第068話 王立医学会での発表
王立医学会の当日が来た。
早朝から緊張していた。
何度も発表原稿を読み返す。
図表を確認する。
全ての準備は整っている。
でも、不安は消えない。
「リーゼ、大丈夫?」
エリーゼが心配そうに聞いた。
「少し緊張してる」
私は正直に答えた。
「王国中の医師が集まるのよ。失敗したら——」
「大丈夫よ」
エリーゼが私の手を握った。
「あなたの研究は素晴らしい。自信を持って」
「ありがとう」
ルーカス先輩も励ましてくれた。
「リーゼ、お前なら絶対できる」
先輩が私の肩を叩いた。
「今まで何度も困難を乗り越えてきただろ? 今回も同じだ」
◇
王立大講堂へ向かう馬車の中。
窓の外を見ると、多くの馬車が同じ方向へ向かっている。
全員、王立医学会へ向かう医師たちだ。
大講堂に到着すると、すでに多くの人が集まっていた。
立派な服装の医師たち。
様々な年齢、様々な地域から来ている。
王国最大の医学学会——その規模を実感する。
「リーゼ先生」
ヴィルヘルム先生が迎えてくれた。
「準備はいいか?」
「はい」
私は頷いた。
「全力を尽くします」
「よし。お前の発表は午後の部、三番目だ」
先生が説明してくれた。
「それまで、他の発表を聞いて落ち着くといい」
控室に案内された。
そこには、他の発表者たちが待機していた。
みんな緊張した顔をしている。
◇
午前の部が始まった。
私も聴衆席に座り、他の発表を聞く。
最初の発表——新しい外科手技について。
詳細で、分かりやすい。
質疑応答も活発だ。
二番目の発表——薬草の新しい効能について。
実験データがしっかりしている。
聴衆も真剣に聞いている。
どの発表も高いレベルだ。
私の発表も、このレベルに達しているだろうか?
不安が込み上げてくる。
「リーゼ」
エリーゼが隣で囁いた。
「あなたの研究は、どの発表にも負けていないわ」
「ありがとう」
友人の言葉が、心強い。
◇
午後の部が始まった。
最初の二つの発表が終わった。
そして——
「次は、リーゼ・フォン・ハイムダル先生による発表です」
司会者が私の名前を呼んだ。
会場がざわついた。
「リーゼ・フォン・ハイムダル?」
「あの二年生の?」
「王国医学協会認定医師だろう」
「王宮で診察も行っているそうだ」
様々な声が聞こえる。
深呼吸。
落ち着け。
壇上へ歩く。
一歩、一歩。
確実に。
壇上に立つと、数百人の視線が私に集中した。
重い。
でも、負けない。
◇
「皆様、こんにちは」
私ははっきりと言った。
声が会場に響く。
「王都医学院二年生のリーゼ・フォン・ハイムダルです」
一瞬の静寂。
「本日は、全身性エリテマトーデスの診断と治療について発表させていただきます」
最初のスライドを示す。
タイトル——「全身性エリテマトーデス:症例分析と治療法の確立」
「全身性エリテマトーデスは、自己免疫疾患の一種です」
私は説明を始めた。
「患者自身の免疫系が、自分の体を攻撃してしまう病気です」
次のスライド——症状の一覧。
「特徴的な症状として、蝶形紅斑があります」
ソフィア様の症例図を示す。
「顔に、蝶のような形の発疹が現れます」
会場が静まり返っている。
みんな真剣に聞いている。
◇
「第一症例を紹介します」
ソフィア様のケース——もちろん、許可を得ている。
「十五歳の女性。三ヶ月前から原因不明の体調不良」
詳しく説明していく。
初診時の症状。
診察所見。
そして診断に至るまでの過程。
「蝶形紅斑、光線過敏症、口腔内潰瘍、関節痛——これらの特徴的な所見の組み合わせから、全身性エリテマトーデスと診断しました」
治療法のスライドを示す。
「薬草を組み合わせた治療を行いました」
「柳の樹皮、カモミール、ターメリック——抗炎症作用」
「セイヨウニワトコ、エキナセア——免疫調整作用」
治療経過のグラフを示す。
「治療開始から一週間で、症状の改善が見られました」
「一ヶ月後には、日常生活が可能になりました」
会場から小さなざわめき。
良い反応だ。
◇
最後のスライド——治療マニュアル。
「詳細な治療マニュアルを作成しました」
「薬草の配合比率、服用方法、経過観察のポイント——全てを記載しています」
「このマニュアルは、後日公開する予定です」
発表を終えた。
深呼吸。
やり遂げた。
◇
一瞬の沈黙。
そして——拍手が起こった。
一人、二人、やがて会場全体が拍手に包まれた。
スタンディングオベーション。
全員が立ち上がって拍手している。
「素晴らしい!」
「これは画期的だ!」
「二年生でこの研究とは!」
称賛の声が聞こえる。
私は深く礼をした。
質疑応答の時間になった。
多くの手が上がった。
「リーゼ先生」
一人の老医師が立ち上がった。
「素晴らしい発表でした。一つ質問があります」
「はい、どうぞ」
「薬草の配合比率は、どのように決定したのですか?」
「試行錯誤の結果です」
私は丁寧に答えた。
「最初は文献を参考にしましたが、患者の反応を見ながら調整しました」
「なるほど」
医師が満足そうに頷いた。
◇
次々と質問が来る。
全てに丁寧に答えていく。
診断基準について。
鑑別診断について。
治療中の注意点について。
質疑応答は三十分続いた。
最後に、司会者が言った。
「リーゼ先生、素晴らしい発表をありがとうございました」
大きな拍手。
壇上を降りると、多くの医師が近づいてきた。
「リーゼ先生、名刺を」
「ぜひ一度、私の病院に来てください」
「共同研究をお願いできませんか?」
次々と声をかけられる。
全てに丁寧に対応する。
ヴィルヘルム先生が誇らしげに言った。
「リーゼ、見事だった」
先生が微笑んだ。
「王立医学会史上、最年少の発表者として、完璧な発表だった」
「ありがとうございます」
◇
その時、会場の後ろから一人の男性が近づいてきた。
六十代くらい、白髪の威厳のある医師だ。
豪華な服装——高位の貴族だと分かる。
「リーゼ先生」
男性が声をかけた。
「私はフリードリヒ・フォン・ヴェルナー」
王国医学協会の会長だ。
私はすぐに深く礼をした。
「会長、お目にかかれて光栄です」
「顔を上げてください」
会長が微笑んだ。
「素晴らしい発表でした」
「恐れ入ります」
「実は、お願いがあるのです」
会長が真剣な顔になった。
「王国医学協会の特別研究員として、あなたに就任していただきたい」
私は驚いた。
「特別研究員……ですか?」
◇
「はい」
会長が説明してくれた。
「王国医学協会の特別研究員は、王国の医学発展のために研究を行う役職です」
「通常は、三十歳以上、十年以上の研究実績がある者にのみ与えられます」
「しかし、あなたの業績は例外的です」
「全身性エリテマトーデスの研究、王宮での複数の難症例診断、そして古医学書の解読」
「これらの功績を鑑みて、特別に就任をお願いしたいのです」
私は少し考えた。
大きな責任だ。
でも、これは千載一遇のチャンスでもある。
「お受けします」
私は決意した。
「ありがとうございます」
「素晴らしい」
会長が満足そうに頷いた。
「正式な任命式は、来週行います」
「よろしくお願いします」
◇
発表会が終わり、エリーゼとルーカス先輩が駆け寄ってきた。
「リーゼ、すごかったわ!」
エリーゼが涙を流して抱きついてきた。
「完璧だったわよ」
「お前、やったな」
ルーカス先輩が笑った。
「特別研究員だって? 二年生でそれは前例がないぞ」
「みんなのおかげです」
私は微笑んだ。
「一人では、ここまで来られませんでした」
トーマスとクラウディアも祝福してくれた。
「リーゼ、おめでとう!」
トーマスが拳を握った。
「お前、本当にすごいよ」
「王国医学協会の特別研究員なんて、夢のようだわ」
クラウディアも感動していた。
◇
その夜、医学院で祝賀会が開かれた。
学生、教授、医師——みんなが集まって祝福してくれる。
「リーゼ先輩、おめでとうございます!」
一年生たちが次々と声をかけてくる。
「素晴らしい発表でした」
「私も先輩みたいになりたいです」
ヴィルヘルム先生が乾杯の音頭を取った。
「王立医学会での発表成功、そして特別研究員就任——リーゼ・フォン・ハイムダルに乾杯!」
「乾杯!」
会場が歓声に包まれる。
温かい。
みんなの支援があったからこその成功だ。
エリーゼが隣に来た。
「リーゼ、今日は本当にすごかったわ」
「ありがとう、エリーゼ」
私は友人の手を握った。
「あなたがいつも支えてくれたから」
「当たり前よ」
エリーゼが微笑んだ。
「私たち、友達でしょ」
◇
祝賀会が終わり、部屋に戻った。
疲れたが、充実感がある。
王立医学会での発表——成功だった。
そして、特別研究員への就任。
予想外の展開だったが、嬉しい。
窓を開けると夜風が入ってくる。
星が美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって小さく呟いた。
「今日、王立医学会で発表しました」
「大成功でした」
「そして、王国医学協会の特別研究員に就任することになりました」
「二年生では前例のないことだそうです」
「これからも、もっと頑張ります」
「もっと多くの人を救います」
星が優しく瞬いている。
まるで祝福してくれているかのように。
◇
机の上には、明日の予定表があった。
授業、実習、古医学書の解読、そして特別研究員としての初仕事。
全てが重要な仕事だ。
責任は大きくなったが、やりがいもある。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、ベッドに入った。
王立医学会での発表——それは大きな転換点だった。
特別研究員への就任——新たな責任を負うことになった。
でも、怖くはない。
準備はできている。
仲間がいる。
そして使命がある。
もっと学び、もっと成長し、もっと多くの人を救う。
それが私の目標だ。
明日からまた、新しい挑戦が始まる。
でも、一歩ずつ進んでいこう。
少女医師の挑戦は、続いていく。




