第50話 新たな道~飛び級という選択~
秋が深まり医学院の庭に花が咲き始めた——白い花、赤い花、黄色い花が美しく咲き誇っている。入学からもうすぐ一年が経とうとしていた。
この一年で多くのことがあった——実技試験、王宮での医学会、講習会の開催、シャルロッテ令嬢の手術。全てが貴重な経験で、私を医師として、教師として、人として大きく成長させてくれた。
◇
ある朝、ヴィルヘルム先生が私を呼んだ。
「リーゼ先生、大切なお話があります」
いつになく真剣な顔だった。
「はい」
院長室へ向かうと、そこにはエドムント先生とフリーデリケ先生もいた。三人の先生が私を見ている——何か重要な話があるのは明らかだった。
「お座りください」
ヴィルヘルムが椅子を勧めてくれる。私は少し緊張しながら座った。
「リーゼ先生、あなたの一年間の成績を評価しました」
先生は書類を取り出した。
「筆記試験全て満点、実技試験満点、実習評価最高点、講習会の評価も非常に高い」
次々と読み上げられる成績。
「そして実際の医療活動——シャルロッテ令嬢の手術、数々の診察、病院での講演。全てにおいて素晴らしい成果です」
私は黙って聞いていた。一体何の話だろう……。
「そこで、我々から提案があります」
ヴィルヘルムが真剣な顔で言った。
◇
「リーゼ先生、あなたに二年生への飛び級を提案します」
飛び級——私は少し驚いた。
「通常、一年生は基礎医学を学びます」
エドムント先生が説明してくれる。
「二年生から臨床医学が始まります。しかしあなたはすでに臨床経験が豊富で、一年生の内容はすでに習得しています」
「ですから二年生に進級するのが適切だと考えます」
フリーデリケ先生も頷いた。
「あなたなら十分対応できます。いえ、むしろあなたには物足りないかもしれません」
私は少し考えた。飛び級——確かに一年生の内容はほとんど知っている。前世の知識、マルタからの教え、実際の経験——全てがすでに身についている。
でも同時に不安もあった。飛び級すればエリーゼや他の友人たちと離れ、年上の学生たちと一緒に学ぶことになる。
それは少し寂しい。
「少し、考える時間をいただけますか?」
正直に言った。
「もちろんです」
ヴィルヘルムは優しく微笑んだ。
「大きな決断ですから。一週間考えてください」
◇
院長室を出ると、エリーゼが廊下で待っていた。
「リーゼ、どうだった?」
「実は……」
飛び級の提案について話すと、エリーゼは複雑な顔をした。
「そう……飛び級なんだ」
「うん」
「それは……すごいことよ」
エリーゼは無理に笑顔を作った。
「でも寂しくなるわね」
「エリーゼ……」
「ごめん」
エリーゼは首を横に振った。
「私がわがまま言ってる。あなたにとって良い機会なんだもの。喜ぶべきよね」
私は何も言えなかった。エリーゼの気持ちが痛いほど分かる。
一緒に学んできた仲間、支え合ってきた友人——それが離れ離れになる。
「まだ決めてないの」
私は言った。
「一週間、考える時間をもらった」
「そう……」
エリーゼは少し安心したような顔をした。
「ゆっくり考えて。あなたにとって一番良い選択をして」
◇
その日の午後、ルーカス先輩に相談した。
「飛び級か……」
ルーカスは真剣な顔で聞いていた。
「それは大きなチャンスだな」
「でも迷っています」
「なぜだ?」
「エリーゼたちと離れるのが寂しくて……」
ルーカスは少し考えてから言った。
「リーゼ、お前は医師だろう?」
「はい」
「医師にとって一番大切なことは何だ?」
「患者を救うことです」
「そうだ」
ルーカスは頷いた。
「そのために技術を磨く、知識を増やす、経験を積む——全てが患者のためだ」
私は黙って聞いていた。
「友情は大切だ」
ルーカスは続けた。
「でもそれで自分の成長を止めていいのか? 二年生に進級すればもっと学べる、もっと成長できる。そしてもっと多くの患者を救える」
「それが医師としての道じゃないのか?」
ルーカスの言葉が心に響いた。確かにその通りだ。
私は医師だ。患者を救うために常に成長し続けなければならない。友情は大切——でもそれで立ち止まっていいわけではない。
「ありがとうございます、ルーカス先輩」
深く頭を下げた。
「少し見えてきました」
◇
夜、部屋で一人考えた。
飛び級、二年生への進級——それは新しい挑戦だ。より高度な医学を学べ、より多くの臨床経験を積め、そしてより多くの患者を救える。
でもエリーゼたちと離れる。一緒に学んできた仲間、支え合ってきた友人——その絆が弱くなるかもしれない。
窓を開けると夜風が入ってくる。星が美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって小さく呟いた。
「私、どうすればいいのでしょう。飛び級すべきでしょうか。それともこのままエリーゼたちと一緒に……」
星は何も答えない。ただ優しく瞬いているだけ。
でもその光を見ていると、何か答えが見えてくる気がした。マルタの言葉を思い出す。
「リーゼ、あなたは医師よ。患者を救うために常に前を向いて進みなさい。立ち止まってはいけない。迷っても最後は前を向いて歩くの」
マルタなら何と言うだろう——きっと飛び級を勧めるだろう。成長するチャンスを逃すなと。
◇
翌日、私はエリーゼに話した。
「エリーゼ、飛び級を受けようと思う」
エリーゼは少し寂しそうな顔をした。でもすぐに微笑んだ。
「そう……決めたのね」
「ごめんね、エリーゼ」
「謝らないで」
エリーゼは私の手を握った。
「あなたは正しい選択をしたのよ。医師として成長するための選択——それを私は応援する」
「エリーゼ……」
「でもね」
エリーゼは真剣な顔で言った。
「離れても私たちは友達よ。クラスが違っても学年が違っても、友情は変わらない。だから寂しがらないで」
私は涙が出そうになった。エリーゼの優しさに、友情の深さに。
「ありがとう、エリーゼ」
「こちらこそ、ありがとう」
エリーゼは微笑んだ。
「あなたと友達になれて本当に良かった」
◇
一週間後、私はヴィルヘルム先生に返事をした。
「飛び級をお受けします」
「素晴らしい」
先生は満足そうに微笑んだ。
「では来月から二年生のクラスに編入します。準備はいいですか?」
「はい」
「二年生はより専門的な内容になります」
エドムント先生が説明してくれた。
「内科学、外科学、小児科学——各分野を深く学びます。そして病院での実習も増えます」
「頑張ります」
決意を新たにした。
フリーデリケ先生も優しく言った。
「無理はしないでね。あなたはまだ十二歳なんだから」
「はい。気をつけます」
◇
二年生への編入が決まった日、エリーゼ、ルーカス先輩、そしてアーデルハイドが集まってくれた。
「リーゼの二年生編入を祝って」
ルーカスがグラスを上げた。
「乾杯!」
みんなでジュースで乾杯する。
「リーゼ、二年生でも頑張ってね」
アーデルハイドが言った。
「私も来年追いつくから」
「待ってるわ」
私は微笑んだ。
「でも時々は一緒に勉強しましょう」
「もちろん」
エリーゼが嬉しそうに言った。
「学年が違っても私たちは仲間よ」
「そうだな」
ルーカスも頷いた。
「医学院の仲間は一生の仲間だ」
みんなで楽しく過ごした。これからもこの絆は続いていく。学年が違っても、将来別々の道に進んでも——この友情は変わらない。
◇
その夜、部屋で明日からのことを考えた。
二年生、新しいクラスメート、より高度な内容——不安もあるが期待の方が大きい。もっと学べ、もっと成長でき、そしてもっと多くの患者を救える。
窓を開けると秋の夜風が入ってくる——涼しい風、新しい季節、新しい始まり。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって小さく呟いた。
「私、二年生に進級します。新しい挑戦です。でも頑張ります——これからも見守っていてください」
星が優しく瞬いている——まるで祝福してくれているかのように。
ベッドに入り、目を閉じる。明日から新しい日々が始まる。
二年生として、より高度な医学を学ぶ学生として、そしてさらに成長する医師として。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
◇
翌朝、いつもより早く目が覚めた。今日から二年生だ——新しいクラス、新しい仲間、新しい挑戦。
身支度を整えて鏡を見る。十二歳の少女——でも目は真剣だ。医師としての決意がそこにある。
「行こう」
小さく呟き、部屋を出て廊下を歩く——二年生の教室へ。扉の前で深呼吸——落ち着け、大丈夫、準備はできている。
扉を開けると教室中の視線が私に集まった。二年生の学生たち——みんな私より年上だ。十五歳、十六歳、中には二十歳近い人もいる。
好奇の目、疑いの目、そして期待の目。
「おはようございます」
私ははっきりと挨拶した。
「リーゼ・フォン・ハイムダルです。今日からこのクラスで学ばせていただきます。よろしくお願いします」
深く頭を下げる。
しばらく沈黙——そして一人の学生が立ち上がった。
「ようこそ、リーゼ先生」
若い男性だ。十七歳くらいだろうか。
「僕はトーマス・シュナイダー。あなたの噂は聞いています。一緒に学べるのを楽しみにしていました」
「ありがとうございます」
私は微笑んだ。他の学生たちも次々と自己紹介してくれた——みんな友好的で、敵対心は感じられない。
安心した。
◇
最初の授業は内科学だった。担当はアルブレヒト先生——五十代の経験豊富な医師だ。
「本日は心臓疾患について学びます」
先生の声が教室に響いた。
「心臓は人体で最も重要な臓器の一つです。その疾患を理解することは医師として不可欠です」
黒板に心臓の図が描かれていく——右心房、右心室、左心房、左心室、大動脈、肺動脈、大静脈。全ての構造が詳しく説明される。
私は真剣にメモを取った。前世の知識はあるが、この世界特有の疾患もあるかもしれない。油断はできない。
「では質問です」
アルブレヒト先生が教室を見回した。
「心不全の主な症状は何ですか?」
私は手を上げた。
「はい、リーゼ先生」
「呼吸困難、浮腫、疲労感です」
「正解です」
先生は満足そうに頷いた。
「さすが評判通りですね」
他の学生たちも感心した顔をしている。授業は続いた——心疾患の分類、診断方法、治療法。全てが興味深い内容だった。
◇
昼休み、トーマスが話しかけてきた。
「リーゼ先生、一緒に昼食をどうですか?」
「はい、ぜひ」
私たちは食堂へ向かった。そこには他の二年生の学生たちも集まっていて、みんな席を空けてくれた。
「リーゼ先生、王宮での手術の話を聞かせてください」
ある女性が興味津々で聞いてきた。
「シャルロッテ令嬢を救ったんですよね」
「はい。急性虫垂炎でした」
私は簡単に説明した——もちろんプライバシーに配慮しながら。学生たちは熱心に聞いていた。
「すごいですね」「十二歳でそんな手術を」「僕たちも頑張らないと」——みんな刺激を受けたようだった。
食事をしながらいろいろな話をした——医学の話、授業の話、将来の夢。二年生の学生たちはみんな真剣で、医師になるという夢に向かって努力している。
私も負けていられない。
◇
午後の授業は外科学だった。担当はエドムント先生だ。
「二年生の皆さん、そしてリーゼ先生」
エドムント先生が微笑んだ。
「本日から外科手技の実習を始めます」
実習室に移動すると、そこには豚の臓器が準備されていた。
「本日は腸管吻合を学びます」
先生が説明を始めた。
「腸を切除した後、残った腸をつなぐ技術です。非常に重要な手技です」
デモンストレーションが始まった。先生の手が正確に動く——腸管を切開、断端を整える、そして縫合。一針一針丁寧に。
「では各自で練習してください」
私も豚の腸管に向かった。メスを手に取る。
切開——前世の記憶が蘇ってくる。何度も行った手術。体が自然に動く。
縫合を始める。一針目、二針目、三針目——リズムよく正確に。
エドムント先生が近づいてきて私の手技を観察する。しばらく沈黙——そして。
「完璧です」
先生は感心したように言った。
「これは……プロの技術ですね」
「ありがとうございます」
「他の学生も、リーゼ先生の手技を見てください」
先生がみんなを呼ぶと、学生たちが私の周りに集まる。
「これが正確な腸管吻合です」
先生が私の作業を説明してくれた。学生たちは真剣に見ている。
私は少し恥ずかしかったが、丁寧に説明した。
「針の角度はこのように、糸の張力は適度に、結び目はしっかりと」
みんな熱心にメモを取っている。教えることは学ぶこと——私自身も改めて技術を確認できる。
◇
授業が終わって教室を出ると、エリーゼが廊下で待っていた。
「リーゼ、どうだった?」
「うまくいったよ」
私は微笑んだ。
「みんな優しくしてくれた」
「良かった」
エリーゼは安心したような顔をした。
「心配してたの」
「ありがとう、エリーゼ」
「これからどうする?」
「図書館で勉強しようと思って」
「じゃあ一緒に行こう」
二人で図書館へ向かった。学年は違っても友情は変わらない。一緒に勉強する時間、一緒に話す時間——それはこれからも続いていく。
◇
夜、部屋に戻って今日のことを振り返った。
二年生の初日——成功だった。新しいクラスメートたちはみんな友好的で、授業も充実していた。より高度な内容、より専門的な知識——これからもっと学べ、もっと成長できる。
窓を開けると秋の夜風が入ってくる。星が美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって小さく呟いた。
「今日から二年生になりました。新しい仲間ができ、新しいことを学び始めました——これからも頑張ります」
星が優しく瞬いている——まるで祝福してくれているかのように。
ベッドに入り、目を閉じる。
新たな道——二年生として、より高度な医学を学ぶ道、そしてより多くの患者を救う道。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
新たな道が始まった。困難もあるだろう、挑戦もあるだろう——でも恐れはない。仲間がいる、知識がある、そして目標がある——多くの患者を救うこと、医療の発展に貢献すること。
それが私の使命だ。
少女医師の挑戦は新しい段階へ進む——より高く、より遠く。その道を歩き続ける。




