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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第82話 科学と魔法の法廷

 審問会が開かれる朝、私は一睡もできていなかった。

 窓から差し込む朝日を眺めながら、顕微鏡と投影装置の最終チェックを行う。


「リーゼ様、朝食を召し上がってください」


 エリーゼが心配そうに言う。


「ありがとう、でも喉を通らないの」


 私の手は微かに震えていた。

 今日は、私の医学が認められるか、異端として断罪されるかの分水嶺だ。


「大丈夫だよ、リーゼ」


 ルーカス先輩が肩に手を置いた。


「俺たちが一緒にいる」

「エルヴィンさんも協力してくれる」

「お前は一人じゃない」


 その言葉に、少しだけ勇気が湧いた。



 中央大聖堂に向かう馬車の中で、私は準備した資料を何度も確認した。


 結核菌のプレパラート。

 ストレプトマイシンの小瓶。

 光学式投影装置の部品。

 そして、アンナの治療記録。


「先生」


 エルヴィンさんが隣に座っていた。

 彼は宮廷魔法学会から、証人として同行してくれている。


「生命感知の魔法は確実に反応します」


 彼が静かに言った。


「私は何度も試しました」

「あのプレパラートには、確かに無数の生命反応がある」

「教会の魔法自身が、先生の理論を証明するでしょう」


「ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


「でも、枢機卿は認めないかもしれません」


「彼が認めなくても、真実は変わりません」


 エルヴィンさんが微笑んだ。


「そして、若い世代は真実を求めています」

「保守派の聖職者たちがどう反応しようと、科学の潮流はもう止められない」


 馬車が大聖堂の前に到着した。

 既に多くの群衆が集まっている。


「リーゼ先生を支持します!」

「娘を救ってくださった恩人です!」

「医学に罪はない!」


 民衆の声援が聞こえる。

 でも、同時に——


「異端者を火炙りにしろ!」

「神の奇跡を冒涜した罪は重い!」


 憎悪に満ちた罵声も飛んでくる。


 私は深呼吸をして、馬車を降りた。



 大聖堂の正面階段で、アレクサンダー王子が待っていた。


「リーゼ」


 彼が私の手を取った。


「父上——国王陛下も傍聴席におられる」

「私たちは君を信じている」


「ありがとうございます、殿下」


 私は震える声で答えた。


「でも、もし判決が——」


「そうなったら、俺が止める」


 彼が真剣な目で言った。


「たとえ教会と対立することになっても、君を守る」


 その覚悟の重さに、私は何も言えなくなった。


「さあ、行こう」


 王子が私の背を押した。


「君の正しさを、世界に示すんだ」



 審問の間。

 天井まで届くステンドグラスから、色とりどりの光が降り注ぐ神聖な場所。

 しかし、今の空気は凍りつくように冷たい。


 正面の祭壇には、ギースリング枢機卿をはじめとする高位聖職者たちが並ぶ。

 七人の枢機卿、十二人の司教、そして数十人の高位神官。


 左右の回廊には、傍聴を許された貴族たちや学者たち。

 その中には、心配そうな顔のアレクサンダー王子や国王陛下の姿もある。

 宮廷魔法学会の会長、王立医学会の重鎮たち。


 そして中央には、私と、一台の顕微鏡。


 ルーカス先輩とエリーゼが、投影装置の部品を抱えて後ろに控えている。


 鐘が鳴り、審問会の開始が告げられた。



「今より、リーゼ・フォン・ハイムダルに対する異端審問を開始する」


 枢機卿の声が、大聖堂に響き渡る。


「書記官、罪状を読み上げよ」


 黒衣の書記官が巻物を広げた。


「被告人リーゼ・フォン・ハイムダルは、以下の罪を犯したとされる」


 書記官が読み上げる。


「第一の罪。神聖なる治癒魔法を蔑ろにし、その権威を貶めたこと」


 会場がざわつく。


「第二の罪。怪しげな粉薬を用い、民を惑わせたこと」


「第三の罪。魔道具を使い、存在しない『魔物』を見せつけ、恐怖を煽ったこと」


「第四の罪。教会の正統な教義に反する、異端の思想を広めたこと」


 一つ一つの罪状が、私の心に重くのしかかる。


「以上の罪により、被告人を異端者として断罪することを提案する」


 書記官が巻物を閉じた。


 異端者——その言葉の重みを、私は知っている。

 火炙りの刑。

 二度と医療に携わることができない。

 最悪の場合、死刑。



「被告人、リーゼ・フォン・ハイムダル」


 枢機卿が立ち上がった。


 ギースリング枢機卿。

 教会保守派の重鎮で、六十を過ぎた厳格な男。

 彼の目は、私を見下ろしている。


「そなたは『神の奇跡』である治癒魔法を蔑ろにし、怪しげな粉と魔道具で民を惑わせた」


 彼の声は、怒りに満ちていた。


「その罪を認めるか?」


 会場が静まり返る。

 全ての視線が私に集中する。


 私は深呼吸をした。

 前世の記憶が蘇る。

 ガリレオの宗教裁判。

 「それでも地球は回る」と呟いた科学者の姿。


 でも、私はここで負けるわけにはいかない。



「認めません」


 私は毅然と答えた。

 声は震えているが、目は真っ直ぐに枢機卿を見つめた。


「私は治癒魔法を否定していません」


 私は言葉を続けた。


「治癒魔法は素晴らしい神の恵みです」

「傷を瞬時に癒やし、骨を繋ぎ、命を救う」

「私自身、何度も治癒魔法に助けられました」


 会場がざわつく。

 予想外の答えに、聖職者たちが戸惑っている。


「ですが」


 私は声を強めた。


「魔法では救えない命があることも事実です」

「結核、ペスト、コレラ……感染症で苦しむ民を、治癒魔法は救えていません」


「傲慢だ!」


 枢機卿が叫んだ。


「神の力に救えぬものなどない!」

「結核ごとき、祈りと高位の魔法があれば治せる!」


 彼の顔は紅潮している。


「そなたは、神の全能性を疑うのか!?」


「違います」


 私は首を横に振った。


「私は神を疑っていません」

「疑っているのは、私たち人間の『理解』です」



「では、なぜ毎年数千人の民が結核で死ぬのですか?」


 私の問いに、聖職者たちが言葉を詰まらせる。


「教会には何百人もの治癒魔法使いがいます」

「高位の司祭様もおられます」

「なのに、なぜ結核患者は減らないのでしょう?」


「それは……」


 枢機卿が言いよどむ。


「それは……彼らの信心が足りぬからだ!」


「違います!」


 私は声を張り上げた。


「敵が見えていないからです!」


 会場が静まり返る。


「魔法は『生命力を活性化』させます」

「それは傷を癒やすには最適です」

「ですが、体内に巣食う『細菌』という小さな生物まで元気にしてしまうことがあるのです!」


 私は顕微鏡を指差した。


「病気の原因は、目に見えない小さな生物です」

「彼らは神が創られた生命ですが、時に人間に牙を剥きます」

「魔法は味方と敵を区別できないから、病気には効きにくいのです!」



「黙れ!」


 枢機卿が杖を地面に叩きつけた。


「その『細菌』こそが妄想だと言うのだ!」

「そなたは筒の中に魔物を映し出し、恐怖を煽っているだけだろう!」


 彼が私を指差す。


「その魔道具は、幻影を映す装置に違いない!」

「民を騙し、教会の権威を貶めるための道具だ!」


 会場がざわめく。

 確かに、顕微鏡を知らない人々にとっては、そう見えるかもしれない。


 でも、私には秘策がある。


「枢機卿猊下」


 私は静かに言った。


「そこまで仰るなら、教会の魔法で証明していただきましょう」


 枢機卿が眉をひそめる。


「何?」


「ここには、私が用意した『結核菌』のプレパラートがあります」


 私は顕微鏡のステージを指差した。


「もしこれが私の作り出した幻影なら、生命反応はないはずです」


 私は会場を見渡した。


「ですが、神が創りたもうた生命なら——」


 私は枢機卿を真っ直ぐに見つめた。


「『生命感知ディテクト・ライフ』の魔法に反応するはずです」



 会場が騒然となった。


「生命感知だと!?」

「あれは嘘をつけない魔法だぞ!」

「本当に反応したら……」


 『生命感知』は、教会騎士が隠れた敵を探すための初歩的な魔法だ。

 生命の気配を感じ取り、その強さと数を光の色で示す。


 青は弱い生命。

 緑は人間程度の生命。

 赤は強大な、または大量の生命。


 そして、この魔法に嘘はない。

 神聖魔法の一種だから、偽装も干渉もできない。


 枢機卿の顔が強張る。

 彼は想定していなかったはずだ。

 私が教会の魔法を使って証明することを。


「……よかろう」


 枢機卿が渋々と頷いた。


「私が自ら暴いてやる」

「そなたの嘘を、神聖なる魔法の前に白日の下に晒してやろう」


 彼の側近である、高位の魔法使い(ビショップ)が進み出た。


 マティアス司教。

 五十代の痩せた男で、生命感知魔法の名手として知られている。


「リーゼ・フォン・ハイムダル」


 マティアス司教が冷たい声で言った。


「私の魔法は、蟻一匹の生命も見逃さない」

「もしそこに何もなければ、そなたの罪は確定する」


 彼は自信満々に杖を顕微鏡に向けた。

 幻影ならば反応せず、リーゼの嘘が露見する手はずだ。



 私は静かに頷いた。


「どうぞ」


 内心では、心臓が激しく鼓動している。

 エルヴィンさんは何度も確認してくれた。

 でも、もし何かの間違いで反応しなかったら——


 いや、信じるしかない。

 科学を、真実を。


「主よ、真実を示したまえ……」


 マティアス司教が杖を天に掲げた。


「隠れた生命を暴き、虚偽を打ち砕きたまえ!」


 杖の先端が淡い光を放つ。


「『生命感知ディテクト・ライフ』!」


 魔法の光が、顕微鏡のステージを包み込む。

 最初は淡い青白い光。


 会場が息を呑む。

 全員が固唾を飲んで見守っている。


 一秒、二秒、三秒——


 その直後——



 カッ!


 魔法の光が、強烈な赤色に輝いた。


 それは「敵性生物が大量に存在する」ことを示す警告色だった。

 まるで戦場で敵軍に囲まれた時のような、激しい反応。


「なっ……!?」


 マティアス司教が腰を抜かして後ずさった。


「反応がある!?」


 彼の声は恐怖に震えていた。


「しかも、この小さなガラスの中に、数千、数万の生命反応が!?」


 彼が杖を落とす。

 転がった杖から、まだ赤い光が漏れている。


「馬鹿な!」


 別の司教が叫んだ。


「そこにはただの水滴しかないはずだぞ!」

「どうしてこんな反応が!?」


 枢機卿も目を見開いて絶句している。

 彼の顔から血の気が引いている。


 教会の魔法自身が、「そこに無数の命がある」と証明してしまったのだ。



「もう一度、確認させてください」


 エルヴィンさんが前に出た。


「私も生命感知の魔法を使えます」

「第三者として、確認させていただきます」


 枢機卿は何も言えず、ただ頷いた。


 エルヴィンさんが杖を顕微鏡に向ける。


「『生命感知』」


 再び、同じ反応。

 強烈な赤い光が顕微鏡を包む。


「確認しました」


 エルヴィンさんが会場に向かって宣言した。


「このプレパラートには、確かに大量の生命反応があります」

「数千から数万、いや、それ以上かもしれません」

「極めて小さいですが、確実に生きています」


 会場がざわめく。

 信じられないという顔、恐怖に怯える顔、興奮している顔。


「さらに」


 エルヴィンさんが続けた。


「私は昨日、健康な人の唾液でも同じ実験を行いました」


 彼が別のプレパラートを取り出す。


「健康な人の唾液にも、わずかな生命反応がありました」

「ですが、結核患者の痰と比べると、その数は百分の一以下です」


 彼が両方のプレパラートに魔法をかける。

 健康な唾液は淡い青。

 結核患者の痰は強烈な赤。


「この違いが、病気の正体です」



 私は静かに告げた。


「ご覧の通りです」


 私は会場を見渡した。


「これらは幻でも魔術でもありません」

「神が創られた、目に見えない小さな隣人たちです」


 私は顕微鏡に手を置いた。


「彼らの多くは無害です」

「いや、むしろ人間を助けてくれる者もいます」

「ですが、一部の種類は、人間に牙を剥きます」


 私は結核菌のプレパラートを掲げた。


「これが結核菌です」

「目には見えないほど小さいですが、肺の中で増殖し、組織を破壊します」

「それが結核という病気の正体です」


 会場が静まり返る。

 全員が、私の言葉を聞いている。


「教会の治癒魔法は、傷ついた組織を修復します」

「ですが、原因である菌を殺すことはできません」

「だから、一時的に症状が良くなっても、すぐに再発してしまうのです」



 その時、傍聴席から一人の若い魔法使いが立ち上がった。

 エルヴィンという名の魔導師だ。


「リーゼ先生の仰る通りです」


 エルヴィンが声を上げた。


「私は三十年、治癒魔法を研究してきました」


 彼の声は、情熱に満ちていた。


「幼い頃から、治癒魔法を学びました」

「傷を癒やし、骨を繋ぎ、多くの命を救ってきました」

「ですが、ずっと疑問がありました」


 彼が拳を握りしめる。


「なぜ治癒魔法は傷を塞ぐことはできても、疫病には効果が薄いのか」

「なぜペストや結核の患者は、高位の魔法を使っても治らないのか」

「なぜ一度治ったように見えても、すぐに再発するのか」


 彼が私を見た。


「今、その答えが分かりました」

「我々は敵の姿を見ていなかったのです」


 彼の言葉に、何人かの若い魔法使いたちが頷いた。


「リーゼ先生は、敵を可視化してくれました」

「顕微鏡という道具で、我々が見えなかった真実を示してくれたのです」



 さらに、別の若い治癒魔法使いが立ち上がった。


「私もエルヴィン先生に賛同します!」


 二十代の女性魔法使いだ。


「私の母は、結核で亡くなりました」

「私は毎日、母に治癒魔法をかけ続けました」

「高価な魔法薬も使いました」

「でも、母は救えなかった……」


 彼女の目に涙が浮かぶ。


「あの時、もしリーゼ先生の薬があれば」

「もし敵の正体が分かっていれば」

「母を救えたかもしれない……」


 彼女の言葉に、会場が静まる。


「魔法は万能じゃない」


 彼女が声を震わせた。


「私たちはそれを知っています」

「でも、認めたくなかった」

「認めれば、私たちの無力さを認めることになるから」


 彼女が私に頭を下げた。


「リーゼ先生、ありがとうございます」

「真実を示してくれて」



 次々と、若い魔法使いたちが立ち上がる。


「私も協力したい!」

「魔法と医学を組み合わせれば、もっと多くの命を救える!」

「保守派の言いなりになるのはもう嫌だ!」


 会場が騒然となる。

 保守派の聖職者たちは、怒りと困惑の表情だ。


 でも、若い世代の目は、希望に輝いている。


 私は、彼らの勇気に心を打たれた。

 教会という巨大な組織の中で、声を上げることがどれほど難しいか。


「ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


「皆さんの力を、ぜひ貸してください」



 枢機卿が杖を叩いた。


「静粛に!」


 彼の声が会場を制する。


「確かに、その……細菌とやらは存在するようだ」


 彼は認めざるを得なかった。

 教会の魔法が証明してしまった以上、否定はできない。


「だが!」


 彼が私を指差した。


「それが病気の原因だという証拠はあるのか!?」

「単に病人の体に住み着いているだけかもしれん!」


 鋭い指摘だ。

 因果関係の証明——前世でも、これは大きな議論になった。


「では、お見せしましょう」


 私はルーカス先輩に合図を送った。


「準備を」



 ルーカス先輩が部屋のカーテンを閉めた。

 室内が薄暗くなる。


「エリーゼ、ルーカス先輩、お願い!」


 エリーゼとルーカス先輩が、磨き上げた鏡を手に取った。

 三枚の大きな鏡。


 窓から差し込む太陽光を、鏡で反射させて顕微鏡の下に集める。

 第一の鏡から第二の鏡へ。

 第二の鏡から第三の鏡へ。

 そして、顕微鏡のステージへ。


 集められた光は、レンズを通して一点に集中し——


 拡大された像が、白い壁に投影される。


「これは……!」


 会場がどよめく。


 ——光学式投影装置。

 前世で「幻灯機」と呼ばれた技術の応用だ。



 白い壁に、巨大な映像が映し出された。


 うごめく赤い棒状の生物たち。

 ゆっくりと動き、分裂し、増殖していく。


 結核菌の姿が、大聖堂の全員の目に焼き付けられた。


「ひぃっ……!」

「あんなものが、体の中に……」

「動いてる……生きてる……」


 恐怖の悲鳴が上がる。

 特に女性や子供の悲鳴が響く。


「落ち着いてください!」


 私は声を張り上げた。


 でも、パニックは広がっていく。


「私の体にもいるのか!?」

「感染したらどうする!?」

「神よ、お救いください!」


 このままでは暴動になる。



 私は壁に映る細菌の前に立った。

 両手を広げて、会場を制する。


「恐れないでください!」


 私の声が響く。


「確かに彼らは恐ろしい」

「でも、正体が分かれば戦えます!」


 私は壁の映像を指差した。


「この赤い棒が、結核菌です」

「大きさは、髪の毛の太さの千分の一以下」

「目には見えないほど小さい」


 私は会場を見渡した。


「ですが、恐れる必要はありません」

「なぜなら——」


 私はポケットから、ストレプトマイシンの小瓶を取り出した。


「神は、試練と共に解決策も用意されました」


 小瓶を高く掲げる。


「それがこの薬です」



 私は小瓶の蓋を開けた。

 白い粉末が光を反射して輝く。


「これは『ストレプトマイシン』という薬です」

「土壌の微生物——放線菌から作られた、神の恵みです」


 私は続けた。


「この薬は、結核菌だけを殺します」

「人間の細胞は傷つけず、菌だけを標的にするのです」


 私は投影された細菌を見つめた。


「私は既に、この薬で末期の結核患者の命を救いました」


 私は会場に向き直った。


「アンナという少女をご存知でしょうか」

「彼女は末期の結核でした」

「咳で血を吐き、高熱に苦しみ、三つの病院で『手遅れだ』と宣告されました」


 会場が静まる。


「ですが、今」


 私は微笑んだ。


「彼女は元気に学校に通っています」

「咳も止まり、熱も下がり、体重も戻りました」


 私は小瓶を胸に抱いた。


「これが医学の力です」



「だが、その薬は安全なのか!?」


 別の司教が立ち上がった。


「毒かもしれんぞ!」


「ご心配はごもっともです」


 私は頷いた。


「どんな薬にも副作用があります」


 私は正直に答えた。


「ストレプトマイシンには、耳鳴りや聴力低下の副作用があります」

「ですが、量を調整し、経過を観察すれば、リスクは最小限に抑えられます」


 私は真剣な目で会場を見渡した。


「そして、何より重要なのは」

「副作用のリスクと、死のリスクを天秤にかけることです」


 私は声を強めた。


「結核で死ぬか、わずかな副作用を受け入れて生きるか」

「その選択権は、患者自身にあるべきです」



「魔法は『奇跡』です」


 私は続けた。


「一瞬で傷を癒やし、骨を繋ぐ」

「それは神の恵み以外の何物でもありません」


 私は枢機卿を見た。


「ですが、医学は『神が人間に与えた知恵』です」

「観察し、考え、試し、学ぶ」

「それもまた、神が人間に与えられた能力ではないでしょうか?」


 私は一歩前に出た。


「そして、私は既に多くの治癒魔法使いの方々と協力しています」


 私はエルヴィンさんたちを示した。


「薬草と治癒魔法を組み合わせることで、治癒期間が半減することも確認されています」

「魔法で傷を癒やし、医学で病を治す」

「二つが手を取り合えば、救えない命などありません!」


 私は両手を広げた。


「猊下」


 私は枢機卿を真っ直ぐに見つめた。


「教会は『全ての民を救え』と説いています」

「ならば、魔法を使えない民にも、救いの手を差し伸べるのが神の御心ではないでしょうか?」



 私は声を震わせた。


「私は、貧しい村の出身です」

「私の村には、治癒魔法使いはいませんでした」

「高額な寄付を払えないから、教会の治療も受けられませんでした」


 私の目に涙が浮かぶ。


「だから、人々は傷で死に、病で死に、出産で死にました」

「私の友人も、隣人も、たくさんの人が死んでいきました」


 私は拳を握りしめた。


「でも、それは仕方ないことだと教えられました」

「『神の御心だ』と」

「『運命だ』と」


 私は首を横に振った。


「でも、違います!」

「神は、人間に知恵を与えられました!」

「学び、考え、病と戦う力を!」


 私は会場を見渡した。


「医学は、魔法を使えない民のための、神の贈り物です!」

「どうか、その可能性を認めてください!」



 長い沈黙が流れた。


 反論できる者はいなかった。

 魔法による証明と、圧倒的な視覚的証拠。

 そして「教義」に基づいた正論。


 枢機卿は、苦悶の表情で黙っている。

 他の高位聖職者たちも、言葉を失っている。


 やがて——


 パチ、パチ、パチ。


 拍手が起こった。


 最初はアレクサンダー王子。

 彼が立ち上がり、大きく拍手をしている。


 次に国王陛下。

 威厳ある顔に、微笑みを浮かべている。


 そして、貴族たちへ。

 学者たちへ。

 若い神官たちへ。


 拍手が、波のように広がっていく。



 枢機卿は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 彼の手は震え、杖を強く握りしめている。


 この空気の中で異端判決を下すことは不可能だった。

 国王が支持している。

 民衆が支持している。

 若い聖職者たちまで支持している。


 ここで私を断罪すれば、教会は民衆の支持を失う。

 それは、保守派の終わりを意味する。


 枢機卿は、深い深いため息をついた。

 そして、杖を下ろした。


「……認めよう」


 彼の声は、疲れ切っていた。


「その微小な生物は、神の被造物である」


 彼が宣言する。


「リーゼ・フォン・ハイムダルの医術は、異端にあらず」


 彼は目を閉じた。


「神の理を探究する学問であると——」


 彼は苦しそうに言葉を絞り出した。


「認定する」



 会場が歓声に包まれた。


「勝った!」

「リーゼ先生が勝った!」

「医学万歳!」


 人々が立ち上がり、拍手し、歓声を上げる。


 私は——


 その場に崩れ落ちそうになった。


 足の力が抜ける。

 手が震える。

 視界がぼやける。


「リーゼ!」


 ルーカス先輩が駆け寄って、私を支えてくれた。


「やったな、リーゼ」


 彼の声は、誇らしげだった。


「魔法と科学の融合……お前の演説、最高だったぞ」


「ありがとう……ございます……」


 私は震える声で答えた。


 エリーゼも駆け寄ってくる。


「リーゼ様、素晴らしかったです!」


 彼女の目に涙が光っている。



 その時、エルヴィンが数名の若い魔法使いを連れて近づいてきた。


「リーゼ先生、素晴らしい弁論でした」


 エルヴィンが深々と頭を下げた。


「私たち治癒魔法部門の若手一同、先生の研究に協力させていただきたいのです」


 彼の後ろには、十人ほどの若い魔法使いたち。

 男性も女性も、みな真剣な目をしている。


「魔法と医学、両方の力で、より多くの命を救いたい」


 エルヴィンが私の手を取った。


「私たちに、力を貸してください」


「こちらこそ」


 私は感動で声が震えた。


「ぜひ、一緒に研究を進めましょう」


 私は彼らを見渡した。


「治癒魔法の研究は、きっと医学にも役立ちます」

「細胞の再生メカニズム、免疫系の活性化、痛みの緩和……」

「魔法から学べることは、たくさんあります」


 若い魔法使いたちの目が輝く。


「本当ですか!?」

「魔法の研究が、医学に役立つのですか!?」


「もちろんです」


 私は微笑んだ。


「科学と魔法は、対立するものではありません」

「両方とも、真実を探求する道なのです」



 アレクサンダー王子が近づいてきた。


「リーゼ、おめでとう」


 彼が私の肩を抱いた。


「父上も喜んでおられる」

「今夜、祝賀会を開こうと仰っている」


「ありがとうございます、殿下」


 私は頭を下げた。


「でも、まだ終わりではありません」


 私は大聖堂を見渡した。


「枢機卿は認めましたが、心から受け入れたわけではありません」

「保守派の抵抗は、これからも続くでしょう」


「分かっている」


 王子が頷いた。


「だが、今日の勝利は大きい」

「民衆が見ていた」

「学者たちが見ていた」

「もう後戻りはできない」


 彼が私を見つめた。


「君は、新しい時代の扉を開いたんだ」



 保守派の枢機卿は敗北したが、改革派の魔法使いたちという新たな仲間を得た。

 これは、医学と魔法が融合する、新時代の幕開けだった。


「……怖かった」


 私は小声で漏らした。

 足がまだ震えている。


「もし、生命感知が反応しなかったら」

「もし、投影装置が失敗していたら」

「もし、エルヴィンさんたちが立ち上がってくれなかったら」


 考えるだけで、背筋が凍る。


「でも、大丈夫だった」


 ルーカス先輩が笑った。


「お前は準備を完璧にしたからな」

「科学は、ちゃんと準備すれば裏切らない」


「そうですね」


 私は深呼吸をした。


 だが、これで道は開けた。

 教会という最大の壁を、「魔法」という共通言語を使うことで乗り越えたのだ。



 大聖堂を出ると、外には既にニュースを聞きつけた民衆が集まっていた。


「リーゼ先生だ!」

「勝ったんですか!?」


 誰かが叫ぶ。


「はい」


 私は頷いた。


「教会は、医学を認めてくれました」


 その瞬間——


 大歓声が上がった。


「万歳!」

「リーゼ先生万歳!」

「医学万歳!」


 人々が私の周りに集まってくる。

 握手を求める手、感謝の言葉、祝福の声。


「娘を救ってくださって、ありがとうございます!」

「息子の咳が止まりました!」

「あなたは英雄です!」


 私は一人一人に応えた。

 笑顔で、感謝の言葉で。



 でも、心のどこかで——


 不安が消えない。


 大聖堂の窓から、誰かの視線を感じる。

 振り返ると、ギースリング枢機卿が立っていた。


 彼の目は、憎悪に燃えていた。

 決して消えない、深い恨みの炎。


 私は、その視線の意味を理解した。


 光が強まれば、さらに濃い影が生まれる。

 教会の面目を潰された枢機卿は、決して諦めないだろう。


 いつか、必ず——


 復讐の機会を狙っている。


 私はその視線から目を逸らした。

 でも、背筋に冷たいものが走る。


「大丈夫?」


 エリーゼが心配そうに聞く。


「ええ、大丈夫」


 私は笑顔を作った。


「ただ、少し疲れただけ」


 嘘だった。

 でも、今は喜びに水を差したくない。



 民衆の歓声の中を、私たちは馬車に向かった。


 今日の勝利は、大きな一歩だ。

 でも、戦いは終わっていない。


 むしろ、これから始まるのだろう。


 枢機卿の憎悪。

 保守派の抵抗。

 そして、まだ見ぬ新たな敵。


 でも、私には仲間がいる。

 ルーカス先輩、エリーゼ、エルヴィンさんたち。

 アレクサンダー王子、国王陛下。

 そして、何より——


 私を信じてくれる民衆がいる。


「さあ、帰ろう」


 ルーカス先輩が馬車の扉を開けた。


「明日からまた、忙しくなるぞ」

「患者が殺到するだろうからな」


「ええ」


 私は頷いた。


「一人でも多くの命を、救いたいです」


 馬車が動き出す。

 大聖堂が遠ざかっていく。


 窓から見える枢機卿の姿も、小さくなっていく。


 でも、その憎悪の炎は——


 決して消えることはないだろう。


 私はそれを、心に刻んだ。


 科学と魔法の融合という夢。

 全ての民を救うという使命。


 その道は、まだ始まったばかりだ。

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