第58話 医学会での発表
一週間後、王立医学会の総会が開催されることになった。年に四回開催される、この国最大の医学集会だ。
ヴィルヘルム先生が、私に発表の機会を与えてくれた。
「リーゼ、全身性エリテマトーデスの症例を発表しなさい」
先生が、言った。
「多くの医師に、この知識を共有するべきだ」
「はい」
私は、頷いた。でも、心の中では緊張していた。
王立医学会。王国中の医師が集まる。その前で、発表する。それは、大きな挑戦だ。
◇
発表の準備に、追われた。論文の推敲。図表の作成。発表原稿の練習。全てを、完璧にしなければならない。
エリーゼが、手伝ってくれた。
「リーゼ、この図、分かりやすいわ」
友人が、図表を見て言った。
「症状の進行が、一目で分かる」
「ありがとう」
私は、微笑んだ。
「エリーゼのアドバイスのおかげよ」
ルーカス先輩も、発表の練習に付き合ってくれた。
「リーゼ、もっと声を大きく」
先輩が、アドバイスしてくれた。
「聴衆全員に届くように」
「はい」
何度も、何度も練習する。声の大きさ、話すスピード、図表を示すタイミング。全てを、調整していく。
アンネリーゼも、訪ねてきてくれた。
「リーゼ先生、発表の準備はいかがですか?」
北部での任務で一緒だった宮廷医師だ。
「順調です」
私は、答えた。
「でも、少し緊張してます」
「当然です」
アンネリーゼが、微笑んだ。
「王立医学会の発表は、大きな責任です」
「でも、あなたなら大丈夫」
「ソフィア様の症例は、画期的です」
「必ず、評価されます」
◇
発表の前日、部屋で最終確認をしていた。原稿を、何度も読み返す。図表を、確認する。全てが、準備できている。
でも、不安は消えない。
窓を開けると、夜風が入ってくる。星が、美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって、小さく呟いた。
「明日、大きな発表があります」
「王立医学会で、多くの医師の前で話します」
「緊張していますが、頑張ります」
「見守っていてください」
星が、優しく瞬いている。まるで、応援してくれているかのように。
ベッドに入り、目を閉じる。でも、眠れない。心臓が、高鳴っている。
明日の発表。それは、私の医師人生の大きな節目だ。
成功すれば、大きく前進できる。失敗すれば……。
いや、失敗は許されない。
深呼吸。落ち着け。
大丈夫。準備は、完璧だ。知識も、ある。経験も、積んだ。
自信を持って、臨もう。
◇
翌朝、王立医学会の会場へ向かった。王宮の大講堂。美しい建物だ。高い天井、大きな窓、立派なシャンデリア。全てが、圧倒的だった。
エリーゼとルーカス先輩が、見送ってくれた。
「リーゼ、頑張って」
エリーゼが、抱きしめてくれた。
「あなたなら、絶対大丈夫」
「お前の実力を、見せつけてこい」
ルーカス先輩が、私の肩を叩いた。
「ありがとうございます」
会場に入ると、すでに多くの医師が集まっていた。百人以上。いや、二百人近くいるかもしれない。王国中から、医師が集まっている。様々な年齢、様々な専門。全員が、経験豊富な医師たちだ。
その前で、発表する。私の心臓が、さらに高鳴った。
◇
開会の挨拶の後、いくつかの発表があった。外科手技の改良、新しい薬草の発見、疾患の統計分析。全てが、高いレベルの内容だ。
そして、私の順番が来た。
「次は、リーゼ・フォン・ハイムダル先生による発表です」
司会者が、私の名前を呼んだ。会場が、ざわついた。
「リーゼ・フォン・ハイムダル?」
「あの、王家認定医師の?」
「まだ、十二歳だろう?」
私は、壇上へ歩いた。一歩、一歩。確実に。
壇上に立つと、全員の視線が私に集中した。
重い。プレッシャーを感じる。でも、負けない。
深呼吸。落ち着け。大丈夫。
「本日は、全身性エリテマトーデスの症例について発表させていただきます」
私は、はっきりと言った。声が、会場に響く。
よし。うまくいっている。
◇
「全身性エリテマトーデスは、自己免疫疾患の一種です」
私は、説明を始めた。
「患者自身の免疫系が、自分の体を攻撃してしまう病気です」
図表を示す。症状の一覧、診断基準。全てを、分かりやすく説明する。
「特徴的な症状として、蝶形紅斑があります」
私は、ソフィアの症例を描いた医学図譜を見せた。もちろん、事前に許可を得ている。
「顔に、蝶のような形の発疹が現れます」
会場から、小さなざわめき。
「他にも、関節痛、倦怠感、微熱、肝脾腫などの症状があります」
一つ一つ、詳しく説明していく。
「診断は、これらの症状を総合的に判断して行います」
診断のフローチャートを示す。医師たちが、真剣に見ている。メモを取る人もいる。
よし。関心を持ってくれている。
「治療法について、説明します」
私は、次の図表を示した。
「抗炎症作用のある薬草と、免疫調整作用のある薬草を組み合わせます」
「具体的には、柳の樹皮、カモミール、ターメリック」
「そして、セイヨウニワトコ、エキナセアです」
医師たちが、驚いた顔をしている。
「これらを、適切な配合で使用することで、症状をコントロールできます」
◇
「症例を紹介します」
私は、ソフィアのケースを説明した。最初の症状、診断の過程、治療法の選択、そして経過。
「治療開始から一週間で、症状の改善が見られました」
図表を示す。体温の変化、関節痛の軽減。全てが、データで示されている。
「二週間後には、ベッドから起き上がれるようになりました」
「一ヶ月後には、日常生活が可能になりました」
会場が、静まり返っている。全員が、真剣に聞いている。
「もちろん、完治したわけではありません」
私は、正直に説明した。
「この病気は、慢性疾患です」
「生涯、管理が必要です」
「でも、適切な治療により、普通の生活を送ることができます」
発表を終えた。会場が、しばらく静かだった。
失敗した?
そう思った瞬間。一人の老医師が立ち上がった。白髪の、威厳のある医師だ。
「素晴らしい」
その医師が、言った。
「これは、画期的な発表だ」
拍手が始まった。一人、二人、やがて会場全体が拍手に包まれた。
◇
質疑応答の時間になった。多くの医師が、手を上げた。
「柳の樹皮の使用量は?」
「一日、乾燥した樹皮十グラムを煎じて服用します」
「免疫調整薬草の副作用は?」
「適量であれば、ほとんどありません。ただし、過量投与は避けるべきです」
一つ一つ、丁寧に答えた。医師たちは、納得した顔をしている。
中年の医師が、質問した。
「リーゼ先生、この病気の概念は、どこから学んだのですか?」
その質問に、私は少し考えた。前世の知識。それを、どう説明するか。
「様々な文献を読み、症状を分析して、理論を構築しました」
私は、慎重に答えた。
「そして、実際の症例で検証しました」
医師は、感心したように頷いた。
「十二歳で、そこまでできるとは」
別の医師が、立ち上がった。
「この治療法を、他の医師も使用できるようにしてほしい」
「もちろんです」
私は、答えた。
「そのために、詳細な治療マニュアルを作成しています」
「近日中に、公開する予定です」
大きな拍手が起こった。
◇
発表が終わり、壇上を降りると、多くの医師が近づいてきた。
「リーゼ先生、素晴らしい発表でした」
「治療マニュアル、ぜひ読ませてください」
「私の患者にも、似た症状の人がいます」
次々と声をかけられる。名刺を渡される。質問を受ける。全てに、丁寧に対応した。
ヴィルヘルム先生が、近づいてきた。
「リーゼ、見事だった」
先生が、微笑んだ。
「お前の発表は、医学会の中でも最高レベルだった」
「ありがとうございます」
私は、深く頭を下げた。
アンネリーゼも、祝福してくれた。
「リーゼ先生、おめでとうございます」
「これで、あなたの名前は王国中に知られるでしょう」
会場を出ると、エリーゼとルーカス先輩が待っていた。
「リーゼ!」
エリーゼが、抱きついてきた。
「すごかったわ!」
「私、聴衆席で聞いてた」
「完璧だったわ」
「お前、やったな」
ルーカス先輩が、私の頭を撫でた。
「王立医学会を、完全に掌握した」
◇
その夜、研究室で一人考えた。王立医学会での発表。それは、大成功だった。
多くの医師が、私の研究を認めてくれた。治療法を、共有することができた。これで、同じ病で苦しむ患者を、他の医師も救える。
それが、何よりも嬉しい。
窓を開けると、夜風が入ってくる。星が、美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって、小さく呟いた。
「医学会での発表、成功しました」
「多くの医師が、認めてくれました」
「これからも、もっと研究を続けます」
「もっと多くの人を、救います」
星が、優しく瞬いている。まるで、祝福してくれているかのように。
机の上には、明日の予定表があった。授業、実習、研究。そして、ソフィアの経過観察。全てが、大切な仕事だ。一つ一つ、丁寧にこなしていく。それが、医師の責任だ。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、研究室を後にした。
廊下を歩きながら、考えた。医学会での発表。それは、一つの節目だ。でも、ゴールではない。これは、始まりに過ぎない。
もっと多くの研究をする。もっと多くの論文を書く。そして、医学の発展に貢献する。それが、私の使命だ。
部屋に戻り、ベッドに入る。今日は、よく眠れそうだ。
成功の達成感がある。でも、同時に新たな責任も感じる。多くの医師が、私の研究を待っている。多くの患者が、私の治療を待っている。
その全てに、応えていく。
少女医師の挑戦は、続いていく。




