第40話 同級生たちの反応
皮膚病の件から一週間が過ぎた。
私の名前は医学院中に知れ渡っていた。
「原因不明の皮膚病を、たった一人で解決した」「十二歳の天才医師」「疫病を封じ込めた実績を持つ」
噂はあっという間に学生たちの間に広がった。
廊下を歩くとみんなが私を見る——尊敬の眼差し、好奇の視線、そして羨望と嫉妬の目。
注目されることの重さを、初めて実感していた。
◇
ある朝、講義室に入るといつもと空気が違っていた。
学生たちがひそひそと話しているが、私が現れると会話が途切れる。
一斉に向けられる視線。
居心地の悪さに胸が締め付けられる。
私はいつもの席に座った。
エリーゼが心配そうに声をかけてくれる。
「リーゼ、大丈夫?」
「はい……でも、何か雰囲気が……」
「あのね……」
エリーゼは声を潜めた。
「一部の学生たちが、リーゼのことを快く思ってないの」
「え……?」
「『子供のくせに偉そうだ』とか『特別扱いされてる』とか……そんな陰口を叩いてる人たちがいるの」
その言葉に動揺を隠せない。
確かに私は若い——十二歳で、他の学生より十歳近く年下。
特別に見えるのは仕方ないのかもしれないが……
「気にしちゃダメよ」
エリーゼが私の肩を叩く。
「妬んでるだけ。リーゼの実力を認めたくない人たちの僻みよ」
「でも……」
「大丈夫。本当の仲間は、リーゼの味方だから」
その時、教室の扉が開いた。
ヴェルナー先生が入ってくる。
今日は解剖学の中間試験の日だった。
◇
問題用紙が配られる。
骨格の名称、筋肉の構造、神経の走行——全て授業で学んだ内容だった。
私は集中して解答していく。
前世の医学知識とこの世界での学びを融合させ、一問一問丁寧に答える。
周囲の緊張した空気を感じながらも、手は迷いなく動いた。
一時間後、試験終了。
ヴェルナー先生が解答用紙を回収し、その場で採点を始める。
学生たちは不安そうに結果を待っていた。
私も少し緊張していた。
注目されている今、もし悪い結果だったら——
十分後。
「結果を発表します」
ヴェルナー先生の声が響く。
「首席は……リーゼ・フォン・ハイムダル。満点です」
教室がざわめいた。
「また、リーゼか……」
「当然だろう。子供は暗記が得意だからな」
「特別扱いされてるんじゃないか?」
ひそひそ声が聞こえてくる。
その言葉の一つ一つが胸に突き刺さった。
私は不正をしていない。
ただ一生懸命勉強しただけ。
それなのに……
◇
昼食時間。
食堂でルーカス先輩とエリーゼが待っていてくれた。
「リーゼ、満点おめでとう!」
エリーゼが嬉しそうに言う。
「ありがとうございます」
複雑な気持ちで答える。
「でも、何だか居心地が悪くて……」
「気にするな」
ルーカスが力強く言った。
「妬む奴はどこにでもいる。だが実力ある者は最終的に認められる。それがこの医学院の伝統だ」
「そうよ」
エリーゼも頷く。
「リーゼは実力で評価されてるの。年齢じゃない、実績で」
二人の言葉に少し勇気が湧いてくる。
その時——
「やあ、天才少女さん」
背後から皮肉めいた声がかけられた。
振り返ると、一人の男子学生が立っていた。
二十歳くらい、背が高く自信に満ちた表情。
鋭い目つきに、どこか挑戦的な雰囲気を漂わせている。
「君が噂のリーゼ・フォン・ハイムダルか」
「はい……」
「俺はフリードリヒ・フォン・エーベルハルト。二年生だ」
フリードリヒ——成績優秀でプライドが高いと評判の学生。
その名前は何度か耳にしていた。
「君、本当に十二歳なのか?」
「はい」
「へえ……それで解剖学試験満点か」
彼は腕を組む。
「すごいね。暗記が得意なんだろう」
その言葉に明らかな棘がある。
「いえ……ただ勉強しただけです」
「そうか」
フリードリヒは冷笑を浮かべた。
「だが暗記だけじゃ医者にはなれないぞ。実践が大切だ」
「それは承知しています」
はっきりと答える。
「だからここで学んでいます」
「ほう……」
彼は興味深そうに私を見つめた。
「じゃあ実践的な知識を試してみようか」
「え……?」
「簡単な質問だ」
フリードリヒの表情が真剣になる。
「患者が激しい腹痛と嘔吐を訴えている。右下腹部に強い圧痛がある。何の病気だと思う?」
虫垂炎——瞬時に診断がついた。
前世でもこの世界でも診たことがある症状だ。
「虫垂炎だと思います」
「正解」
彼は頷く。
「では治療法は?」
「外科的切除です。虫垂を摘出して感染拡大を防ぎます」
「ほう……」
フリードリヒは少し驚いたようだった。
「具体的な手術手順は?」
「腹部を切開して虫垂を露出させます」
詳しく説明し始める。
「根部を結紮してから切除し、断端を処理します。腹腔内を洗浄してから層別に閉腹します」
教室が静まり返った。
みんな驚愕の表情で私を見つめている。
「……君、本当に手術を見たことがあるのか?」
フリードリヒの声に驚きが混じる。
「いえ……」
少し躊躇したが、正直に答えることにした。
「実際に執刀したことがあります」
「何……?」
フリードリヒだけでなく、周囲の学生たちも息を呑んだ。
「十二歳で手術を?」
「はい。故郷の村で虫垂炎の患者さんを手術しました」
オットーのことを思い出す。
「幸い成功し、患者さんは完全回復されました」
教室がざわめいた。
「本当なのか……?」
「十二歳で手術なんて……」
フリードリヒは複雑な表情を浮かべている——驚き、疑念、そして僅かな尊敬の念が混じり合っているようだった。
「……参ったな」
彼は小さく呟く。
「俺もまだ見学しかしたことがない。君はもう実戦経験があるのか」
その言葉で、周囲の空気が変わったのを感じた。
単なる「暗記の得意な子供」ではなく、本物の実力を持つ医師として見る目に変わりつつある。
◇
午後は病理学の授業だった。
病気のメカニズム、症状、診断法を学ぶ科目で、担当はハインリヒ先生——厳格だが知識豊富な教授として有名だ。
「今日は感染症について学びます」
ハインリヒ先生が黒板に精密な図を描き始める。
「感染症とは病原体が体内に侵入・増殖することで発症する疾患群です。病原体には細菌、真菌、寄生虫などがあります」
前世の知識と照らし合わせながら真剣に聞く。
この世界の医学は細菌の存在を理論的には理解しているが、顕微鏡技術がないため直接観察はできない。
そのため経験と推論に基づいた医学が発達している。
「例えば疫病」
ハインリヒ先生が続ける。
私は身を乗り出した。
「疫病は接触感染や飛沫感染で拡大します。隔離と衛生管理が予防の要となります」
「リーゼ君」
突然、先生が私の名前を呼んだ。
「はい」
立ち上がる。
「君は疫病封じ込めの実績があると聞いています。具体的にどのような対策を講じましたか?」
教室中の視線が集まる。
今度は試すような目ではなく、純粋に学びたいという目だった。
「まず患者の完全隔離を実施しました」
冷静に答える。
「健康者と患者の接触を遮断し、感染拡大を防止しました」
「次に徹底した衛生管理——手洗い、煮沸消毒、室内換気を義務化しました」
「治療面では症状別の対症療法を行いました。高熱には解熱剤、咳には去痰薬、脱水には水分・電解質補給」
「そして栄養管理も重視しました。免疫力維持のため、可能な限り栄養価の高い食事を提供しました」
ハインリヒ先生は満足そうに頷く。
「完璧です。まさに教科書通りの対策ですね。しかし五百人以上の患者に実際に対応したのは驚異的です」
周りの学生たちがまた驚きの声を上げる。
「五百人……?」
「本当にそんな大規模な疫病を……?」
私は少し照れくさくなった。
「はい……でも一人の力ではありません。師匠のマルタさんや村の人々の協力があったからこそです」
「謙虚ですね」
ハインリヒ先生は微笑む。
「しかしその実績は紛れもない事実です。皆さん、リーゼ君から学んでください。理論だけでなく実践こそが医学の本質なのです」
◇
授業後、教室を出るとフリードリヒが待っていた。
「リーゼ」
「はい?」
「さっきは……すまなかった」
彼は気まずそうに言う。
「君を試すような真似をして」
「いえ……」
「だが君の実力は本物だと分かった」
フリードリヒは真剣な目で私を見つめる。
「年齢なんて関係ない。君は立派な医師だ」
「ありがとうございます」
「俺は……正直に言うと、十二歳の子供に負けるのが悔しかった」
彼は苦笑いを浮かべる。
「プライドが高すぎたんだ」
「でも君から学びたいことがたくさんある」
フリードリヒは手を差し出した。
「友達になってくれないか?」
私は少し驚いたが、嬉しかった。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
彼の手を握る。
その日からフリードリヒは私の大切な友人となった——最初は対立していた彼が、今では頼れる先輩の一人だ。
◇
夕方、部屋にエーリヒが訪ねてきた。
「リーゼ、調子はどう?」
「はい。少しずつ慣れてきました」
今日の出来事を詳しく話した。
同級生たちの複雑な反応、フリードリヒとの対立と和解、授業での評価——全てを包み隠さず。
「そうか。良かったな」
エーリヒは満足そうに頷く。
「俺も騎士団で頑張ってるよ。最初は厳しかったが、実力を認めてもらえるようになった」
「さすがです、お兄様」
嬉しくなる。
二人とも新しい環境で奮闘し、二人とも実力で評価を勝ち取った。
「お互い頑張ろうな」
エーリヒが私の頭を撫でる。
「ああ、そうだ。来週、休日があるだろう?」
「はい」
「一緒に王都を見て回らないか?」
エーリヒの提案に目を輝かせる。
「行きます!」
「よし。楽しみにしてろよ」
◇
その夜、窓から星空を見上げた。
無数の星が美しく瞬いている——同じ星を故郷でも見ているはずだ。
お父様、お母様、マルタさん。
「みんな、見守っていてください」
小さく呟く。
「私、少しずつ仲間が増えています。最初は大変でしたが、実力を認めてもらえました」
星が優しく瞬いている——まるで励ましてくれているかのように。
ベッドに入り、今日の出来事を反芻する。
同級生たちの反応——嫉妬や反感もあったが、実力を示すことで認めてもらえた。
これが実力主義の医学院の現実だ。
年齢や身分ではなく能力で評価される。
厳しいが公平。
そして私にとって最高の環境だ。
対立から始まったフリードリヒとの関係も、今では貴重な友情に変わった。
人は変われる。
理解し合えば、敵も友になれる。
「明日も頑張ろう」
小さく呟いて目を閉じる。
尊敬できる友人たち、信頼できる先生たち、そして支えてくれる兄。
学ぶべきことはまだ山ほどある。
でも確実に前進している。
少女医師の挑戦は、まだ始まったばかり——




