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第4話 兄と庭

「リーゼ、今日は部屋でゆっくり休んでいなさい。まだ本調子じゃないだろう?」


父の言葉。

少し考えてから答える。


「いえ、少し屋敷の中を歩いてみたいです。ずっと寝ていたので」


「そうか……無理をしないようにな。エーリヒ、お前が付き添ってやれ」


「分かった」


エーリヒが頷く。

年齢以上の落ち着き。責任感。


朝食を終えると、エーリヒが屋敷を案内してくれた。


「ここは書斎だ。父上の部屋だが、リーゼも本を読むときは自由に使っていい」


書斎。

心が跳ねる。

この世界の医療について、もっと知りたい。

本があれば、きっと——


「本……読んでもいいですか?」


「もちろん。でも、まだ体調が万全じゃないから、今日は少しだけにしておけよ」


エーリヒが頭を撫でた。

大きな手。騎士見習いとして鍛えられた、力強い手。

でも。

その手、驚くほど優しい。


温もりが頭から伝わってくる。

胸が詰まる。

目頭が熱い。


前世では。

こんな風に家族に触れられたこと、ほとんどなかった。

両親は共働きで忙しく、私も勉強と仕事に追われてた。

触れ合いのない、言葉だけの家族。


今。

この小さい体で感じる兄の温もりは——


涙が出そうになる。


「お兄様……ありがとう」


思わず口からこぼれた。

エーリヒが少し照れたように笑う。


「どうした? 急に改まって」


「いえ……お兄様がいてくれて、嬉しいなって」


本音だった。

一人で抱え込んできた重荷が、少しだけ軽くなった気がする。


「リーゼ……」

エーリヒが視線を逸らした。

「俺も、リーゼが元気でいてくれて嬉しいよ。だから、もう無茶はするな。熱が出たときは、本当に怖かったんだから」


胸が——

痛い。

彼が心配したのは"本当のリーゼ"。


でも。

この家族を大切にしよう。

それが、体を借りた者としての——


その後、エーリヒは訓練へ。

私は一人で屋敷を散策した。


使用人たちが忙しそうに働きながら、私を見かけると足を止める。


「お嬢様、お加減はいかがですか?」


「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


一人ひとりに微笑み返す。

この屋敷に流れる温かな空気。

同時に、自分が"偽物"だって痛みも——


庭に出る。

春の風が頬を撫でた。

若葉が芽吹く木々。澄んだ空気。

前世の病院の無機質な空間とは、別世界。


「私、ここで何ができるんだろ」


小さく呟く。

医学の知識はある。

けど十歳の子供として、この世界でどこまで通用する?

医療器具もない。薬もない。


それでも。


この手で——


春風の中。

小さな手を見つめる。

子供の手。華奢で、力ない手。


でも。

この手で、誰かを。


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