第47話 初めての講習会
王宮での医学会から一週間が過ぎた。
今日は、講習会の第一回目だ。
朝から緊張で落ち着かなかった。何度も資料を確認する——説明する内容、デモンストレーションの手順、予想される質問とその答え。全てをノートに書き出してある。
でも不安が消えない。ちゃんと教えられるだろうか、医師たちに理解してもらえるだろうか。
「リーゼ、大丈夫?」
エリーゼが、心配そうに声をかけてきた。
「はい……なんとか」
「緊張してるのね」
「はい……すごく」
正直に答えた。
「でも、リーゼなら大丈夫よ」
エリーゼは、励ましてくれた。
「あなたの技術は、本物なんだから」
「自信を持って」
「ありがとうございます」
◇
講習会の会場は医学院の大講義室だった。階段状の座席、百人以上が入れる広い部屋——中央にはデモンストレーション用の台が準備されている。
私は早めに会場に到着した。最終確認をする——器具は揃っているか、豚の皮膚は準備されているか。全てをチェックする。
やがて医師たちが入ってき始めた——若い医師、中年の医師、老齢の医師。様々な年齢層だ。
みんな真剣な顔をしているが、中には懐疑的な目で私を見る人もいる。十二歳の子供から何を学べるのか——そんな視線が感じられる。
でも負けない。実力で認めてもらう。
◇
定刻になった。会場はほぼ満席で、約八十人の医師たちが座っている。
ヴィルヘルム先生が演台に上がった。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
先生の声が、会場に響いた。
「第一回縫合技術講習会を、開催いたします」
「講師は、リーゼ・フォン・ハイムダル先生です」
先生が、私を紹介してくれた。
「彼女は、十二歳にして医学院の実技試験で満点を取りました」
「そして、王宮での医学会でも、素晴らしいデモンストレーションをされました」
「本日は、彼女の縫合技術を学んでいただきます」
拍手が起こった。
でも一部の医師はまだ懐疑的な顔をしている。
私は深呼吸した。落ち着け——大丈夫。
演台に上がる。数十人の視線が私に注がれている。
「初めまして、リーゼ・フォン・ハイムダルです」
私は、はっきりと言った。
「本日は、基本的な縫合技術について、お教えいたします」
◇
「縫合は、外科手術の基本中の基本です」
私は、説明を始めた。
「しかし、正確な縫合ができる医師は、意外と少ないのが現状です」
会場が、少しざわついた。
おそらく、自分の技術に自信がある医師たちが、反発を感じているのだろう。
「私が言う『正確な縫合』とは」
私は続けた。
「組織へのダメージを最小限にし、傷の治癒を最速にし、そして傷跡を最小限にする縫合です」
台の上の豚の皮膚を指差した。
「これから、その技術をお見せします」
針と糸を手に取る。
「まず、針の持ち方から」
針を指で挟む——親指と人差し指で。
「針はこのように持ちます。しっかりと、でも力を入れすぎず、針の三分の一くらいの位置を持つのが理想的です」
医師たちが、真剣にメモを取っている。
「次に、針を刺す角度です」
豚の皮膚に針を近づける。
「組織に対して、九十度の角度で刺します」
「これにより、組織への侵襲が最小限になります」
針を刺す——慎重に、でも確実に。反対側に通す。
「針を通す時は、手首を使います」
私は手の動きをゆっくりと見せた。
「腕全体で動かすのではなく、手首の回転で針を通します。こうすることで、より精密なコントロールができます」
医師たちが、身を乗り出して見ている。
◇
「次に、糸の張力です」
私は糸を引いた——適度な力で。
「強すぎると組織が壊死します。弱すぎると傷が開きます。では、どのくらいが適切か」
私は組織の断端を見せた。
「組織の断端がこのように軽く接触する程度——隙間がないように、でも圧迫しすぎないように。この感覚を体で覚えることが重要です」
結ぶ。
一針目、完了。
「結び目も重要です」
私は、結び目を見せた。
「外科結びを使います」
「一回目は右から、二回目は左から」
「こうすることで、結び目が緩みにくくなります」
さらに縫合を続けた——二針目、三針目、四針目。
一針ごとに丁寧に説明する。針の角度、糸の張力、結び目の作り方——全てを詳しく説明する。
医師たちは、真剣に聞いている。
メモを取る音が、会場中に響いている。
七針目、八針目。
ほぼ完了。
最後の糸を結ぶ。
「完了です」
私は完成した縫合を見せた——綺麗な一直線、均等な間隔、適度な張力。
「これが基本的な縫合です」
私は言った。
「簡単に見えるかもしれません。でも、一つ一つの動作を正確に行うことで、このような美しい縫合ができます」
◇
「では、実習の時間です」
私は、会場を見渡した。
「皆さんも、実際に縫合してみてください」
助手たちが、各席に豚の皮膚と器具を配った。
医師たちが、それぞれ縫合を始める。
私は、会場を回って一人一人を見た。
ある中年の医師が、苦戦していた。
針の角度が、浅い。
「先生、少し角度が浅いですね」
私は、優しく指摘した。
「もう少し、垂直に近い角度で刺してみてください」
「こう……ですか?」
医師が、やり直す。
「そうです。その角度が良いです」
「なるほど……こうすると、確かに通しやすい」
医師は、納得したようだった。
別の若い医師は、糸の張力が強すぎた。
「先生、少し張力が強すぎます」
私は、指摘した。
「組織が白くなっているのが見えますか?」
「あ、本当だ……」
「これは、血流が悪くなっている証拠です」
「もう少し緩めに引いてみてください」
「こうですか?」
「はい。その張力が適切です」
若い医師は、メモを取った。
一人一人にアドバイスをする——針の持ち方、刺す角度、糸の張力、結び目の作り方。全てを丁寧に教える。
医師たちは真剣に聞いている。最初の懐疑的な目はもうない——みんな学ぼうという姿勢だ。
◇
二時間後。
講習会が終わった。
「本日は、ありがとうございました」
私は、深く頭を下げた。
「次回は、より高度な縫合技術について教えます」
「皮下縫合、連続縫合など」
「楽しみにしていてください」
拍手が起こった。
大きな拍手。
会場中が、拍手している。
医師たちが、次々と近づいてきた。
「リーゼ先生、素晴らしい講習でした」
ある医師が、言った。
「正直、最初は半信半疑でした」
「でも、実際に見て、やってみて、分かりました」
「あなたの技術は、本物です」
「ありがとうございます」
私は、謙遜した。
「でも、まだまだ学ぶことがたくさんあります」
「その謙虚さも、素晴らしい」
別の医師が、言った。
「私も、もっと学びたいです」
「次回も、必ず参加します」
次々と感謝の言葉を言われた。
私は少しほっとした——初めての講習会、成功だった。
◇
講習会の後、ヴィルヘルム先生が声をかけてきた。
「リーゼ先生、素晴らしかったです」
「ありがとうございます」
「教え方も、とても分かりやすかった」
先生は、満足そうに言った。
「医師たちも、満足していました」
「次回も、期待しています」
「はい。頑張ります」
部屋に戻ると、エリーゼとルーカス先輩が待っていた。
「リーゼ、どうだった?」
「うまくいきました」
私は、微笑んだ。
「みんな、真剣に聞いてくれました」
「そうだろうな」
ルーカスが、満足そうに言った。
「お前の技術なら、当然だ」
「でも、少し疲れました」
私は、正直に言った。
「八十人に教えるのは、大変でした」
「そうよね」
エリーゼが、優しく言った。
「ゆっくり休んで」
「はい」
◇
その夜、部屋で今日のことを振り返った。
初めての講習会——最初は不安だったが、やってみれば意外とできた。医師たちは真剣に聞いてくれ、そして学んでくれた。
これは大きな意味がある。私の技術が他の医師に伝わり、その医師たちが患者を救う。間接的にもっと多くの人を救える——それが教えることの意義だ。
窓を開けると夜風が入ってくる。星が美しく輝いている。
「お父様、お母様、マルタさん」
星に向かって小さく呟いた。
「今日、初めて講習会を開きました。八十人の医師たちに教えました。みんな真剣に聞いてくれました——私の技術が、王国中に広がっていきます」
星が優しく瞬いている——まるで祝福してくれているかのように。
ベッドに入り、目を閉じる。
今日は大きな一日だった——でも良い疲れだ。やりがいのある疲れ。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
初めての講習会——成功だった。そしてこれからも続いていく。
月に一度の講習会、毎回新しい技術を教える——それが私の新しい役割だ。医師として、教師として。
少女医師の挑戦は、さらに広がっていく。




