると——驚きの知らせが待っていた。「両親とマルタが、辺境領から王都に来ている」と。
私は急いで、王宮の迎賓館へ向かった。そこは、貴族の家族が王都滞在時に使う施設だ。
玄関に入ると、マルタが駆け寄ってきた。
「リーゼ様! お帰りなさいませ!」
私の乳母であり、ずっと世話をしてくれたマルタ——五十代の優しい女性。
「マルタ、会いたかったわ。遠いところ、ありがとう」
「まあ、リーゼ様……辺境領から三日かけて参りました」とマルタが嬉しそうに微笑んだ。
「お父様とお母様、お兄様は?」
「旦那様と奥様は居間に、エーリヒ様は別の部屋にいらっしゃいます」「すぐにお呼びいたしますね」
◇
居間には、母アンネと父ヨハンがいた。母は刺繍をしており、父は書類に目を通していた。栗色の髪に少し白いものが混じった母と、辺境伯としての責務で逞しくなった父。でも二人とも、変わらず穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「リーゼ!」と母が立ち上がった。
「父上、母上」と私は深々と頭を下げた。
「お母様、お父様」と私は母に抱きついた。温かくて優しい匂い——この八年間、ずっと私を支えてくれた両親。
「元気そうだな、リーゼ」と父が穏やかな声で言った。「王都の生活は大変だろう。体は大丈夫か」
「はい、お父様。お陰様で」
「わざわざ辺境領から王都まで来てくださったのは……」と私が聞くと、母が優しく微笑んだ。
「婚約のことを聞いたからよ。おめでとう、リーゼ」
え……もう知っているの?
その時、扉が開いて兄のエーリヒが入ってきた。
「リーゼ! 久しぶりだな」
二十六歳になった兄——背が高くがっしりした体格で、騎士として鍛えられた頼もしい姿。
「お兄様」
「父上、母上から手紙で聞いてたぞ。おめでとう」と兄が笑った。
「実は……正式に報告したくて」と私は深呼吸をした。
「アレクサンダー王子殿下から正式に求婚を受けました。来月、婚約を正式に発表します。そして春に結婚式を——」
「リーゼ」と父が優しく私の肩に手を置いた。「おめでとう。よく頑張ったな」
「お父様……」と私の目から、涙が溢れた。
「リーゼ!」と母が私を抱きしめた。涙を流しながら。
「よかった……本当によかった……」
「お母様、お父様……」
「あなたが幸せになれる相手が見つかって」と母が震える声で言った。「アレクサンダー王子は優しい方だものね。あなたの医学への情熱も、理解してくださっている」
「はい」と私も涙が出そうになった。
「殿下は、私が研究を続けることを認めてくださっています。王妃になっても、医師であり続けていいと」
「アレクサンダー王子は、優しい方だ」と父が穏やかに言った。「お前の医学への情熱も、理解してくださっている」「お前なら、立派な王妃になれる」
「お父様……」
「だが」と兄が、私の頭をポンと叩いた。「もし王子が妹を泣かせたら、俺も父上も容赦しないからな」
「お兄様、お父様!」
父が笑った。「エーリヒの言う通りだ」「お前はずっと頑張ってきた。十歳で医学の道を志して八年間、顕微鏡を作り、ペニシリンを発見し、改良株ストレプトマイシンを量産し——王国の医療を革新してきた。その努力がこうして報われる。私は誇らしい」
父の言葉に、涙が溢れた。
「ありがとうございます、お父様」
「泣くな、リーゼ」と兄が笑った。「今日は喜びの日だろう」
四人で笑い合った。温かい時間——家族と過ごす、かけがえのない時間。
「マルタも呼びましょう」と母が言った。「あの子も、きっと喜ぶわ」
◇
マルタは、涙を流して喜んでくれた。
「リーゼ様……おめでとうございます……」
「ありがとう、マルタ」
「十歳の時、高熱で倒れて——目を覚ましたとき、別人のように賢くなっていて。医学の勉強を始めて、王都の医学院に入学して……ずっと心配でしたが、でもこんなに立派になられて……」とマルタが言った。
「マルタ……」
「私、本当に嬉しいです」
マルタの涙を見て、私も泣いてしまった。
転生してから八年。この人たちに、どれだけ支えられてきたか。
「結婚式には、必ず来てください」と私は家族全員に言った。「家族として、一番近くで見守っていてほしいの」
「当然だ」と父が頷いた。「私が、お前を王子殿下に託す」
「お父様……」
「その前に、俺が王子の人柄を確かめておくからな」と兄が笑った。
「お兄様!」
「冗談だって」
◇
迎賓館を後にして、王立医学アカデミーに戻る。
心が軽くなっていた。家族に認めてもらえた。祝福してもらえた。それが、どれほど嬉しいか。
◇
アカデミーに戻ると——
「リーゼ先生」とエルヴィンが駆け寄ってきた。
「どうしたの、エルヴィン?」
「ペニシリンの試験生産ですが——」と彼は興奮気味に報告した。「予定より早く、今日から開始できそうです!」
「本当!?」とリーゼの顔が明るくなった。
「はい」とエルヴィンは頷いた。「培養設備の調整が完了しました」「青カビの培養も順調です」
「素晴らしいわ」とリーゼは、エルヴィンの肩を叩いた。「あなたのチーム、本当によくやってくれているわね」
「いえ、先生が確立してくださった製造プロセスがあるからです」とエルヴィンは謙遜した。
「では、午後の工場視察の後、ペニシリン生産施設も見に行きましょう」
「はい!」
◇
午後——改良株ストレプトマイシン工場。
リーゼは、白衣とマスクを着用し、製造現場を巡回していた。
「培養槽の温度は?」
「摂氏二十八度、安定しています」と技術者が報告した。
「pH値は?」
「七・二。最適範囲内です」
「良いわ」とリーゼは、培養液のサンプルを顕微鏡で確認した。
放線菌が健康的に増殖しており、コロニーの形状も正常だ。
「品質、問題なしね」と彼女は満足げに頷いた。
「先生」と工場長が近づいてきた。「今月の生産量ですが、目標を十パーセント上回る見込みです」
「素晴らしい」
「それから——」と工場長は続けた。「他の地方からも、工場建設の要請が来ています」
「他の地方……?」
「はい」と工場長は書類を示した。「南部地方、東部地方、北部地方——それぞれの領主が、地元に工場を建てたいと」
リーゼは考え込んだ。
「需要が増えているのは良いことだけど……」
「問題は?」
「技術者の育成が追いついていないの」とリーゼは答えた。「微生物の培養は繊細な技術が必要で、素人がやると汚染や失敗のリスクが高い」
「なるほど……」
「まずは、ここの工場で技術者を育成しましょう」とリーゼは提案した。「研修制度を作って各地方から人を受け入れ、十分に訓練してから地元に戻って工場を立ち上げてもらう」
「分かりました」と工場長は頷いた。「さっそく準備します」
◇
ペニシリン生産施設——
「これが、試験生産ラインです」とエルヴィンが、新しい建物を案内した。
中には、改良株ストレプトマイシン工場よりは小規模だが、しっかりとした設備が整っていた。
「培養槽は、五基」とエルヴィンは説明した。「一週間で、約十キログラムのペニシリンを生産できます」
「十キログラム……」とリーゼは計算した。「約百名の患者さんを治療できるわね」
「はい」
「今は試験生産だけど——」とリーゼは続けた。「需要を見ながら、設備を拡張していきましょう」
「了解です」
リーゼは、培養中の青カビを見つめた。
(ペニシリンも、改良株ストレプトマイシンも、軌道に乗った)と彼女は思った。
(次は、ワクチンね……)
◇
夕方——王宮。アレクサンダー王子の執務室。
リーゼ、王子、そして王宮の儀典長が集まっていた。
「婚約発表の日程についてですが——」と儀典長が書類を広げた。「来月の第一土曜日、大広間で式典を行います」
「来月……」とリーゼは緊張した。
「参列者は、約三百名を予定しています」と儀典長は続けた。「国王陛下、貴族、高位聖職者、外国の使節——」
「三百名……!」とリーゼは目を見開いた。
「大丈夫か、リーゼ?」と王子が心配そうに尋ねた。
「は、はい……」とリーゼは頷いたが、顔は青ざめていた。
「それから——」と儀典長が続けた。「リーゼ様は、すでにハイムダル辺境伯家の令嬢でいらっしゃいますので」「爵位はそのままとなります」
「ただし、王子殿下の婚約者として——」と儀典長は説明した。「正式に『リーゼ・フォン・ハイムダル辺境伯令嬢』の称号で宮廷に列せられます」「婚礼の際には、この称号で紹介されることになります」
「辺境伯令嬢……」とリーゼは改めて実感した。
自分が、王家の一員になる——それは、想像もしていなかったことだった。
「リーゼ」と王子が、リーゼの手を取った。
「これは、形式的なものだ」と彼は優しく言った。「お前の本質は、何も変わらない」「お前は、医師だ」「それは、どんな称号よりも尊いものだ」
リーゼは、王子の言葉に救われた。
「はい……」
「それから——」と儀典長が別の書類を取り出した。「婚約の贈り物についてですが——」
「贈り物?」
「はい」と儀典長は説明した。「伝統的には、王子殿下からリーゼ様へ、宝石や装飾品を贈ります」
「宝石……」とリーゼは困った顔をした。「私、そういうの、あまり……」
「大丈夫だ」と王子は微笑んだ。「お前には、特別な贈り物を用意してある」
「特別な……?」
王子は、机の引き出しから、小さな箱を取り出した。そして、それをリーゼに渡した。
「開けてみろ」
リーゼは、緊張しながら箱を開けた。中には——
「これは……!」とリーゼは息を呑んだ。
それは、精巧に作られた顕微鏡だった。手のひらに乗るほど小さいが、レンズは最高品質だ。
「携帯用顕微鏡だ」と王子は説明した。「王国最高の職人に作らせた」「どこへ行っても、これがあれば観察ができる」
リーゼの目に、涙が浮かんだ。
「殿下……」
「お前にとって——」と王子は続けた。「宝石よりも、この顕微鏡の方が価値があるだろう?」
「はい……」とリーゼは、顕微鏡を大切そうに抱きしめた。「ありがとうございます……」
◇
その夜——リーゼは、宿舎の部屋で顕微鏡を見つめていた。
精巧な真鍮製。レンズは透明で歪みがない。
試しに、髪の毛を観察してみる。
「すごい……」とクリアに見える。
この顕微鏡なら、どこでも研究ができる。
コンコン。ノックの音。
「はい?」
「私よ」とエリーゼの声。
「入って」
エリーゼが入ってきた。
「リーゼ、婚約発表の準備、どう?」
「……正直、緊張してるわ」とリーゼは答えた。「三百人の前で……なんて」
「大丈夫よ」とエリーゼは、親友の肩を抱いた。「あなたは、もっと大勢の前で講演したじゃない」
「でも、あれは医学の話だから……」
「婚約も、同じよ」とエリーゼは微笑んだ。「あなたが、愛する人と未来を誓う——それを、みんなに見てもらうだけ」
リーゼは、少し落ち着いて頷いた。「そうね……」
エリーゼは続けた。「それに——王子様、素敵な贈り物をくれたんでしょう?」
「うん、これ」とリーゼは、顕微鏡を見せた。
「わぁ……美しい……」とエリーゼは感嘆した。「王子様、本当にあなたのことを分かってるわね」
「うん……」とリーゼは頬を染めた。
◇
一週間後——婚約発表のニュースが、王都中に広がった。
「アレクサンダー王子殿下が、婚約されるそうだ」「相手は、あのリーゼ・フォン・ハイムダル先生だって」「結核を治した、天才医師の……」
民衆の反応は——概ね好意的だった。「素晴らしいじゃないか」「平民出身でも、才能があれば王族と結婚できる」「これこそ、真の実力主義だ」——街角では、祝福の声が上がった。
でも——貴族たちの反応は、異なっていた。
◇
貴族会議室——老貴族の一人が、怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。「平民との婚約だと!?」
「以前、婚姻禁止法を提案したではないか」別の貴族が言った。
「それを国王陛下が否決されたからといって——」
「まさか、本当に婚約するとは……」
宮廷大臣エドゥアルトは、冷静に座っていた。
「諸君」と彼が立ち上がった。「怒っても仕方ない」
「では、どうするのです、閣下?」
「今は、静観する」とエドゥアルトは答えた。「国王陛下が承認された婚約だ」「表立って反対はできない」
「ですが——」
「だが」とエドゥアルトは、冷たく微笑んだ。「婚約と、結婚は別だ」
貴族たちが、顔を見合わせた。
「婚約発表から、実際の結婚までには、通常一年以上かかる」とエドゥアルトは説明した。「その間に——様々なことが起こりうる」
「様々なこと……?」
「そうだ」とエドゥアルトは頷いた。「例えば——リーゼ・フォン・ハイムダルが、王族の妃としてふさわしくない行動を取る、とか」
貴族たちの目が、険しくなった。
エドゥアルトは続けた。「あるいは——彼女の研究に、問題が見つかる、とか」
老貴族が頷いた。「なるほど……つまり、婚約を破談に持ち込むと」
「そういうことだ」エドゥアルトは微笑んだ。「時間は、たっぷりある。焦る必要はない」
◇
同じ頃——教会本部。
新しい枢機卿——ハインリヒ・フォン・ブラウンシュヴァイクが、報告を受けていた。
「リーゼ・フォン・ハイムダルが、王子殿下と婚約……」
「はい」と側近が答えた。
枢機卿は、顔をしかめた。「あの異端の娘が、王家に入ろうとしている」「ギースリング前枢機卿を投獄し——バルタザール神父を捕らえ——そして今、王族になろうとしている」
「許せませんな」と側近が同意した。
枢機卿は考え込んだ。「だが——前任者たちの失敗を、繰り返してはならない」
「はい」
「直接的な暴力は、もう通用しない」と枢機卿は言った。「王子殿下と国王陛下が、彼女を守っている」
「では、どうなさいますか?」
「もっと巧妙に——」と枢機卿は微笑んだ。「彼女の評判を、内側から崩す」
「内側から……?」
「そうだ」と枢機卿は頷いた。「例えば——」「彼女の開発した薬に、副作用があったという噂を流す」
「でも、実際には副作用は——」
「事実かどうかは、関係ない」と枢機卿は冷たく言い放った。「噂が広まれば、人々は彼女を疑い始める」「そして、王族の妃としてふさわしくない、という世論が形成される」
側近は、邪悪な計画に感心した。
「さすがです、猊下」
◇
リーゼは——まだ、こうした陰謀を知らなかった。
彼女は、研究室でワクチン開発の文献を読んでいた。
「ジェンナーの牛痘接種法……」と彼女は、前世の記憶を辿る。
天然痘——致死率三十パーセントの恐ろしい病気。前世の世界では、何億もの命を奪った。この世界でも、南部地方で時折発生すると聞く。でも、牛痘を接種すれば、天然痘に対する免疫ができる。
リーゼは考えた。「いつか流行が起きる前に——ワクチン技術を確立しておくべきだわ」
コンコン——ノックの音。
「はい?」
「私だ」とアレクサンダー王子の声。
「殿下、どうぞ」と王子が入ってきた。
「リーゼ、少し話がある」
「はい」
王子は真剣な表情で言った。「婚約発表について——反対派がいることを、知っておいてほしい」
リーゼは頷いた。「分かっています」
王子は続けた。「彼らは、お前を王家から遠ざけようとするだろう。噂を流したり、評判を落とそうとしたり——あらゆる手段を使ってくる」
「覚悟しています」とリーゼは答えた。
彼女は微笑んだ。「でも、私には——医師としての仕事があります。人を救うという、使命があります。それが、私の本質です」
王子は、リーゼの強さに感動した。
「そうだな……」と彼は、リーゼの手を取った。「だから、私はお前を愛している」
「殿下……」
「どんな困難があっても——」と王子は誓った。「私は、お前を守る」「そして、共に未来を築く」
リーゼは、王子の手を握り返した。
「はい」
二人は、見つめ合った。
窓の外——夕日が、王都を照らしていた。
オレンジ色の光が——二人の未来を、祝福するかのように輝いていた。
◇
翌日——リーゼは、研究室で新しいプロジェクトを立ち上げた。
「ワクチン開発チーム、発足です」
集まったのは——エリーゼ、ルーカス先輩、そして新たに配属された若い研究者たち。
リーゼは説明した。「まず、牛痘の培養から始めます。牛の膿疱から、ウイルスを採取します。それを培養し、安全に接種できる形にする」
若い研究者の一人が、顔をしかめた。「牛の膿疱……」
リーゼは微笑んだ。「はい。抗生物質は、腐ったパンと土から作りました。ワクチンは、牛の膿疱から作ります」
彼女は続けた。「医学は——時に、汚いものから生まれるんです」
研究者たちは、納得した顔で頷いた。
「では、さっそく準備を始めましょう」
◇
一ヶ月後——リーゼの日々は、さらに多忙になっていた。朝はワクチン研究、昼は微生物学講座の講義、午後は工場の視察と品質管理、夕方は婚約式典の準備、夜は論文執筆。
エリーゼが心配そうに言った。「リーゼ、休まないと倒れるわよ」
リーゼは笑った。「大丈夫よ。やりたいことが、たくさんあるの。時間が足りないくらいよ」
「でも——」
リーゼは、親友の手を取った。「エリーゼ、私、幸せよ」
「え……?」
リーゼは続けた。「好きな研究ができて——愛する人がいて——信頼できる仲間がいて——こんなに恵まれた環境で、医学に取り組める。これ以上の幸せは、ないわ」
エリーゼは、親友の笑顔を見て、涙が出そうになった。彼女も微笑んだ。「そうね……あなたは、本当に強いわ」
◇
婚約発表まで——あと二週間。王都は、祝祭ムードに包まれていた。
でも——その裏では、陰謀が渦巻いている。リーゼは、まだ知らない。彼女を陥れようとする者たちが——着実に、罠を仕掛け始めていることを。
でも、リーゼには——信頼できる仲間たちがいる。そして、何よりも——人を救うという、揺るぎない使命がある。その使命が、どんな困難も、乗り越える力を与えてくれる。
リーゼの物語は、新たな章へと進んでいく。




