第45話 重要な来客~新たなる大舞台への招待~
実技試験から三日が過ぎた。私の名前は医学院を超えて広まっていた。
「十二歳で実技試験満点だって!」「史上最年少の記録らしいよ」「天才少女医師って呼ばれてるんだって」
噂は王都中に広がった。医学院だけでなく、貴族たちの間でも話題になっているらしい。廊下を歩くと知らない学生たちまで挨拶してくる。少し居心地が悪いが、悪い気はしない——これが有名になるということなのだろう。
◇
ある朝、ヴィルヘルム院長代理が私を呼んだ。
「リーゼ先生、少しお時間よろしいですか?」
「はい」
院長室へ向かった。扉をノックして中に入ると、今日は少し様子が違った。
広い部屋、大きな机、本棚には無数の医学書。そしてヴィルヘルム先生の隣に、見知らぬ人物が立っていた。六十代くらいの男性で、白髪、立派な髭、威厳のある佇まい。高級な服装から、貴族、いや、それ以上の地位がありそうだ。
「うわぁ……すごく偉そうな人……」
と私は少し緊張した。
「リーゼ先生、紹介します」
とヴィルヘルムが言った。
「こちらは、エルンスト・フォン・ヴァルデック侯爵。王立医学院の理事長です」
私は驚いて立ち止まった。理事長、医学院のトップ!
「り、理事長……!?」
「初めまして、リーゼ・フォン・ハイムダル殿」
とエルンスト侯爵が優しく微笑んだ。
「噂はかねがね聞いております。素晴らしい才能をお持ちだと」
「は、はい……ありがとうございます」
慌てて深く頭を下げた。緊張で心臓がバクバクしている。
「どうぞ、座ってください」
侯爵が椅子を勧めてくれた。私は恐る恐る座る。
◇
「リーゼ先生、実技試験の結果、本当に素晴らしかったですね」
と侯爵が穏やかに言った。
「満点。それも全ての項目で完璧な評価。史上最年少の記録です」
「ありがとうございます。でもまだまだ学ぶことがたくさんあります」
謙遜する私に、侯爵は満足そうに頷いた。
「その謙虚さが、また素晴らしい」
そして表情を改めた。
「実は、あなたにお願いがあります」
「お、お願い……ですか?」
理事長から私に? 一体何だろう……。
「王宮で、医療のデモンストレーションをしていただきたいのです」
侯爵が真剣な顔で言った。
「お、王宮……!?」
思わず声を上げてしまった。王宮って、あの王宮!?
「はい。来週、王宮で医学会が開催されます」
と侯爵が丁寧に説明してくれた。王国中の優秀な医師たちが集まり、最新の医療技術を発表する場だという。
「そこで、あなたの縫合技術を披露していただきたいのです」
私は頭が真っ白になった。王宮で、医学会で、デモンストレーション!
「で、でも……私はまだ十二歳で……」
「だからこそです」
と侯爵は力強く断言した。
「十二歳でこれほどの技術を持っている。それを王国の医師たちに見せることで、若い世代への励みになります」
ヴィルヘルムも熱心に頷いた。
「リーゼ先生、これは本当に大きなチャンスです。あなたの実力を王国中に知ってもらえます」
私は少し考えた。王宮、医学会。想像もしなかった大きな舞台だ。すごく緊張する。でもこれはチャンスでもある——自分の技術を披露でき、多くの医師たちから学べる。そして医療の発展に貢献できるかもしれない!
「分かりました」
と決心した。
「謹んで、お受けいたします!」
「素晴らしい!」
と侯爵は嬉しそうに微笑んだ。
「では、準備を始めましょう」
◇
その日から私は準備に追われた。デモンストレーションの内容を考える。何を見せるべきか、どのように説明するか。
エドムント先生がアドバイスをくれた。
「リーゼ、基本を大切にしなさい」
と先生は真剣な顔で言った。
「奇をてらう必要はない。あなたの完璧な基本技術を、そのまま見せればいい」
「はい!」
「そして一つ一つの動作を丁寧に説明すること」
と先生は続けた。なぜその角度で針を刺すのか、なぜその張力で糸を引くのか。理由を明確に説明すれば、見ている人は必ず理解できる。
「分かりました」
一生懸命ノートに書き込んだ。
フリーデリケ先生も優しく助言をくれた。
「リーゼちゃん、緊張したら深呼吸よ」
と先生は母のように微笑んだ。
「王宮には偉い人たちがたくさんいるけど、彼らもみんな人間。あなたの技術を純粋に見たいだけよ」
「はい。ありがとうございます」
エリーゼとルーカス先輩も心強い言葉をかけてくれた。
「リーゼちゃん、あなたなら絶対に大丈夫!」
とエリーゼが力いっぱい応援してくれた。私たちは見てきた、あなたの完璧な技術を!
「ああ。自信を持て」
とルーカスも真剣に頷いた。
「お前の実力は、間違いなく本物だ」
「ありがとうございます……!」
感謝で胸がいっぱいになった。こんな仲間がいると本当に心強い。
◇
準備の合間に、エーリヒお兄様が訪ねてきた。
「リーゼ! 聞いたぞ!」
と兄は目を輝かせて言った。
「王宮で発表するんだって? すげーじゃないか!」
「はい……でも緊張します」
「何を言ってるんだ」
とエーリヒは私の肩をポンと叩いた。妹が王宮で医療技術を披露するなんて、誇らしいに決まってるだろう、と嬉しそうに言う。
「父上も母上も、きっとすっごく喜ぶぞ」
「お兄様……」
「頑張れよ、リーゼ」
とエーリヒは真剣な顔で言った。
「お前なら絶対にできる。俺も騎士団で頑張ってるからさ。お互い、頑張ろうな」
「はい!」
勇気が湧いてきた。家族が応援してくれている。仲間が支えてくれている。きっと大丈夫だ。
◇
医学会の前日。
私は部屋で最終確認をしていた。デモンストレーションの手順、説明する内容、予想される質問とその答え。全てをノートに書き出す。
窓を開けると夜風が頬を撫でていく。星が美しく輝いている。
「明日、本当に大丈夫かな……」
と小さく呟いた。
不安がある。王宮、偉い人たち、優秀な医師たち。その前で発表する。やっぱり緊張する。でもこれは千載一遇のチャンスだ——自分の技術を磨くチャンス、多くの医師から学ぶチャンス、医療の発展に貢献するチャンス。
「頑張ろう」
星に向かって小さく呟いた。
「お父様、お母様、マルタさん。見守っていてください。私、明日王宮で発表します。精一杯頑張ります」
星が優しく瞬いている。まるで「大丈夫」と言ってくれているかのように。
ベッドに入り、目を閉じる。明日は人生で一番大きな一日になるかもしれない。でも怖くはない——準備はできている。後はやるだけだ。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
でもなかなか眠れなかった。興奮と緊張で頭が冴えている。明日のことを何度もシミュレーションする。デモンストレーションの手順、説明する内容——全てを頭の中で繰り返す。やがて浅い眠りが訪れた。でも体はちゃんと休まった。
◇
翌朝、いつもより早く目が覚めた。
今日がその日だ。王宮での医学会、私のデモンストレーション。
身支度を整えて鏡を見る。医学院の正装。白いブラウス、紺色のスカート。髪を丁寧に結ぶ。緊張で手が少し震えている。深呼吸——落ち着け。大丈夫、準備はできている。
部屋を出ると、ヴィルヘルム先生が待っていた。
「リーゼ先生、準備はいかがですか?」
「はい……準備万端です」
「では、参りましょう」
私たちは王宮へ向かった。馬車に乗って王都の街を抜け、そして王宮の門をくぐった。壮大な建物。白い石造り、天に届きそうな高い塔、息を呑むほど美しい庭園——全てが圧倒的だった。
「すごい……これが王宮……」
馬車が止まった。私は降りた。深呼吸。今日が始まる。
人生最大の挑戦の日。でも恐れはない。私には知識がある、経験がある。そして支えてくれる人たちがいる。きっとやっていける。
「行きましょう、リーゼ先生」
とヴィルヘルムが優しく声をかけた。
「はい!」
私は王宮の中へ足を踏み入れた。新しい挑戦が始まる。
少女医師の最大の舞台。その幕が今まさに上がろうとしていた。




