表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/107

第39話 謎の皮膚病

四日目の朝。

いつもより早く目が覚めた。


今日は診療所で難症例を診る日——原因不明の皮膚病、すでに十五名が罹患している。

緊張で胸が高鳴るが、それ以上に期待がある。

患者を救えるかもしれない、この知識を実践で活かせるかもしれない。


身支度を整えて部屋を出た。

廊下はまだ静かで、朝の光が窓から差し込んでいる。



朝食を簡単に済ませて診療所へ向かった。

医学院の一階、入り口近くにある施設。

扉を開けると、すでにヴィルヘルム先生が待っていた。


「おはようございます、リーゼ先生」


「おはようございます」


深く頭を下げる。


「随分早いですね」


「はい。事前に準備をしておきたくて」


ヴィルヘルムは優しく微笑んだ。


「素晴らしい心構えです。では、診察室をご案内しましょう」


彼に案内された診察室は広く、診察台、椅子、薬品棚、医療器具——全てが清潔で整然としている。

壁には人体図が掛けられ、窓からは柔らかな光が射している。


「では、最初の患者さんを」


ヴィルヘルムが待合室に声をかけた。


一人の女性が入ってきた。

三十代半ば、やせ細った体に疲労の色が濃い。

そして両腕と首に広がる赤い発疹——写真でしか見たことのない症状が、目の前にある。



「こちらへどうぞ」


女性を椅子に座らせた。

緊張しているのか、体が小刻みに震えている。


「お名前をお聞かせください」


「アンナです……」


声は弱々しく、希望を失いかけているような響きがある。


「アンナさん、まず症状について詳しく教えてください。いつからこの発疹が現れましたか?」


優しく、しかし専門的に問診を始める。


「二週間ほど前からです……」


アンナは辛そうに答えた。


「最初は右腕に小さな赤い点が数個だけでした。でも日に日に広がって……今では首や背中にも」


「痒みはいかがですか?」


「はい……夜も眠れないほどです」


アンナは腕を掻こうとした。

私は優しくその手を止める。


「掻くと悪化してしまいます。辛いでしょうが、もう少し我慢してください」


「でも……どうしても我慢できないんです……」


その切実な訴えに胸が痛む。

痒みは患者にとって深刻な苦痛——生活の質を著しく低下させる症状だ。


「分かりました。まず詳しく診察させていただきますね」


アンナの腕を観察する。

赤い発疹——直径5mmから15mm程度、びまん性に分布。

一部は水疱を形成し、掻き傷による二次感染の兆候も見られる。


前世の皮膚科知識を総動員する。

湿疹、蕁麻疹、接触性皮膚炎、感染症——様々な可能性を検討。


「他に症状はありませんか?発熱は?」


「熱はありません」


「食欲はいかがですか?」


「普通です……でも最近は貧しくて、あまり食べられていません」


貧困——重要な情報だ。

栄養不足による皮膚病の可能性。


「普段はどのようなものを?」


「パンと……時々野菜のスープです。肉はもう何ヶ月も食べていません」


パンと野菜スープのみ——明らかなタンパク質不足、ビタミン欠乏。

栄養失調による皮膚症状の可能性が高まる。


「お仕事は何をされていますか?」


「洗濯婦です。王都の商人や小貴族の衣類を洗っています」


洗濯婦——水仕事、化学物質への曝露。

接触性皮膚炎の可能性。


「洗濯にはどのようなものを使われますか?」


「石鹸と灰汁です。灰汁は汚れがよく落ちるので……」


灰汁——強アルカリ性液体、皮膚への刺激が強い。

これが原因かもしれない。

しかし職業性なら手に限局するはず。

全身性の症状は説明がつかない。


「周りで同じような症状の方はいらっしゃいますか?」


「はい……同じ地区に住む人たちが皆……」


同じ地区——これは重要な情報。

感染症か環境要因の可能性。


「その地区はどちらですか?」


「南区の貧民街です……城壁近くの……」


南区貧民街——不衛生な環境、密集した住居。

感染症拡大の条件が揃っている。


「分かりました」


ヴィルヘルム先生を見る。

彼は静かに見守りながら、時折頷いている。


「他の患者さんも拝見させていただけますか?」


「もちろんです」



次々と患者を診察した。

十二名——年齢、性別、職業は様々だが、全員が同じような症状を呈している。


共通点を整理する:

・全員が南区貧民街在住

・全員が経済的困窮状態

・栄養状態が総じて不良

・職業は多様(洗濯婦、日雇い労働者、行商人、清掃夫)


職業性なら特定の職種に限定されるはず。

しかし患者の職業は多岐にわたる。

ということは職業要因ではない。


地域性の要因——感染症、環境汚染、共通の食材……


私は頭の中で鑑別診断を整理した:

感染症:真菌感染(白癬)、疥癬、接触感染性皮膚炎

栄養欠乏症:ナイアシン欠乏(ペラグラ)、亜鉛欠乏症

環境要因:水質汚染、化学物質曝露、食品汚染


「ヴィルヘルム先生」


振り返って提案する。


「患者さんたちの居住環境を実際に見学させていただけないでしょうか?」


「現場調査をされたいのですね」


「はい。環境を確認しないと、原因の特定が困難かもしれません」


ヴィルヘルムは少し考えた後、頷いた。


「承知しました。ただし、その地区は衛生状態が悪く、感染リスクもあります。十分注意してください」



午後、ヴィルヘルムと共に南区貧民街へ向かった。

エリーゼとルーカス先輩も同行してくれた。


「一人で行くのは危険よ」


エリーゼが心配そうに言う。


「ありがとうございます」


医学院から南へ向かう道すがら、景色が徐々に変わっていく。

石造りの立派な建物から木造の簡素な建物へ、整備された道路から泥濘んだ路地へ。


南区貧民街に到着した瞬間——鼻を突く悪臭に思わず顔をしかめる。

腐敗した食べ物、排泄物、淀んだ水、そして何か説明のつかない化学的な臭い。

空気そのものが汚染されているようだ。


「ここが患者さんたちの住む地区です」


ヴィルヘルムが説明する。


「王都で最も貧困な地域の一つです」


狭い路地にぼろぼろの建物が密集している。

子供たちが汚れた衣服で遊んでいる——その多くの腕にも発疹が見える。


建物の壁は黒ずみ、カビが繁殖している。

所々に淀んだ水たまりがあり、蚊が群れをなして飛んでいる。


「この地区の水源は?」


「共用井戸です」


ヴィルヘルムが路地奥の古い井戸を指差す。


近づいて覗き込む——水は濁り、緑がかった不透明な液体。

明らかに飲用に適さない状態だ。


「この水を飲用に?」


「他に選択肢がありませんから……」


水質汚染は深刻だが、これが皮膚症状の直接原因だろうか。

汚染水なら消化器症状も併発するはず。

しかし患者たちに下痢や嘔吐の訴えはなかった。


他に原因が——


視線を巡らせると、路地の奥に大きな建物が見えた。


「あの建物は?」


「共同食料貯蔵庫です」


ヴィルヘルムが答える。


「貧困層への配給食料を保管しています」


食料、配給——私の思考に閃きが走る。

共通の食材への曝露。

食品由来の皮膚炎。


「その貯蔵庫を見学させていただけますか?」



貯蔵庫の重い木扉を開けた瞬間、湿気た空気と共に異様な臭いが鼻を突く。

薄暗い室内に穀物の袋が山積みされている。


小麦、大麦、ライ麦——しかし近づいてよく見ると、多くの袋に異常が見られる。


一つの袋を開けて中身を確認する。

穀物の表面に黒い斑点、緑色の粉状物質、白いふわふわした物質——


「これは……」


前世の知識が警鐘を鳴らす。


カビだ。

複数種類のカビが繁殖している。


黒い斑点——アスペルギルス・ニガー

緑色の粉——アスペルギルス・フラバス

白いもの——ペニシリウム属


さらに詳しく観察すると、赤褐色の変色も見られる。

これは——フザリウム属。

トリコテセン系マイコトキシンを産生する危険なカビだ。


「ヴィルヘルム先生」


振り返って緊急事態を伝える。


「この穀物、いつから保管されていますか?」


「半年ほど前からです。昨年の収穫分を……」


「保管環境は?」


「あまり良好ではありません。湿度が高く、換気も不十分で……」


湿度と不十分な換気——カビ繁殖の最適条件。


「患者さんたちはこの穀物を?」


「週一回の配給で摂取しています」


全ての条件が一致した。

カビに汚染された穀物、定期的な摂取、栄養失調による免疫力低下、そして皮膚症状。


「原因が特定できました」


確信を持って宣言する。


「これはマイコトキシン——カビ毒による皮膚炎です」



診療所に戻り、関係者を集めて説明した。

ヴィルヘルム先生、フリーデリケ先生、そして数名の上級医師たち。


「患者さんたちの共通点は、南区貧民街居住と配給穀物の摂取です」


持参した穀物サンプルを示す。


「この穀物には複数種のカビが繁殖し、有毒なマイコトキシンを産生しています」


フリーデリケ先生がサンプルを顕微鏡で観察する。


「確かに……アスペルギルス属、ペニシリウム属、そしてフザリウム属のカビが確認できます」


「アフラトキシン、オクラトキシン、トリコテセン系毒素の可能性が高いです」


頷いて続ける。


「栄養失調で免疫機能が低下している患者さんたちは、これらのカビ毒に対する抵抗力が著しく弱い状態でした」


「継続的な摂取により、皮膚炎が発症したものと考えられます」


「治療方針は?」


ヴィルヘルムが質問する。


「三段階のアプローチが必要です」


明確に答える。


「第一に汚染穀物の即座の廃棄と安全な食料への置換」


「第二に患者さんたちの栄養状態改善——タンパク質、ビタミン、ミネラルの補給」


「第三に皮膚症状に対する局所治療——抗炎症薬草を用いた軟膏療法」


「具体的な処方は?」


フリーデリケ先生が関心を示す。


「カモミール、カレンデュラ、アロエベラのエキスを組み合わせた軟膏を調製します」


前世の知識とこの世界の薬草学を融合させた処方だ。


「オリーブオイルベースに各種植物エキスを配合し、蜜蝋で適度な硬さに調整します」


「抗炎症、鎮痒、保湿の三つの効果を期待できます」


「素晴らしい」


ヴィルヘルムが満足そうに頷く。


「では直ちに対策を開始しましょう」


フリーデリケ先生も賛同した。


「軟膏調製は私も協力します。このような症例は学術的にも貴重です」



その日から集中的な治療が始まった。


汚染穀物の全廃棄、新鮮で安全な食料の緊急配給、全患者への軟膏処方——医学院総出での対応となった。


私はカモミールとカレンデュラを中心とした軟膏を大量調製した。

薬草の選定から抽出、配合比率の調整まで、前世の製剤学知識を最大限活用する。


患者一人一人に丁寧に使用方法を説明した。


「一日三回、清潔な手で患部に薄く塗布してください」


「絶対に掻かないよう注意してください」


「入浴後は清潔なタオルで優しく水分を拭き取ってから使用してください」


患者たちは感謝の眼差しで私を見つめた。


「ありがとうございます、先生……」


「こんなに若い先生が、こんなに親身になってくださって……」


アンナは涙を浮かべている。


「本当にありがとうございます。希望を失いかけていました」


「いえ、これが医師の務めです」


微笑んで答える。


「必ず良くなります。信じて治療を続けてください」



一週間後——


劇的な改善が見られた。

全患者の皮膚症状が著明に軽快し、痒みも大幅に減少。


アンナは笑顔で診察室を訪れた。


「先生、見てください!」


彼女の腕を見ると、発疹はほぼ完全に消失している。


「素晴らしい回復ですね」


心から嬉しく思う。


「でもまだ完全ではありません。軟膏は継続してください」


「はい、必ず続けます」


アンナは深く頭を下げた。


「先生は私たちの命の恩人です」


「こんなに若いのに、こんなに賢くて優しくて……まるで女神様のようです」


その言葉に少し照れる。


「私はただの医師です。でも、皆さんが回復されて本当に嬉しいです」



その夜、ヴィルヘルム先生に院長室に呼ばれた。


「リーゼ先生、今回は見事でした」


先生は満足そうに言う。


「観察力、分析力、そして実践的な治療技術——全てが一流医師の水準です」


「ありがとうございます」


深く頭を下げる。


「でも、まだまだ学ぶべきことが山ほどあります」


「その謙虚さこそ、あなたの最大の長所ですね」


ヴィルヘルムは微笑む。


「今回の件で、学院中があなたの実力を認めました」


「年齢ではなく実力で評価される——それがこの医学院の理念です」


「そして、あなたは見事にそれを証明されました」


胸が熱くなる。


「今後とも精進いたします」


「期待しています」


ヴィルヘルムが私の肩に手を置く。


「あなたには輝かしい未来が待っています。この王国の医療を変革する力を持っています」



部屋に戻り、窓から満天の星空を見上げた。

同じ星座を故郷でも見ているはず。

マルタさん、お父様、お母様、エーリヒお兄様。


「皆さん、見守ってくださってありがとうございます」


小さく呟く。


「私、また一歩成長できました。ここで学んだ知識を、いつか故郷に持ち帰ります。そしてもっと多くの人々を救います」


星々が優しく瞬いている——まるで祝福してくれているかのように。


ベッドに入り、今日の経験を反芻する。


マイコトキシン中毒——前世の医学知識とこの世界の薬草学を融合させて解決できた症例。

これこそが私の強みだ。

二つの世界の知識を持つという唯一無二のアドバンテージ。


それを最大限活用すれば、この世界の医療をさらに発展させられる。

より多くの患者を救える。


「おやすみなさい」


小さく呟いて、満足感に包まれながら眠りについた。


王都での最初の大きな試練を乗り越えた。

これからも様々な挑戦が待っているだろう。

しかし恐れはない。


知識がある、経験がある、そして支えてくれる人たちがいる。

一歩ずつ着実に前進していこう。


少女医師リーゼ・フォン・ハイムダルの挑戦は、まだ始まったばかり——


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ