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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第061話 嫉妬と試練

称号授与式から一週間。


私は王都中央病院での実習に戻っていた。

今週の担当は、外科のハルトムート先生。五十代のベテラン医師。

王都でも指折りの執刀数を誇る、「現場主義」の権化のような人だ。


「リーゼ先生、今週はハルトムート先生の下で研修します」


ヴィルヘルム先生がそう告げたとき、彼の表情がわずかに曇った。

その理由を、私はすぐに思い知ることになった。



ハルトムート先生の診察室。

重い木の扉をノックする。


「……入れ」


地を這うような低い声。

中に入ると、彫刻のように深い皺を刻んだ男が、鋭い眼光をカルテに向けていた。


「リーゼ・フォン・ハイムダルです。本日から、こちらで――」


「挨拶はいい。隅で黙って見ていろ」


ハルトムート先生は目を上げることなく私を遮った。


「十二歳で協会認定医師だそうだが、現場ではただの『動けない道具』だ。邪魔だけはするな」


明らかな拒絶。

名誉や称号など、この男の前では何の価値も持たない。

現場の経験こそが全て。そういう空気だった。



実習が始まっても、私は完全に無視された。

患者の問診も、処置も、私の存在などないかのように進む。


驚いたのは、その「指」だった。

彼の指は太く、節くれ立っている。なのに、患者に触れるときだけは驚くほど繊細に動く。

まさに、職人の手だ。


午後の診察。

若い女性の患者が来た。商人の娘。

三日前から続く胸の痛みを訴えていた。


「リーゼ……と言ったな。この患者を診ろ。診断を下せ」


初めての指名。

私は緊張を押し殺し、彼女の前に立った。

聴診――心臓や肺の音に異常はない。

次に触診。肋骨に沿って、丁寧に指を滑らせる。


(……おかしい)


前世の知識が囁く。この症状、この圧痛なら「肋骨の不全骨折ひび」を疑うべきだ。

だが、私の今の指は十二歳の少女のもの。

指先の肉が柔らかく、患者の皮下脂肪と筋肉の層に阻まれて、骨の表面にあるはずの「わずかな段差」が捉えられない。

折れた面が擦れ合う「軋轢音」を、指が感知できない。


「……呼吸音に異常はなく、特定の部位に明確な圧痛があります。おそらく、肋間神経痛か、筋肉の炎症かと」


ハルトムート先生が鼻で笑った。


「どけ。代われ」


彼はその大きな手を患者の胸壁に当てた。

一点を、グッと、絶妙な角度で押し込む。


「あ、痛い!」


「ここだ。肋骨の疲労骨折だ。全治二週間。固定帯を用意しろ」


先生は私を冷たく一瞥した。


「教科書の知識はあっても、お前のその『子供の指』は何も感じ取れていない。医者の診断は脳でするものじゃない、指先でするものだ」


胸に、鋭い痛みが走った。

図星だった。

私は前世の記憶に頼りすぎていた。

この小さく未熟な肉体が持つ「感覚の限界」を、謙虚に受け止めていなかった。



翌日。回診の最中に、事態が急変した。


「先生……息が……苦しい……」


六十代の男性患者。術後三日目の患者が、突如として顔を青白くさせ、胸をかきむしった。


ハルトムート先生が即座に駆け寄る。

「心不全か? それとも術後の肺炎か?」


治癒魔法師が駆け寄り、一般的な「治癒ヒール」を施そうとする。


「待ってください!」


私は叫んだ。ハルトムート先生の横に入り込み、患者の下肢をチェックする。

右のふくらはぎが、パンパンに腫れている。


「心不全じゃありません! 肺塞栓症です!」


「何だと?」


「長時間寝たきりだったせいで、足の静脈に血の塊――血栓ができたんです。それが血流に乗って、肺の血管を塞ぎました! 今、肺の血流が止まっています!」


この世界には「肺塞栓」という概念がない。

ハルトムート先生も、治癒魔法師も、何が起きているか理解できず立ちすくんだ。


「魔法師さん! 一般的な治癒魔法はやめて! 細胞を活性化させたら血栓が余計に詰まります!」


私は魔法師の腕を掴み、指示を飛ばした。


「魔力を『熱』ではなく『微細な振動』に変えて。肺動脈の、この一点――」


指で位置を示す。脳内で前世の解剖図を重ねる。


「血管の中にある『塊』だけに集中して。私の合図で、物理的に砕くイメージで放って!」


魔法師が戸惑いながらも、私の必死な形相に押されて頷いた。


「今! 撃って!」


魔法師の手から、震えるような光が放たれた。

血管の中に居座る死の塊を、魔力の振動が直撃する。


数分後。


「はぁ……はぁっ……」


患者の呼吸が、劇的に落ち着いた。

顔の青白さが消え、赤みが戻ってくる。


「……信じられん」


ハルトムート先生が、掠れた声で呟いた。



診察室に戻った後、長い沈黙が流れた。

ハルトムート先生は椅子に深く腰掛け、自分の節くれ立った大きな手を見つめていた。


「……見事だった、リーゼ。いや、リーゼ先生」


彼は「称号」ではなく、一人の「医師」として私の名を呼んだ。


「私には、血管の中の敵など見えなかった。私の三十年の経験でも、お前の『知識が捉えた病』には届かなかった」


「いいえ、先生。私は昨日の失敗で学びました。私のこの手はまだ未熟です。先生のような『確かな指の感覚』がなければ、救えない命があります」


ハルトムート先生は、少しだけ、口角を上げた。


「お前は、この小さな身体で、我々が見ることができない『身体の内側の地図』を持っている」


彼は立ち上がり、棚から一冊の古いノートを取り出した。


「これは、私が三十年かけて記した触診の記録だ。身体の部位ごとの、わずかな組織の変化を書き留めてある。……お前の『頭脳』にこれを加えろ。子供の手でも、使いようによっては老人の手を超える感覚を掴めるはずだ」


私は、震える手でその重みを受け取った。



実習が終わった最終日。

ヴィルヘルム先生が私の評価書を見て驚愕した。


「あのハルトムートが……『私の師になり得る逸材だ』なんて書くとは。一体、何があったんだ?」


私は窓の外の星を見上げ、小さく微笑んだ。


完全に認められたわけじゃない。

この小さな手で掴まなければならない感覚は、まだ山のようにある。


でも、私はもう一人じゃない。

確かな経験を持つ先達と、前世の知識。

そして、それらを繋ぐ「医学」という光が、私の進むべき道を照らしていた。


少女医師の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
素人なので外していたらごめんなさい。wikiによると、酸素の量産は1,800年代になるようです。医療に普及したのはいつ頃からなのか調べられませんでしたが、中世と言うよりは近世と言った方がいいかと思いま…
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