第37話 最初の授業
朝の光が窓から差し込んできた。
ゆっくりと目を開けると、見慣れない天井——一瞬、ここがどこか分からなかったが、すぐに思い出す。
王立医学院の寮、私の新しい部屋。
「もう朝……」
小さく呟いてベッドから起き上がり、窓の外を見る。
薬草園が朝日に照らされ、露に濡れた葉がきらきらと輝いていた。
美しい。
深呼吸する。
新しい一日の始まり——そして、医学院での最初の授業。
◇
身支度を整えて鏡を見る。
白いブラウス、紺色のスカート——昨夜部屋に用意されていた医学院の制服だ。
髪を結び、きちんと整える。
十二歳の少女が鏡の中で私を見つめている。
前世では二十八歳で死んだ。
今は十二歳。
不思議な感覚だ。
「頑張ろう」
鏡の中の自分に小さく言った。
部屋を出ると、廊下には他の学生たちが歩いていた。
みんな白いブラウスに紺色のスカートかズボンの制服を着ている。
年齢は十代後半から二十代前半まで様々だ。
その中で、私は明らかに一番幼い。
すれ違う学生たちが驚いた顔で私を見る。
好奇の目。
「あれ、子供?」
「医学院に、子供がいるのか?」
ひそひそ声が聞こえてくるが、気にしないようにして、まっすぐ前を向いて歩く。
◇
食堂は広い部屋に長いテーブルが並び、学生たちが朝食を取っている。
賑やかな雰囲気だった。
トレイを持って列に並ぶ。
「おはよう」
配膳係の女性が笑顔で迎えてくれた。
「おはようございます」
「新入生? へえ、若いわね」
女性は驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「頑張ってね」
「ありがとうございます」
トレイにはパン、スープ、果物が載せられる。
温かい匂いが食欲をそそる。
空いているテーブルに座り、一口スープを飲む。
美味しい。
野菜の旨みがしっかり出ている。
食事をしていると、近くのテーブルから会話が聞こえてきた。
「今日の解剖学、難しいらしいぞ」
「ヴェルナー先生は厳しいからな」
「試験も容赦ないって聞いた」
解剖学——前世でも医学部で学んだ、人体の構造を理解するための基礎中の基礎。
懐かしい。
でも、この世界の解剖学はどこまで進んでいるのだろう。
期待と不安が入り混じる。
◇
朝食を終えて講義室へ向かった。
廊下には多くの学生が歩いている。
みんな教科書や羊皮紙の束を持ち、真剣な表情だ。
講義室に着くと、すでに多くの学生が座っていた。
階段状の座席、前方には大きな黒板。
私は後ろの方の席に座った。
周りの学生たちが私を見る。
好奇の目。
疑いの目。
「本当に子供だ……」
「なんで、こんな子が医学院に?」
「特別枠か何かか?」
ひそひそ声が四方八方から聞こえてくる。
居心地が悪いが、気にしない。
私はここに実力で来た。
実力で認めてもらう。
ノートを開き、ペンを用意した——前世の習慣だ。
授業の前に準備を整える。
「おや、珍しいな」
横から声がかけられた。
振り向くと、眼鏡をかけた二十歳前後の青年が座っていた。
「子供が医学院にいるなんて」
青年は興味深そうに私を見た。
「……特別枠ではありません」
はっきりと言った。
「推薦を受けて、入学しました」
「ほう、推薦? どんな実績があったんだ?」
「疫病の封じ込めです」
簡潔に答える。
「五百人以上の患者を診て、死亡率を大幅に下げました」
「……五百人?」
青年の目が見開かれた。
「本当か?」
「本当です」
真剣な目で答えた。
「それは……すごいな」
青年は感心したように頷いた。
「俺は、ルーカス。三年生だ」
「リーゼ・フォン・ハイムダルです。今日から、こちらで学ばせていただきます」
「ハイムダル……地方貴族の家だな。よろしく、リーゼ」
ルーカスは手を差し出してくれた。
その手を握る。
「よろしくお願いします、ルーカス先輩」
◇
その時、講義室の扉が開いた。
一人の男性が入ってきた——五十代くらいだろうか、白髪混じりの髪に厳しい目つき、威厳のある雰囲気。
学生たちが一斉に静かになった。
「おはよう」
男性が黒板の前に立った。
「私は、ヴェルナー。解剖学を担当している」
ヴェルナー先生——噂に聞いていた厳しい教授だ。
「今日は、新学期最初の授業だ」
ヴェルナー先生は教室を見渡した。
その目が私に止まった。
「……君は?」
教室中の視線が私に集まる。
緊張するが、しっかりと答える。
「リーゼ・フォン・ハイムダルです」
立ち上がって、礼をした。
「今日から、こちらで学ばせていただきます」
「ハイムダル……ああ、ヴィルヘルム院長代理から聞いている」
ヴェルナー先生は頷いた。
「疫病を封じ込めた、若き医師だな」
「はい」
「実績は認める」
ヴェルナー先生は厳しい目で私を見た。
「しかし、ここは王立医学院だ。実績があろうと、基礎知識がなければ通用しない」
「理解しています」
はっきりと答えた。
「だから、ここで学びに来ました」
「良い心構えだ」
ヴェルナー先生は満足そうに頷いた。
「では、授業を始める」
◇
ヴェルナー先生が黒板に図を描き始めた。
人体の骨格図——頭蓋骨、脊椎、肋骨、骨盤、四肢の骨。
詳細で正確だ。
「人体には、二百六個の骨がある」
ヴェルナー先生が説明を始めた。
「これらの骨は、全て名前と機能を持っている。今日は、その基礎を学ぶ」
ノートに書き込みながら聞き、前世の知識と照らし合わせる。
骨の数は正しい。
名称もラテン語系で似ている。
この世界の解剖学は、かなり正確だ。
「大腿骨は、人体で最も長く、最も強い骨だ」
ヴェルナー先生が図を指差した。
「体重を支え、歩行を可能にする。損傷すれば、致命的になることもある」
手を挙げた。
「はい、リーゼ君」
「大腿骨骨折の場合、内出血が大量に起こる可能性があります」
前世の知識を元に言った。
「特に、骨折部位が大腿骨の中央部や近位部の場合、骨髄腔からの出血と、周辺筋肉の損傷による出血で、一リットル以上の血液が失われることもあります」
教室が静まり返った。
みんな驚いた顔で私を見ている。
ヴェルナー先生も少し驚いたようだった。
「……その通りだ」
先生は頷いた。
「よく知っているな」
「実際に、大腿骨骨折の患者を診たことがあります」
答えた。
「農作業中の事故で、骨折した農夫でした。幸い、早期に発見できたので、命は助かりました」
「なるほど……」
ヴェルナー先生は興味深そうに私を見た。
「実践経験があるのか。それは、大きな強みだ」
周りの学生たちが、ざわついた。
「本当に、実力があるのか……」
「子供だと思ってたけど……」
少し、雰囲気が変わった気がする。
そのとき——
「質問があります」
後方から声が響いた。
振り返ると、昨日診療所で出会ったアルベルト・フォン・ケーニッヒが立っていた。
「はい、アルベルト君」
ヴェルナー先生が応じる。
「リーゼ君の言う『一リットル以上の出血』ですが」
アルベルトは冷たい目で私を見つめた。
「それは理論値に過ぎません。実際の臨床では、患者の体格、年齢、合併症の有無によって出血量は大きく変わります」
「その通りだ」
ヴェルナー先生が頷く。
「では、リーゼ君。実際に診た患者はどの程度の出血だったのかね?」
全員の視線が私に集まる。
アルベルトの挑戦的な視線。
他の学生たちの好奇の目。
これは——試されているのだ。
「約八百ミリリットルでした」
冷静に答えた。
「患者は四十二歳の男性、体重約七十キログラム。受傷から治療開始まで三時間。意識レベルの低下と血圧の下降を認めましたが、輸液と安静により安定しました」
教室がしんと静まった。
「診断根拠は?」
アルベルトがさらに追及してくる。
「臨床症状、バイタルサイン、そして——」
少し躊躇したが、言うことにした。
「失血量の計算式を用いました。体重×失血率で概算値を求め、臨床症状と照らし合わせて判断しました」
「失血量の計算式?」
ヴェルナー先生が興味深そうに身を乗り出した。
「どのような式だ?」
これは——前世の医学知識だ。
この世界にはまだない概念かもしれない。
でも、患者を救うためなら。
「体重七十キログラムの成人男性の場合、循環血液量は約五リットル。失血による症状は、循環血液量の十五パーセント以上で顕著になります」
黒板に立って、計算式を書き始めた。
「循環血液量=体重×七十ミリリットル毎キログラム。ショック症状=循環血液量×十五パーセント以上の失血」
教室がざわめいた。
学生たちが興味深そうに身を乗り出している。
「興味深い」
ヴェルナー先生が唸った。
「その計算式は、どこで学んだのかね?」
「師匠から教わりました」
嘘ではない。
前世の師匠たちから教わったのだから。
アルベルトの表情が変わった。
驚きと、少しの悔しさが混じっている。
「なるほど……」
ヴェルナー先生は感心したように頷いた。
「実に論理的で実用的だ。これは他の学生にも参考になる」
私は席に戻ったが、教室の雰囲気は完全に変わっていた。
もう、私を単なる「子供」として見る目はない。
医師として、対等に見る目に変わっていた。
◇
授業は二時間続いた。
骨格の基礎、筋肉の構造、関節の仕組み——ヴェルナー先生の説明は明快で詳細だった。
ノートにびっしりと書き込み、前世の知識とこの世界の知識を比較しながら学んだ。
多くは共通していたが、いくつか違いもある。
例えば、魔法医療の影響。
この世界では治癒魔法が存在するため、骨折の治療法が少し違う。
魔法で骨を接合することができるらしいが、完全に魔法に頼るわけではない。
基本的な固定と安静は必要だ。
興味深い。
「では、今日の授業はここまでだ」
ヴェルナー先生が黒板を消した。
「次回は、筋肉系の詳細を学ぶ。予習しておくように」
学生たちが立ち上がり始める。
ノートを閉じた。
「リーゼ君」
ヴェルナー先生が私を呼んだ。
「はい」
教壇に近づく。
「素晴らしい発表だった」
先生は真剣な目で言った。
「あの計算式は、ぜひ他の教授陣にも紹介したい。許可をもらえるかね?」
「はい、もちろんです」
深く頭を下げた。
「ただし——」
先生の表情が引き締まった。
「実践経験があることは素晴らしい。しかし、それに甘えるな。基礎をしっかりと学び、理論と実践を融合させることが重要だ」
「はい。肝に銘じます」
「期待しているぞ」
ヴェルナー先生は優しく微笑んだ。
厳しいと聞いていたが、実は温かい人なのかもしれない。
◇
講義室を出ると、ルーカス先輩が待っていた。
「すごかったな、リーゼ」
「え?」
「あの発表。ヴェルナー先生があそこまで感心するなんて、滅多にないぞ」
ルーカスは感心したように言った。
「そうなんですか?」
「ああ。それに、アルベルトを黙らせるなんて……」
ルーカスは少し楽しそうだった。
「あいつ、いつも偉そうにしてるからな。いい薬になったかもしれない」
廊下を歩いていると、他の学生たちも話しかけてきた。
「さっきの計算式、すごかったね」
女性の学生が笑顔で言った。
「私、エリーゼ。二年生よ」
「リーゼです。よろしくお願いします」
「こんなに若いのに、もう実践経験があるなんて。どこで医療を学んだの?」
エリーゼは興味深そうに私を見た。
「地方の診療所で、薬師に師事しました。そして、疫病の時に多くの患者を診ました」
「へえ……それは貴重な経験ね」
エリーゼは感心したように頷いた。
「私たちはまだ実習の段階。本物の患者を診るのは、これからよ」
「でも、ここの診療所で実習できますよね?」
「ええ。でも、最初は見学だけ」
「実際に診察するのは、かなり勉強してからよ」
なるほど。
段階的な教育システムなのだ。
◇
昼食の時間になった。
食堂に行くと、またルーカス先輩とエリーゼに会った。
「一緒に食べよう」
二人が誘ってくれた。
「ありがとうございます」
私たちはテーブルに座った。
昼食は魚のグリル、野菜のサラダ、パン。
美味しそうだ。
「いただきます」
一口食べる。
美味しい。
魚は新鮮で、野菜もシャキシャキしている。
「リーゼは、どこから来たの?」
エリーゼが聞いてきた。
「ハイムダル領です」
「ああ、北部の領地ね」
「ええ。小さな領地ですが、自然豊かで良いところです」
「家族は?」
「父は領主、母は貴族の娘、兄は騎士見習いです」
「騎士見習い?」
ルーカスが興味を示した。
「ああ、兄は王都の近衛騎士団に入団しました」
「へえ、近衛騎士団か」
ルーカスは感心したように言った。
「あそこは、王国最強の騎士団だぞ」
「はい。兄は、そこで頑張っています」
「兄妹揃って、優秀なんだな」
エリーゼが笑顔で言った。
少し照れくさいが、嬉しい。
ここで友達ができた。
同じ志を持った仲間たちと一緒に学べる——これが王都に来た理由の一つだ。
◇
午後は実習室での授業だった。
広い部屋に白い台が並び、その上には動物の遺体——豚のようだ。
「今日は、基本的な解剖実習を行う」
担当の教師が説明した。
「二人一組になって、豚の解剖を行いなさい」
学生たちがペアを作り始める。
私は、どうしようかと迷っていた。
「リーゼ、一緒にやろう」
エリーゼが声をかけてくれた。
「いいんですか?」
「もちろん。一緒に学びましょう」
私たちは一つの台の前に立った。
豚の遺体が横たわっている。
前世でも同じような実習をした——医学部一年生の時。
最初は少し抵抗があったが、すぐに慣れた。
これは学びのため、患者を救うための必要な過程。
「では、始めなさい」
教師の指示で、実習が始まった。
私はメスを手に取った。
冷たい金属の感触。
慎重に皮膚を切開していく——正確な線、無駄のない動き。
前世の経験が体に染み付いている。
「すごい……」
エリーゼが小さく呟いた。
「リーゼ、手つきが完璧よ」
「ありがとうございます」
私はさらに切開を進める。
皮膚、脂肪層、筋肉層。
一つ一つを、丁寧に観察しながら。
「ここが、腹直筋です」
私はエリーゼに説明した。
「この筋肉は、体幹を支える重要な筋肉です」
「人体でも、同じ構造を持っています」
「なるほど……」
エリーゼは真剣にノートに書き込んでいる。
私たちは協力して解剖を進め、内臓を露出させる。
心臓、肺、肝臓、胃、腸——全てが整然と配置されている。
生命の神秘だ。
「素晴らしい」
教師が私たちの台に近づいてきた。
「非常に丁寧な解剖だ」
「ありがとうございます」
「リーゼ君、君は以前にも解剖実習を?」
「いえ、人体や豚の解剖実習は初めてです」
正直に答えた。
「ただ、小動物の解剖は経験があります」
「薬草の効果を調べるために、病気のネズミなどを解剖しました」
「なるほど……それでも、この技術は見事だ」
教師は満足そうに頷いた。
実習が終わる頃には、私たちの台は最も綺麗に解剖されていた。
◇
夕方、部屋に戻った。
疲れていたが、充実した疲れだ。
今日はたくさんのことを学んだ——解剖学の講義、実習、そして新しい友人たち。
ベッドに座り、今日のノートを見返す。
びっしりと書き込まれた文字、図表、注釈、自分の考察。
全てが貴重な学びだ。
窓を開けると、夕暮れの空が広がっていた。
オレンジ色の空に、星が一つ二つと現れ始めている。
「今日も、一日頑張った」
小さく呟く。
故郷ではマルタさんが薬草の手入れをしているだろうか。
父と母は夕食の準備をしているだろうか。
エーリヒは騎士団の訓練を終えただろうか。
みんな元気だろうか。
「見守っていてください。私、頑張りますから」
星に向かって小さく呟いた。
星が優しく瞬いている——まるで答えてくれているかのように。
◇
夕食の時間。
食堂に行くと、ルーカス先輩とエリーゼが手を振ってくれた。
「リーゼ、こっち!」
私は二人のテーブルに座った。
「今日は、どうだった?」
ルーカスが聞いてきた。
「充実していました」
正直に答えた。
「解剖学の講義も、実習も、とても勉強になりました」
「そうか。良かったな」
ルーカスは満足そうに頷いた。
「明日は、薬理学の授業があるぞ」
「薬理学……」
興味を持った。
「薬草や薬物の効果を学ぶ授業ですか?」
「ああ。フリーデリケ先生が担当している」
「彼女は、王国一の薬理学者だ」
「楽しみです」
期待に胸を膨らませた。
薬理学は、マルタから学んだ分野だ。
でも、王都ではもっと深い知識があるはずだ。
学びたい。
もっと、もっと学びたい。
「リーゼは、本当に勉強熱心ね」
エリーゼが笑顔で言った。
「見習わなきゃ」
「いえ、私もまだまだです」
謙遜した。
「ここには、私より優秀な人がたくさんいます」
「その人たちから、たくさん学びたいです」
「その謙虚さが、お前の強みだな」
ルーカスが私の頭を軽く叩いた。
「これから、よろしく頼むぞ、リーゼ」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
◇
夕食を終えて部屋に戻り、机に向かって明日の予習を始める。
薬理学の教科書——分厚い本だ。
ページをめくる。
薬草の分類、効能、調合法、副作用。
マルタから学んだこともたくさん書かれているが、知らないことも多い。
新しい発見がある。
例えば、魔力を使った薬効の増幅法——この世界独自の技術だ。
興味深い。
いくつかノートに書き込む。
気づけば二時間が過ぎていた。
時計を見ると、もう夜九時。
「そろそろ休もう」
ベッドに入り、目を閉じる。
今日一日が走馬灯のように蘇る——最初の授業、ヴェルナー先生、ルーカス先輩、エリーゼ、解剖実習。
全てが新鮮で刺激的だった。
そして明日も新しい一日が始まる。
新しい学び、新しい出会い。
期待に胸が高鳴る。
「おやすみなさい」
小さく呟いて、眠りについた。
王都での二日目の夜、医学院での最初の一日が終わった。
これからどんな日々が待っているのだろう。
どんなことを学ぶのだろう。
誰と出会うのだろう。
全てが楽しみだ。
少女医師の新しい挑戦はまだ始まったばかり。
でも確かな一歩を踏み出した。
その一歩がやがて大きな道となり、多くの人を救う力となる——それはまだ誰も知らない。
未来はこれから作られる。
◇
昼食後、図書室で予習をしていると、アルベルトが近づいてきた。
「リーゼ・フォン・ハイムダル」
振り返ると、アルベルトが真剣な顔で立っていた。
「先ほどは……見事だった」
意外な言葉だった。
「あの計算式は、確かに実用的だ。私の負けを認めよう」
アルベルトは少し苦笑いを浮かべた。
「ただし——」
彼の目に、再び闘志が宿る。
「これで終わりだと思うな。私は四年間、この学院で学んできた。次は負けない」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げた。
アルベルトは少し驚いたような顔をしたが、すぐに頷いて去っていった。
ライバル——そう呼べる相手ができたのかもしれない。
切磋琢磨できる相手がいることは、悪いことではない。
むしろ、成長の糧になるだろう。
窓の外では、夕日が医学院の庭を照らしている。
最初の一日が終わろうとしている。
明日からも、新しい学びが待っている。
私は、この場所で必ず成長してみせる。




