第56話 特別講演
ある日、ヴィルヘルム先生から特別な依頼を受けた。
「リーゼ先生、王立医学院の全体講演会で、講演をしていただけませんか?」
全体講演会——それは年に数回開かれる大きなイベントだ。全学年の学生、教員、そして招待された医師たちが集まり、医学の最新トピックについて発表する場だった。
「私が……ですか?」
私は驚いた。
「はい」
ヴィルヘルムは頷いた。
「あなたの実践してきた医療技術について、特に病院実習での経験、緊急事態への対応——それらを発表していただきたいのです」
「でも、私はまだ二年生で……」
「だからこそです」
先生は断言した。
「学生の視点から語ることに意味があります。そしてあなたの経験は、多くの人に役立つはずです」
私は少し考えた。
全体講演会——大きな舞台だ。
緊張する。
でもチャンスでもある。
自分の経験を広く伝えることができる。
「分かりました」
私は決意した。
「やらせていただきます」
◇
講演会まで二週間。
その間、私は準備に追われた。
発表内容を整理する——病院実習での経験、手術助手としての学び、緊急事態への対応。全てを分かりやすくまとめ、図を描き、資料を作り、説明文を書く。
準備は成功の鍵だ。
エリーゼとルーカス先輩が手伝ってくれた。
「リーゼ、この図、もう少し大きくした方がいいわ。後ろの席からでも見えるように」
エリーゼがアドバイスしてくれた。
「それから、専門用語を使いすぎないように」
ルーカスも頷いた。
「一年生も聞くんだから、分かりやすく」
「分かりました」
私は資料を修正した。
二人のアドバイスがとても役に立つ。
友人の支えがありがたい。
◇
講演会の日が来た。
大講堂は医学院で最も大きな部屋だ。
階段状の座席があり、五百人以上が入れる。
私は早めに会場に到着した。
最終確認をする——資料は揃っているか、図は見やすいか。
全てをチェックする。
やがて学生たちが入ってき始めた。
一年生、二年生、三年生、四年生——全学年の学生が集まっている。そして教員たち。ヴィルヘルム先生、エドムント先生、フリーデリケ先生。他にも多くの教員が座っている。
さらに外部から招かれた医師たちも来ていた。
ベルンハルト医師、フリードリヒ医師——王都中央病院の医師たちだ。
会場はほぼ満席だった。
約四百人の人々が座っている。
私は深呼吸した。
落ち着け。
大丈夫。
準備はできている。
◇
定刻になった。
ヴィルヘルム先生が演台に上がった。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。第二十回全体講演会を開催いたします」
拍手が起こった。
「本日の講演者は、二年生のリーゼ・フォン・ハイムダル先生です」
先生が私を紹介してくれた。
「彼女は入学以来わずか一年で、驚異的な成果を上げてきました。実技試験満点、王宮での手術成功、そして病院実習での緊急事態への対応。本日は彼女の経験を聞いていただきます」
拍手が起こった。
でも一部の学生は複雑な顔をしている。
二年生が全体講演会で話す——それは異例なことだ。
私は演台に上がった。
深呼吸。
数百人の視線が私に注がれている。
圧倒的なプレッシャー。
でも負けない。
「初めまして、リーゼ・フォン・ハイムダルです」
私ははっきりと言った。
声が会場に響く。
「本日は、病院実習での経験について、お話しします」
◇
「病院実習は、医学生にとって最も重要な学びの場です」
私は説明を始めた。
「教科書では学べないことを、実際の医療現場で学びます」
最初の図を示す——病院の構造図。
外来、入院病棟、手術室。
「私は王都中央病院で実習をしています。担当はフリードリヒ医師です」
会場の中からフリードリヒ医師が手を上げてくれた。
学生たちがそちらを見る。
「最初は外来診療の見学から始まりました」
私は続けた。
「擦り傷、切り傷、火傷——様々な症例を見学し、実際に処置も手伝わせていただきました」
次の図を示す——縫合の手順。
「縫合技術は、実際の患者で実践してこそ本当の学びになります。教室での練習とはまったく違います。患者の痛み、不安——それらに配慮しながら正確に処置する。それが医師の仕事です」
学生たちが真剣にメモを取っている。
目が輝いている。
学ぼうという姿勢が感じられる。
◇
「そして、手術の助手を経験しました」
私は次のトピックに移った。
手術室の図を示す。
「最初の手術は皮膚腫瘍の摘出でした。緊張しましたが、準備をしっかりしていたので落ち着いて対応できました」
手術の手順を詳しく説明する——切開、剥離、摘出、縫合。
一つ一つ丁寧に。
「助手の役割は術者をサポートすることです。視野の確保、出血の制御、器具の受け渡し——全てをタイミング良く行います。術者と息を合わせることが重要です」
学生たちが身を乗り出して聞いている。
集中している。
「そして、ある日、緊急事態が起きました」
私は声のトーンを変えた。
真剣に。
重く。
会場が静まり返った。
「手術中に、患者がアナフィラキシーショックを起こしました」
緊急事態の図を示す——症状、対応、結果。
「心拍数が急激に低下し、呼吸が止まりかけました。このままでは患者は死にます」
私は当時のことを思い出しながら話した。
「瞬時に判断しました——アナフィラキシーショックだと。そしてすぐに対処しました」
対処法を詳しく説明する。
「麻酔の中止、血圧を上げる薬、人工呼吸、心臓マッサージ——全てを迅速に行いました。幸い、患者は助かりました」
会場から小さくどよめきが起こった。
感嘆の声。
驚きの声。
「この経験から学んだことがあります」
私は続けた。
「緊急事態では知識だけでは不十分です。実践力、判断力、そして冷静さ——それらが患者を救います。そして準備の重要性。十分に準備していれば、緊急時でも落ち着いて対応できます」
学生たちが真剣にメモを取っている。
私の言葉を一言も聞き逃さないように。
◇
「最後に、教えることについてお話しします」
私は最後のトピックに移った。
「私は現在、一年生と二年生の実技指導を担当しています。教えることで自分も学んでいます。知識を言葉にすることで理解が深まり、学生の視点を理解することで新しい発見があります」
最後の図を示す——医師の成長サイクル。
学ぶ、実践する、教える、また学ぶ。
「医師は生涯学び続けます。知識は常に更新され、技術は常に進化します。だから私たちも成長し続けなければなりません。学生として、医師として、教師として——全ての立場で学び続けることが大切です」
私は深く頭を下げた。
「ご清聴、ありがとうございました」
会場が一瞬静まった。
そして大きな拍手が起こった。
会場中が拍手している。
立ち上がって拍手する人もいる——スタンディングオベーション。
私は少しほっとした。
そして嬉しかった。
自分の経験が人々に伝わった——それが何よりも嬉しい。
◇
質疑応答の時間になった。
多くの手が上がった。
「はい、そちらの方」
私は三年生の男子学生を指名した。
「リーゼ先生、緊急事態への対応ですが、どうやってそんなに冷静に判断できたんですか?」
学生が質問した。
「準備です」
私は答えた。
「事前に様々な緊急事態を想定していました。アナフィラキシーショック、心停止、大量出血——それぞれの対処法を頭に入れていました。だから実際に起きた時、すぐに対応できました」
「なるほど……」
学生は納得したような顔をした。
別の手が上がった。
一年生の女子学生だ。
「リーゼ先輩、一年生へのアドバイスをいただけますか?」
「はい」
私は微笑んだ。
「基礎を大切にしてください。縫合、止血、消毒——基本的な技術を完璧にマスターしてください。それが将来の土台になります。そして常に疑問を持つこと。なぜこの方法なのか、もっと良い方法はないのか——そうやって考え続けることで成長できます」
女子学生は真剣にメモを取った。
さらに質問が続いた。
手術の助手について、教えることについて、将来の目標について——全てに私は丁寧に答えた。
時間をかけて。
相手が理解するまで。
◇
質疑応答が終わった後、多くの人が近づいてきた。
「リーゼ先生、素晴らしい講演でした。あなたの経験は多くの学生に刺激を与えました」
ある教員が言った。
「ありがとうございます」
私は謙遜した。
ベルンハルト医師も近づいてきた。
「リーゼさん、本当に成長しましたね」
医師は満足そうに言った。
「あなたは医学院の誇りです。そして将来は王国を代表する医師になるでしょう」
「そんな……」
私は照れくさくなった。
でも嬉しかった。
認められている——それが何よりも嬉しい。
フリードリヒ医師も声をかけてきた。
「リーゼさん、今日の講演、感動しました」
医師は微笑んだ。
「あなたが私の指導をこんなに高く評価してくれて嬉しいです」
「いえ、フリードリヒ先生の指導があったからこそです」
私は深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
◇
講演会の後、エリーゼとルーカス先輩が待っていてくれた。
「リーゼ、すごかったわ! 会場中があなたに釘付けだった」
エリーゼが興奮した様子で言った。
「ああ、本当にすごかった」
ルーカスも頷いた。
「お前の経験を聞いて、みんな刺激を受けたと思う。俺ももっと頑張ろうって思ったよ」
「ありがとう」
私は微笑んだ。
友人の言葉が嬉しい。
支えてくれる人がいる——それが私の力になる。
その夜、ヴィルヘルム先生に呼ばれた。
「リーゼ先生、本日の講演、大成功でした」
「ありがとうございます」
「学生たちも教員たちもみんな感動していました」
先生は満足そうに言った。
「あなたの経験が多くの人に伝わりました。そして医学院全体に良い影響を与えました」
「それは良かったです」
「これからも期待しています」
先生は優しく微笑んだ。
「あなたは医学院の未来です」
その言葉が胸に響いた。
医学院の未来——大きな責任だ。
でもそれを果たしていく。
医師として。
教師として。
学生として。
◇
夜、部屋で今日のことを振り返った。
特別講演——大きな舞台だった。
緊張したがうまくいった。
自分の経験を広く伝えることができた。
そして多くの人に影響を与えることができた——それが嬉しい。
窓を開けると夜風が入ってくる。
星が美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって小さく呟いた。
「今日、大きな講演会で話しました。多くの人が聞いてくれました。私の経験が人々の役に立ちました。これからも頑張ります」
星が優しく瞬いている。
まるで祝福してくれているかのように。
ベッドに入り、目を閉じる。
今日は大きな一日だった——特別講演、成功だった。
そして新しい責任も感じた。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
特別講演を通して、私は成長した。
経験を伝えること、知識を共有すること——それが医療の発展につながる。
そして多くの患者を救うことにつながる。
医師として。
教師として。
その責任を果たしていく。
少女医師の挑戦は、さらに広がっていく。




