第54話 若き指導者
緊急事態での活躍から一週間が過ぎた。私の評判はさらに広がっていた。
「手術中の緊急事態を冷静に処置した」「十二歳なのにベテラン医師のような判断力」「天才少女医師」
噂は医学院中に広まった。廊下を歩くと学生たちが立ち止まって私を見る——尊敬の眼差し、憧れの眼差し、そして少し距離を置いた眼差し。
特別扱いされるのは少し居心地が悪い。私はただの学生なのに。
◇
ある日、ヴィルヘルム先生に呼ばれた。
「リーゼ先生、お願いがあります」
「はい」
私は院長室へ向かった。そこには先生だけでなく、エドムント先生もいた。
「座ってください」
ヴィルヘルムが椅子を勧めてくれた。
私は少し緊張しながら座った。二人の先生が私を見ている。
「リーゼ先生」
ヴィルヘルムが口を開いた。
「あなたの実力は、もはや学生の域を超えています」
「いえ、まだまだ……」
「謙遜しないでください」
エドムント先生が遮った。
「あなたは二年生としては異例の実力を持っています。そして教える能力もあります」
「実は、お願いしたいことがあるんです」
ヴィルヘルムが真剣な顔で言った。
◇
「一年生の実技指導を、手伝っていただけませんか?」
その言葉に私は驚いた。
「一年生の……指導ですか?」
「はい」
ヴィルヘルムは頷いた。
「縫合技術の基礎指導です。一年生は今基本的な縫合を学んでいますが、教える教員の数が足りません。そこであなたに補助として指導をお願いしたいのです」
エドムント先生も続けた。
「あなたはすでに月に一度の講習会で教えており、医師たちにも高く評価されています。一年生の指導もきっとうまくやってくれるはずです」
私は少し考えた。一年生の指導、教える立場——それは大きな責任だ。でも同時にチャンスでもある。教えることは自分の知識を整理することでもあり、後輩を育てることは医療全体の発展につながる。
「分かりました」
私は決意した。
「やらせていただきます」
「素晴らしい」
ヴィルヘルムは満足そうに微笑んだ。
「では、来週の木曜日から始めてもらいます。授業は午後二時間です」
◇
その日の午後、エリーゼに報告した。
「一年生の指導をすることになったの」
「え、本当!?」
エリーゼは驚いた顔をした。
「それって、先生の仕事じゃない」
「補助だけどね」
私は微笑んだ。
「でも嬉しいわ。あなたに教えてもらえるなんて」
エリーゼは興奮した様子で言った。
「私もその授業受けられるの?」
「もちろん。一年生全員が対象だから」
私は頷いた。
「やった!」
エリーゼは嬉しそうに飛び跳ねた。
その反応が可愛らしい。友人が喜んでくれる——それが何よりも嬉しい。
◇
来週の木曜日まで、私は準備に追われた。
教える内容を整理する——縫合の基礎、針の持ち方、刺す角度、糸の張力、結び目の作り方。全てを分かりやすく説明する方法を考え、図を描き、説明文を書き、デモンストレーションの手順を確認する。
準備は成功の鍵だ——十分に準備すれば本番で慌てない。
ルーカス先輩もアドバイスをくれた。
「教える時は学生の目線に立つことが大切だ」
先輩は真剣な顔で言った。
「自分ができることが当然だと思ってはいけない。初心者には何が難しいのか、どこでつまずくのか——それを理解しながら教えること」
「分かりました」
私はノートに書き込んだ。先輩の言葉はいつも的確だ。
◇
木曜日が来た。午後、一年生の実技教室へ向かった。
広い教室で、実習台が整然と並べられている。一年生がすでに約四十人集まっていた。エリーゼもその中にいる。
みんな、私を見て少しざわついた。
「リーゼ先輩だ」「二年生の天才って聞いたけど」「本当に、私たちに教えるの?」
ひそひそ声が聞こえてくる。
私は深呼吸した。落ち着け、大丈夫、準備はできている。
エドムント先生が私を紹介してくれた。
「本日から、リーゼ先生が縫合技術の補助指導をしてくれます。彼女は二年生ですが、すでに実技試験で満点を取りました。そして病院実習でも高い評価を受けています。みなさん、しっかり学んでください」
拍手が起こった。でも一部の学生は複雑な顔をしている。年下の先輩に教えられる——それは少しプライドが傷つくのかもしれない。
私は前に出た。深呼吸して、そしてはっきりと言った。
「初めまして、リーゼ・フォン・ハイムダルです。本日から、縫合技術の指導をさせていただきます。よろしくお願いします」
深く頭を下げる。教える立場だが、謙虚に——それが大切だ。
◇
「縫合は、外科手術の基本中の基本です」
私は説明を始めた。
「正確な縫合ができなければ、手術は成功しません。今日は最も基本的な単純縫合を学びます」
実習台の前に立つ。豚の皮膚が準備されていて、切開が入っている——これを縫合する。
「まず、針の持ち方です」
針を手に取る。親指と人差し指で挟み、しっかりと。
「針はこのように持ちます。しっかりと、でも力を入れすぎず。針の三分の一くらいの位置を持つのが理想的です」
学生たちに見せる。みんな真剣にメモを取っていて、目が輝いている。学ぼうという姿勢が感じられる。
「次に、針を刺す角度です」
豚の皮膚に針を近づける。
「組織に対して九十度の角度で刺します。これにより組織への侵襲が最小限になります」
針を刺す。慎重に、でも確実に。反対側に通す。
「針を通す時は手首を使います」
私は手の動きをゆっくりと見せた。
「腕全体で動かすのではなく、手首の回転で針を通します。こうすることでより精密なコントロールができます」
学生たちが身を乗り出して見ている。集中している——その姿が嬉しい。
◇
「次に、糸の張力です」
私は糸を引いた。適度な力で。
「強すぎると組織が壊死します。弱すぎると傷が開きます。では、どのくらいが適切か」
私は組織の断端を見せた。
「組織の断端がこのように軽く接触する程度。隙間がないように、でも圧迫しすぎないように。この感覚を体で覚えることが重要です」
結ぶ。一針目、完了。
「結び目も重要です」
私は結び目を見せた。
「外科結びを使います。一回目は右から、二回目は左から。こうすることで結び目が緩みにくくなります」
さらに縫合を続けた。二針目、三針目、四針目と一針ごとに丁寧に説明する。針の角度、糸の張力、結び目の作り方——全てを詳しく説明する。
学生たちは真剣に聞いていて、メモを取る音が教室中に響いている。
最後の糸を結ぶ。
「完了です」
私は完成した縫合を見せた。綺麗な一直線、均等な間隔、適度な張力。
「これが基本的な縫合です」
◇
「では、実習の時間です」
私は教室を見渡した。
「皆さんも、実際に縫合してみてください」
助手たちが各席に豚の皮膚と器具を配った。学生たちがそれぞれ縫合を始める。
私は教室を回って一人一人を見た。
エリーゼのところへ行った。彼女は真剣な顔で縫合しているが、少し針の角度が浅い。
「エリーゼ、少し角度を変えて。もう少し垂直に近い角度で」
私は優しく指摘した。
「こう……?」
エリーゼがやり直す。
「そう。その角度が良いわ」
「なるほど……こうすると通しやすいわね」
エリーゼは納得したようだった。
別の学生は糸の張力で苦戦していた。組織が白くなっている——血流が悪くなっている証拠だ。
「張力が少し強すぎますね」
私は指摘した。
「もう少し緩めに引いてみてください」
「はい……こうですか?」
「そうです。その張力が適切です」
学生はメモを取った。
一人一人にアドバイスをする。針の持ち方、刺す角度、糸の張力、結び目の作り方——全てを丁寧に教える。
学生たちは真剣に聞いている。最初の不安そうな目はもうない。みんな、学ぼうという姿勢だ。
◇
二時間後、授業が終わった。
「本日は、お疲れ様でした」
私は深く頭を下げた。
「次回は、もう少し高度な技術を教えます。楽しみにしていてください」
拍手が起こった。大きな拍手——教室中が拍手している。
学生たちが次々と近づいてきた。
「リーゼ先輩、とても分かりやすかったです」
ある学生が言った。
「教科書だけでは分からなかったことが、よく理解できました」
「ありがとうございます」
私は謙遜した。
「でもまだまだ学ぶことがたくさんあります。一緒に、頑張りましょう」
別の学生が質問してきた。
「先輩、針の角度なんですが、もう少し詳しく教えていただけますか?」
「もちろんです」
私は丁寧に説明した。時間をかけて、相手が理解するまで。
教えることは自分の知識を深めることでもある。説明することで自分自身も理解が深まる。そして学生の成長を見ることが嬉しい。
◇
授業の後、エドムント先生が声をかけてきた。
「リーゼ先生、素晴らしかったです」
「ありがとうございます」
「教え方がとても分かりやすかった」
先生は満足そうに言った。
「学生たちも満足していました。次回もお願いできますか?」
「はい。喜んで」
私は頭を下げた。
教える仕事——それは責任も大きい。でもやりがいもある。学生が成長する姿を見る——それが何よりの報酬だ。
◇
夜、部屋でエリーゼと話した。
「リーゼ、今日の授業、本当に良かったわ」
エリーゼが嬉しそうに言った。
「今まで分からなかったことが、すごくクリアになった」
「それは良かったわ」
私は微笑んだ。
「でも、変な感じね」
エリーゼが少し照れくさそうに言った。
「友達に、教えられるなんて」
「私も少し緊張したわ」
私は正直に言った。
「エリーゼにちゃんと教えられるか不安だった」
「でも、あなたは完璧だったわ」
エリーゼは断言した。
「先生として、本当に素晴らしかった」
「ありがとう」
私たちはしばらく話した。授業のこと、将来のこと、夢のこと——こういう時間がとても大切だ。
◇
その夜、部屋で今日のことを振り返った。
一年生の指導、初めての経験だった。緊張したがうまくいった。学生たちは真剣に聞いてくれて、そして学んでくれた。
教えることは学ぶことでもある。説明することで自分の知識が整理される。そして学生の視点を理解することで、新しい発見がある。
窓を開けると夜風が入ってくる。星が美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって小さく呟いた。
「今日、初めて一年生に教えました。みんな、真剣に聞いてくれました。教えることの喜びを知りました」
星が優しく瞬いている。まるで祝福してくれているかのように。
ベッドに入り、目を閉じる。今日は良い日だった。新しい役割、若き指導者として——その責任を果たせた。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
◇
翌週の木曜日も一年生の指導があった。今回は皮下縫合を教えた——より高度な技術だ。
皮膚表面ではなく皮下組織を縫い、傷跡を最小限にする技術だ。
学生たちは最初は苦戦していた。針の軌道が難しく、皮下組織を通って反対側に出る感覚をつかむのが難しい。
でも一人一人に丁寧に教え、手を取って動きを示し、何度も繰り返し練習させた。
そして授業の終わりには、ほとんどの学生ができるようになった。
「できた!」
ある学生が嬉しそうに叫んだ。
「皮下縫合ができた!」
その笑顔が嬉しかった。学生の成長を目の当たりにする——それが教師の喜びだ。
◇
授業の後、ヴィルヘルム先生に呼ばれた。
「リーゼ先生、一年生の指導、大変好評です」
「ありがとうございます」
「学生たちの技術が明らかに向上しています」
先生は満足そうに言った。
「あなたの指導のおかげです。そこで、もう一つお願いがあります」
先生が真剣な顔で言った。
「何でしょうか?」
「来月から、二年生にも指導をしていただけませんか?」
その言葉に私は驚いた。
「二年生……ですか?」
「はい。より高度な外科手技の指導です」
先生は説明した。
「あなたは病院実習で手術の助手を経験しています。その経験を二年生と共有してほしいのです」
私は少し考えた。二年生の指導——それは一年生よりもさらに高度な内容だ。責任も大きくなる。でもチャンスでもある。もっと多くの学生を育てることができる。
「分かりました」
私は決意した。
「やらせていただきます」
「素晴らしい」
先生は嬉しそうに微笑んだ。
「では、来月から始めましょう」
◇
その夜、部屋で日記を書いた。
若き指導者として、一年生への指導、そして来月からは二年生への指導。責任は大きいがやりがいもある。
教えることで自分も成長し、学生の視点を理解することで新しい発見がある。そして後輩を育てることは医療全体の発展につながる。
窓を開けると夜風が入ってくる。星が美しく輝いている。
「これからも、頑張ります」
星に向かって誓った。医師として、教師として——両方の役割を果たしていく。
ベッドに入り、目を閉じる。明日からまた新しい日々が始まる。授業、実習、指導——全てが私を成長させてくれる。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
若き指導者として、その役割を果たしていく。学生を育て、医療を発展させる——それが私の新しい使命だ。
少女医師の挑戦は、さらに広がっていく。




