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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第69話 特別研究員の初任務

 特別研究員への就任式は、厳かに行われた。


 王国医学協会本部。


 重厚な扉の向こうで、会長から任命書を受け取る。


「リーゼ・フォン・ハイムダル。貴殿を当協会の特別研究員に任命する」


「謹んでお受けいたします」


 拍手の中、私は誓った。


 この称号に恥じない医師になると。


 しかし、感傷に浸る時間はなかった。


 式の直後、ヴィルヘルム先生と会長に呼ばれたのだ。


「リーゼ、早速だが仕事だ」


 先生の表情は険しかった。


「緊急の案件が入った」



「場所は、北部のノルトハイム地方だ」


 会長が地図を広げた。


 王都から馬車で三日の距離にある、寒冷な山岳地帯だ。


「この地方の鉱山街で、原因不明の熱病が流行している」


「症状は高熱、激しい頭痛、そして全身の発疹だ」


「すでに十名が亡くなり、五十名以上が臥せっている」


 私は眉をひそめた。


 高熱、頭痛、発疹——


 いくつかの病名が頭をよぎる。


 麻疹? 猩紅熱? それとも——


「現地の医師だけでは対応しきれない」


 先生が言った。


「原因を特定し、流行を食い止めてほしい」


「分かりました」


 私は即答した。


「すぐに向かいます」


「俺も行く」


 後ろから声がした。


 ルーカス先輩だった。


「先輩?」


「お前一人を行かせるわけにはいかないだろう」


 先輩が力強く言った。


「ノルトハイムは荒っぽい場所だ。護衛兼助手が必要だ」


「ありがとうございます」


 私は心強さを感じた。


「では、二人で向かってくれ」


 先生が頷いた。


「頼んだぞ」



 出発の準備は迅速に行われた。


 感染症対策の装備。


 解熱剤、抗炎症剤、そして大量の消毒用アルコール。


 古医学書から得た知識を元に、新しい防護服も用意した。


 目の細かい布で作ったマスクとガウンだ。


「気をつけてね」


 見送りに来たエリーゼが心配そうに言った。


「無理しちゃだめよ」


「大丈夫」


 私は友人を安心させるように微笑んだ。


「必ず原因を突き止めて、戻ってくるわ」


 馬車に乗り込む。


 御者が鞭を鳴らし、私たちは王都を出発した。



 道中、ルーカス先輩と病気の可能性について議論した。


「高熱と発疹か……悪い予感がするな」


 先輩が地図を見ながら言った。


「ノルトハイムは寒くて、冬は閉ざされた環境になる」


「衛生状態も良くないだろう」


「はい」


 私は頷いた。


「人が密集し、不衛生な環境で広がる病気……」


 私の脳裏には、ある一つの病名が浮かんでいた。


 前世の歴史で、戦争や飢饉の際に大流行し、多くの命を奪った病。


 もしそうなら、一刻を争う。



 三日後、私たちはノルトハイム地方の鉱山街に到着した。


 空気が冷たい。


 空は厚い雲に覆われ、雪がちらついている。


 街の雰囲気は異様だった。


 通りに人影はなく、どこか淀んだ空気が漂っている。


 あちこちの家の煙突から煙が上がっているが、生気がない。


「ひどい雰囲気だな」


 先輩が呟いた。


 私たちは、街の中心にある診療所へ向かった。


 そこは、野戦病院のような有様だった。


 待合室まで患者が溢れ、床に敷かれた毛布の上で呻き声を上げている。


 咳き込む音、うわごとを言う声。


 そして、鼻をつく悪臭——汗と排泄物、そして死の臭い。



「王都から来ました、特別研究員のリーゼです」


 現地の老医師に声をかけた。


 彼は疲れ果てていた。


「おお……王都の先生か」


 医師は力なく頭を下げた。


「助けてくれ。もう我々の手には負えん」


「次々と人が倒れていく。薬も効かない」


「状況を確認させてください」


 私はすぐに防護服とマスクを着用した。


 ルーカス先輩も続く。


 患者の一人に近づく。


 二十代の男性。鉱山労働者のようだ。


 顔は真っ赤で、呼吸が荒い。


「熱を測ります」


 触診——熱い。四十度近くあるだろう。


 意識は混濁している。


「あ……あぁ……」


 意味のない言葉を呟いている。


 そして、体を確認する。


 胸から腹にかけて、赤い発疹が広がっていた。


 点状の出血斑だ。



「先輩、服を少しめくってください」


「ああ」


 先輩が患者の衣服を慎重に持ち上げる。


 私は、患者の肌着の縫い目や、脇の下を注意深く観察した。


 不衛生な環境。


 密集した生活。


 寒さのために着替えない人々。


 そして——見つけた。


 服の縫い目に潜む、小さな虫。


 シラミだ。


「コロモジラミ……」


 確信した。


 シラミが媒介する感染症。


 高熱、発疹、意識障害。


 全ての条件が揃っている。


「先輩」


 私は静かに、しかし断固として言った。


「病名が分かりました」


「何だ?」


「発疹チフスです」


 先輩が息を呑んだ。


「チフス……かつて軍隊を全滅させたという、あの?」


「はい」


 私は立ち上がった。


「リケッチアという病原体が原因です。そして、媒介しているのはシラミです」


 周囲を見渡す。


 患者たちは密集し、誰もが同じ服を着続けている。


 これでは、シラミが移動し放題だ。


 感染が広がるのも無理はない。



「治療法はあるのか?」


 老医師が縋るように聞いてきた。


「あります」


 私は力強く答えた。


「ですが、薬だけでは勝てません」


「この病気との戦いは、衛生との戦いです」


 私は指示を出し始めた。


「ルーカス先輩、すぐに患者を隔離します」


「重症者と軽症者を分け、未感染者との接触を断ちます」


「先生、街中の衣類と寝具を集めてください。全て熱湯で煮沸します」


「シラミを駆除しない限り、流行は止まりません」


「そして、患者の髪を短くし、体を洗います」


 老医師が戸惑った。


「し、しかし、こんな寒い時期に体を洗うなど……」


「やらなければ全滅します!」


 私は声を張り上げた。


「これは戦争です。病原体という見えない敵との戦争なんです」


 私の剣幕に、医師たちが動揺した。


 しかし、すぐに覚悟を決めたようだ。


「……分かった。王都の先生の言う通りにしよう」


 私はルーカス先輩を見た。


「先輩、長丁場になりますよ」


「望むところだ」


 先輩が不敵に笑った。


「お前の指示なら、間違いない」



 その日から、私たちは戦場のような診療所で働き始めた。


 まずは環境の改善だ。


 窓を開けて換気を行い、床を消毒液で拭き上げる。


 患者の服を全て脱がせ、煮沸消毒へ回す。


 新しい清潔な布を支給する。


 そして、治療薬の調合。


 発疹チフスに特効薬となる抗生物質はない。


 しかし、前世の知識とこの世界の薬草学を組み合わせれば、対抗できる。


 抗菌作用のあるニンニク、エキナセア。


 解熱作用のある柳の樹皮。


 そして、体力を維持するための経口補水液。


 これらを総動員する。


 私は休む間もなく動き回った。


 脈を取り、水分を与え、体を拭く。


「大丈夫です、必ず良くなります」


 譫妄状態の患者に声をかけ続ける。


 これは医師としての戦いだ。


 特別研究員という肩書きのためではない。


 目の前の命を救うためだ。


 夜、診療所の隅で短い休憩を取った。


「リーゼ、少しは寝ろ」


 先輩がコーヒーを差し出してくれた。


「まだ動けます」


「倒れたら元も子もないぞ」


 先輩の言葉に、渋々座り込む。


 窓の外は吹雪いていた。


 厳しい環境だ。


 でも、負けるわけにはいかない。


 ゼンメルワイス先生も、かつてこうして戦ったのだろうか。


 見えない敵と。


 理解されない孤独の中で。


 でも、私には仲間がいる。


「先輩、ありがとうございます」


 コーヒーの温かさが身に染みる。


「必ず、この街を救いましょう」


「ああ、もちろんだ」


 私たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。

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