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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第38話 薬理学の試練

二日目の朝。

目覚めると体が軽やかだった。

昨日の緊張が解け、この環境に少しずつ馴染んできたのかもしれない。


窓を開けると爽やかな朝の空気が流れ込む。

薬草園からは様々な植物の香りが漂ってくる——ラベンダー、ローズマリー、タイム。

マルタの薬草園を思い出し、胸が温かくなった。


「今日も頑張ろう」


小さく呟いて身支度を整える。



朝食を終えて教室へ向かった。

今日最初の授業は薬理学——ルーカス先輩が言っていたフリーデリケ先生の授業だ。


教室に入ると、すでに多くの学生が座っていた。

みんな分厚い教科書を開いて予習している。

いつもより緊張した雰囲気だ。


「リーゼ、おはよう」


エリーゼが手を振ってくれた。


「おはようございます」


私はエリーゼの隣に座る。


「今日の薬理学、楽しみ?」


「はい。とても」


正直に答えた。


「薬草はマルタさんから学んだ分野なので」


「それなら得意分野ね」


エリーゼは嬉しそうに言った。


「フリーデリケ先生はとても厳しいけれど、王国で最も優秀な薬理学者よ。きっと新しい発見があるわ」


期待に胸が高鳴る。


その時、教室の扉が開いた。

一人の女性が入ってくる——四十代半ば、長い黒髪を後ろで結び、鋭い眼光。

しかしどこか気品のある美しい女性だった。


学生たちが一斉に静まり返る。


「おはよう」


女性が教壇に立った。

その存在感は圧倒的だった。


「私は、フリーデリケ・フォン・アーレンスベルク。薬理学を担当しています」


フリーデリケ先生——王国一の薬理学者。

その威厳ある佇まいに教室全体が引き締まる。


「薬理学とは、薬物の作用機序、効果、副作用を科学的に解明する学問です」


先生の声は明瞭で力強い。


「医師にとって薬理学は生命線です。正しい薬は患者を救い、間違った薬は患者を殺す。この事実を片時も忘れてはいけません」


教室に緊張が走った。

先生の鋭い視線が教室を巡り、私の目と合った瞬間——


「あなたがリーゼ・フォン・ハイムダル?」


「はい」


立ち上がって答える。


「ヴィルヘルム院長代理から詳しく伺っています」


フリーデリケ先生は私をじっと見つめた。


「疫病封じ込めの際、薬草治療も併用したそうですね。具体的にはどのような処方を?」


試されている——直感的に理解した。


「高熱にはヤナギの樹皮の煎じ薬を」


はっきりと答える。


「咳にはタイムとハチミツの調合薬を」


「下痢にはブラックベリーの根の煎じ薬を」


「脱水症状には塩と砂糖を溶かした経口補水液を用いました」


先生の目に興味の光が宿る。


「それぞれの薬理学的根拠は?」


「ヤナギの樹皮にはサリシンという解熱鎮痛成分が含まれています」


前世の知識を、この世界の言葉で説明する。


「タイムには抗菌・去痰作用のあるチモールが含有されています」


「ブラックベリーの根のタンニンには収斂作用があり、腸管の過剰な蠕動を抑制します」


「経口補水液は電解質バランスを正常化し、脱水状態を改善します」


教室が水を打ったように静まり返った。

学生たちが驚愕の表情で私を見つめている。


フリーデリケ先生は満足そうに頷いた。


「完璧です。成分名まで正確に把握している十二歳など、私も初めて見ました」


先生は教壇に戻る。


「皆さん、今聞いたものが真の薬理学です。単なる暗記ではなく、作用機序の理解。効果だけでなく、なぜ効くのかを知る——それが医師に求められる知識レベルです」



授業が本格的に始まった。

フリーデリケ先生は黒板に精密な薬草の図を描いていく。

その技術は芸術的ですらあった。


「基本薬草から学びましょう。セージ——学名サルビア・オフィキナリス」


先生がセージの詳細図を描く。

葉の形、茎の構造まで完璧だ。


「セージには抗菌、抗炎症、収斂の三大作用があります。口内炎、咽頭痛、消化不良に有効です」


「しかし——」


先生の声が一段と厳しくなる。


「大量摂取は痙攣を誘発する可能性があります。薬は毒にもなる。この原則を忘れないでください」


ノートに書き込みながら、マルタから学んだ内容と照らし合わせる。

基本は一致しているが、より科学的で詳細だ。


「次にカモミール——ジャーマンカモミールとローマンカモミールがありますが、薬用は主にジャーマン種です」


先生がカモミールの花を精密に描く。


「鎮静、抗炎症、鎮痙の作用があります。不眠、不安、胃痛に有効です」


「ただし——」


先生が教室を見渡す。


「キク科アレルギーの患者には禁忌です。重篤な場合、アナフィラキシーショックを起こす可能性があります」


アレルギー——この世界でもアレルギーの概念が確立されているのか。


私は手を挙げた。


「はい、リーゼさん」


「先生、アナフィラキシーについてもう少し詳しく教えていただけますか?」


フリーデリケ先生は少し驚いた表情を見せた。


「優秀な質問ですね」


先生は新しい図を描き始めた。

人体の断面図——血管、気道の構造。


「アナフィラキシーとは、全身性の重篤なアレルギー反応です。血管拡張による血圧低下、気道浮腫による呼吸困難が同時に起こります」


「症状は急速に進行し、処置が遅れれば死に至ります」


先生の説明は前世の医学知識とほぼ完全に一致していた。

この世界の医学水準は想像以上に高い。


「対処法は?」


「即座の血管収縮剤投与と、気道確保です」


先生は真剣な目で教室を見回した。


「薬理学者として、アレルギー歴の確認は絶対的義務です。どんなに有効な薬でも、患者がアレルギーを持てば凶器となります」


その言葉に深く頷く。

前世でも同じことを叩き込まれた——医療の基本原則。



二時間の授業で、十数種類の薬草を学んだ。

それぞれの成分、作用機序、適応症、禁忌——膨大な情報がノートに蓄積されていく。


学ぶことの純粋な喜び——知識が増える充実感、理解が深まる満足感。

この感覚は何物にも代えがたい。


「では、理解度確認のため小テストを実施します」


フリーデリケ先生が突然宣言した。


教室がざわめく。


「え、今日?」「聞いてない……」


学生たちが動揺している。


「安心してください」


先生は冷静に言った。


「今日の授業内容からのみ出題します。集中して聞いていれば答えられるはずです」


先生が問題を読み上げ始める。


「問題一。セージの主要作用を三つ述べなさい」


「問題二。カモミールの絶対禁忌を理由とともに説明しなさい」


「問題三。ヤナギ樹皮の有効成分名と、その薬理作用を述べなさい」


基本問題は順調に解答できる。

マルタから学んだ知識と今日の授業内容の組み合わせだ。


「問題四」


先生の声に緊張が走る。


「十五歳の患者が高熱と咽頭痛を訴えて来院しました。しかし問診で重篤なキク科アレルギーの既往が判明しました。この患者への最適な処方を、薬理学的根拠とともに述べなさい」


教室が静寂に包まれた。

これは応用問題——単純な暗記では解答不可能。

理解と実践的判断力が試されている。


私は冷静に考える。

高熱と咽頭痛——通常ならカモミールやエキナセアを処方する。

しかし患者はキク科アレルギー。

カモミール、エキナセア共にキク科。

使用不可能。


代替薬は何か——


私は解答を書いた。


「高熱に対しては、ヤナギ樹皮煎じ薬を処方します。有効成分サリシンによる解熱鎮痛作用を期待します」


「咽頭痛に対しては、セージ煎じ液での含嗽を指示します。抗菌・抗炎症作用による症状改善を図ります」


「薬理学的根拠:ヤナギはヤナギ科、セージはシソ科に属し、キク科アレルギー患者にも安全に使用可能です」


制限時間が来て、解答用紙が回収される。



十分後——


「問題四を完全解答できた学生は……一名のみです」


フリーデリケ先生が結果を発表した。


教室がざわめく。


「リーゼ・フォン・ハイムダル」


私の名前が呼ばれる。

全員の視線が集中した。


「見事な解答でした」


先生は私の答案を掲げて見せた。


「植物分類学の正確な知識に基づく安全な薬物選択。これこそが臨床薬理学の真髄です」


周囲の学生たちから感嘆の声が上がる。


「やはり実戦経験者は違うな……」


「本物の実力だ」


ルーカス先輩も感心したように頷いている。


エリーゼは嬉しそうに私の肩を叩いた。


「素晴らしいわ、リーゼ!」


照れくさいが、同時に嬉しい。

自分の知識と判断力が正当に評価された実感がある。


「ただし——」


フリーデリケ先生が厳しい表情になった。


「慢心は禁物です。薬理学は奥が深く、常に進歩しています。学び続ける姿勢を忘れないでください」


「はい。肝に銘じます」


深く頭を下げる。



授業終了後、教室を出ようとした時——


「リーゼさん、少しお時間を」


フリーデリケ先生が私を呼び止めた。


「はい」


先生のもとへ向かう。


「あなた、本当に薬理学の素質がありますね」


先生は真剣な眼差しで言った。


「師匠のマルタという方は、相当優秀な薬草師だったのでしょう」


「はい。マルタさんは私の人生を変えてくれた恩師です」


「その基礎があるからこそ、今日のような応用問題も解けるのです」


先生は少し表情を和らげた。


「しかし——」


再び厳格な顔つきになる。


「学ぶべきことはまだ山ほどあります。薬草だけでなく、鉱物系薬剤、動物由来医薬品」


「そして魔法薬理学——魔力による薬効増強理論」


「これら全てを修得して、初めて一人前の薬理学者と言えるのです」


魔法薬理学——この世界独自の分野だ。

興味深い。


「はい。必ず修得します」


「期待していますよ」


先生は優しく微笑んだ。


「次回からは、より高度な内容に進みます。覚悟しておいてくださいね」



昼食時間。


食堂でルーカス先輩とエリーゼと一緒に食事を取った。


「リーゼ、今日も圧巻だったな」


ルーカスが感心したように言う。


「問題四、俺も完全に間違えた。キク科アレルギーのこと、頭から抜けてたよ」


「私もカモミール処方しちゃった」


エリーゼも苦笑いしながら言った。


「アレルギーって、意外に盲点よね」


「皆さんもすぐに理解されたじゃないですか」


謙遜して答える。


「私はたまたま実践で経験があっただけです」


「それが強みなんだって」


ルーカスは真剣な顔で言った。


「教科書だけじゃ、実際の患者は救えない。お前はもう何百人も診てるんだろう? その経験は金では買えない」


その言葉に少し考え込む。

確かに経験は重要だ。

でもそれだけでは不十分——理論と実践、両方が噛み合って初めて真の力になる。


「だからここで学びたいんです」


はっきりと言った。


「経験はあります。でも理論が不足している。ここで両方を融合させて、本当の医師になりたいんです」


「素晴らしい心構えだ」


突然、背後から声がかかった。


振り返ると、ヴィルヘルム院長代理が立っていた。


「ヴィルヘルム先生!」


私たちは慌てて立ち上がり礼をする。


「座ってください」


ヴィルヘルムは穏やかに微笑んだ。


「リーゼ先生、順調に適応されているようですね」


「はい。おかげさまで」


「フリーデリケから報告を受けました」


ヴィルヘルムは隣の椅子に座る。


「あなたの薬理学知識は卓越している。そして実践的判断力も備わっている、と」


「ありがとうございます」


少し照れる。


「ですが、リーゼ先生」


ヴィルヘルムの表情が真剣になった。


「一つ、お願いしたいことがあります」


「はい?」


「明日、診療所で患者を診ていただけませんか?」


その申し出に驚く。


「明日……ですか?」


「ええ。実は困った症例を抱えているのです」


ヴィルヘルムが説明を始めた。


「王都南区の貧困地域で、原因不明の皮膚疾患が集団発生しています。すでに十五名が罹患していますが、既存の治療法では改善が見られません」


私は真剣に聞き入る。


「症状は?」


「激しい痒みを伴う紅斑、丘疹が全身に出現。一部では水疱形成も見られます」


「感染性は?」


「家族内感染が多発していることから、感染性が疑われます。しかし病原体は特定できていません」


複雑な症例だ——しかし、だからこそやりがいがある。


「あなたの実践経験と薬草知識が、突破口となるかもしれません」


ヴィルヘルムの目に期待の光が宿っている。


「お手伝いいただけますか?」


少し考える。

原因不明の皮膚疾患——難しい症例だ。

でも患者が苦しんでいる。

医師として、断る理由はない。


「分かりました」


きっぱりと答える。


「全力で取り組みます」


「ありがとうございます」


ヴィルヘルムは安堵の表情を見せた。


「明日朝一番に、診療所でお待ちしています」



その夜、部屋に戻ってから医学書を読み漁った。

皮膚疾患に関する記述を片端から調べる。


原因不明の皮膚病——可能性は無数にある。

感染症(細菌、真菌、寄生虫)、アレルギー反応、栄養不足、環境要因、自己免疫疾患……


でも必ず原因はある。

病気には必ず原因がある——それを見つけ出すのが医師の使命だ。


ノートに鑑別診断のリストを作成していく。


感染症

・細菌性(ブドウ球菌、連鎖球菌)

・真菌性(白癬菌、カンジダ)

・寄生虫性(疥癬、シラミ)


非感染性

・接触皮膚炎(化学物質、植物)

・アトピー性皮膚炎

・栄養欠乏症(ビタミン、亜鉛)


それぞれの特徴的症状、診断方法、治療法——前世の知識とこの世界の知識を総動員して整理する。


気づけば深夜を過ぎていた。

でもまだ眠気はない。

明日、患者を診る。

その準備に手抜きは許されない。


窓の外で星が輝いている。

同じ星を、故郷でもマルタが見上げているだろう。


「マルタさん、見守っていてください」


小さく呟く。


「明日、あなたから学んだ全てを注ぎ込んで、患者さんを救いたいと思います」


星が優しく瞬いている——まるで励ましてくれているかのように。


ベッドに入り、目を閉じる。

明日に向けて、しっかりと体力を回復させよう。


新しい挑戦が待っている。

困難な症例かもしれない。

でも恐れはない。

私には知識がある、経験がある、そして支えてくれる人たちがいる。


「おやすみなさい」


小さく呟いて、深い眠りについた。


明日は大きな試練の日——少女医師リーゼ・フォン・ハイムダルの真価が問われる。


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