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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第36話 医学院

「では、こちらが講義室です」


ヴィルヘルムが重厚な木の扉を開いた。


広い空間が現れた瞬間、息を呑む。


階段状に配置された座席が円形劇場のように広がり、前方には巨大な黒板。

高い窓からは柔らかな光が差し込み、知の殿堂という言葉がふさわしい荘厳さを醸し出している。


「ここで解剖学、生理学、病理学などの講義を行います」


ヴィルヘルムが説明しながら教壇に立つ。


「座席は約百席。現在、医学院には八十名ほどの学生がいます」


私は驚いた。

それほど多くの学生が——


「一年生が三十名、二年生が二十五名、三年生が二十名、そして四年生が五名」


「四年生が少ないのは……?」


「卒業試験が極めて厳格だからです」


ヴィルヘルムの表情が引き締まる。


「入学は比較的容易です。しかし卒業は困難を極めます。毎年、半数以上が志半ばで去っていく」


その言葉に緊張が走る。

それほど厳しい世界なのか。


「ですが心配は無用」


ヴィルヘルムは優しく微笑んだ。


「あなたには実戦経験があります。疫病を封じ込めた体験は、何年もの座学に勝る価値がある」


少し安心した。



次に案内されたのは図書室だった。


扉を開いた瞬間——圧倒された。


壁一面を覆う本棚が天井まで続き、無数の医学書が整然と並んでいる。

羊皮紙の束、革装丁の分厚い書物、古い巻物——すべてが医学の叡智。


「王国最大の医学書コレクションです」


ヴィルヘルムが誇らしげに言った。


「古代の医学書から最新の研究論文まで、医学の全てがここにあります」


本棚に近づき、背表紙を見る。


『解剖学概論』『薬草学大全』『魔法医療の基礎』『疫病史研究』……


手に取りたくなる本ばかりだ。


「学生は自由に閲覧できます。ただし貴重書は司書の許可が必要」


「ここで、たくさん学びたいです」


正直な気持ちを述べた。


「素晴らしい心構えです。優秀な医師は生涯学び続けるものです」


ヴィルヘルムは満足そうに頷いた。



実習室は、また違った種類の緊張感があった。


広い部屋の中央に白い布で覆われた台が複数並んでいる。

手術台のような、厳粛な雰囲気。


「ここで解剖実習や外科手技の訓練を行います」


ヴィルヘルムが台の一つに近づき、布をめくった。


中には豚の遺体があった。


「実習には主に豚を使用します。人体に最も近い構造ですから、外科技術の習得に適している」


台に近づいて観察する。

確かに人体に似ている。

皮膚の質感、筋肉の層、内臓の配置——前世の医学部を思い出した。


「縫合、切開、止血……」


ヴィルヘルムが手術器具を見せてくれる。


「全ての基本技術をここで修得します」


メス、ピンセット、鉗子、縫合針。

見慣れた器具だが、形は微妙に違う。

この世界独自の発展を遂げている。


「リーゼ先生は既に外科経験をお持ちですね」


「はい……少しですが」


エーリヒの傷の縫合、疫病患者の治療——でも大きな手術はまだ経験がない。


「それなら上級クラスに進むのも時間の問題でしょう」


ヴィルヘルムは自信を持って言った。



実習室を出て廊下を歩いていると、数人の学生とすれ違った。


みんな私を見て驚愕の表情を浮かべる。

当然だろう。

十二歳の少女が医学院にいるなんて。


「あれが噂の……」


「子供じゃないか」


「本当に医師なのか?」


「疫病を治したって本当?」


ひそひそ声が聞こえてくる。

好奇の目、疑いの目、中には明らかに敵意を含んだ視線も。


気にしないようにしたが、やはり緊張する。


ここでは私は異質な存在なのだ。


「気になさらないでください」


ヴィルヘルムが優しく言った。


「最初は誰もが驚きます。しかしあなたの実力を目の当たりにすれば、すぐに認めてくれるでしょう」


「……はい」



次に案内されたのは診療所だった。


医学院の一階、入り口近くにある施設。


「ここで実際の患者を診察します」


ヴィルヘルムが説明した。


広い待合室、複数の診察室が並んでいる。

患者らしき人々が数人座っていた——みな質素な服装で、生活に困窮している様子が見て取れる。


「王都の貧困層が主な患者です」


ヴィルヘルムは静かに言った。


「治療費は無料。学生たちにとっては実習の場、患者たちにとっては命の綱です」


その言葉に胸が熱くなった。


これこそ理想の医療だ。

学びながら人を救う。

金のためではなく、命のために。


「私もここで診療できますか?」


「もちろんです。あなたの経験は他の学生の模範となるでしょう」


診察室の一つを覗いてみる。

中では白衣を着た学生が老人を丁寧に診察していた。

聴診器を当て、真剣な表情で問診している。


ここにいる学生たちも医師を目指している。

同じ志を持った仲間たち——


その時だった。


「失礼します」


診察室から若い男性が出てきた。

白衣を着た学生——だが、私と目が合った瞬間、その表情が変わった。


「君が例の……」


男性は私を上から下まで見回した。

その視線に、明らかな軽蔑が含まれている。


「十二歳の『天才』医師というわけか」


声に皮肉が込められている。


「こちらはアルベルト・フォン・ケーニッヒ」


ヴィルヘルムが紹介してくれた。


「四年生で、学院でも屈指の優秀な学生です」


「はじめまして」


礼儀正しく挨拶したが、アルベルトは冷たい目で見つめるだけだった。


「疫病を治したというのは本当かね?」


「はい」


「ほう。どのような治療法を?」


突然の質問——でも、これは試されているのだ。


「隔離による感染拡大の防止、症状に応じた対症療法、そして——」


「対症療法?」


アルベルトが嘲笑うように言った。


「それは治療ではない。症状を抑えているだけだ。根本的な治癒法があったのか?」


「……いえ、しかし——」


「やはり、子供の浅知恵というわけか」


アルベルトは冷笑を浮かべた。


「疫病が収束したのは、たまたま季節が変わったからだろう。君の手柄ではない」


その言葉に、怒りが込み上げてきた。


あの時の必死の努力、患者たちの苦痛、村人たちの不安——すべてを否定された気分だった。


「アルベルト」


ヴィルヘルムが制止しようとしたが、アルベルトは続けた。


「医学院は遊び場ではない。子供の慰みものでもない。本気でない者は去ってもらいたい」


「私は本気です」


きっぱりと言った。


「医師として、人々を救いたい。その気持ちに嘘はありません」


「気持ちだけでは人は救えない」


アルベルトは冷たく言い放った。


「知識と技術、そして経験が必要だ。君にはそのどれも不足している」


沈黙が流れた。


重苦しい空気の中で、私たちは見つめ合った。


これが——王都の現実なのか。


故郷では疫病を封じ込めた英雄だった私が、ここでは疑われ、軽蔑される存在。


でも負けない。

絶対に負けない。


「ならば」


私は静かに言った。


「実力で証明します」


アルベルトの眉がぴくりと動いた。


「明日から始まる授業で、私の本当の力をお見せします」


「ほう」


アルベルトは興味深そうに言った。


「面白い。期待しているよ、『天才』医師殿」


皮肉たっぷりにそう言って、アルベルトは立ち去った。



ヴィルヘルムが申し訳なさそうに言った。


「すみません。アルベルトは優秀ですが、少し……高慢なところがあります」


「大丈夫です」


私は首を振った。


「むしろ、現実が分かって良かったです」


そう——これが現実なのだ。


故郷では認められていた私も、ここでは一から証明しなければならない。


でも、それでいい。

挑戦があるからこそ、成長できる。


「では、最後に学生寮をご案内しましょう」


ヴィルヘルムが気を取り直したように言った。


学生寮は医学院の敷地内にある三階建ての清潔な建物だった。


「こちらがあなたの部屋です」


205号室——シンプルだが快適そうな個室。

ベッド、机、椅子、本棚、小さな窓。


窓からは医学院の薬草園が見える。

マルタの薬草園を思い出し、胸が温かくなった。


「明日から正式に授業が始まります」


ヴィルヘルムが言った。


「最初の試練は解剖学の講義。アルベルトも同席します」


試練——確かにそうだろう。


「ありがとうございました」


深く頭を下げた。


ヴィルヘルムが去った後、一人になって窓の外を見つめる。


薬草園では夕日が植物たちを優しく照らしている。


アルベルトの言葉が脳裏に蘇る。


『子供の浅知恵』『本気でない者は去ってもらいたい』


悔しい——でも、それが現実なのだ。


ここでは私はまだ何者でもない。


疫病を封じ込めた実績も、ここでは単なる『まぐれ』と思われている。


でも——


「必ず証明してみせる」


小さく呟いた。


「私の医術を、私の志を」


明日から始まる新しい戦いに向けて、決意を新たにした。



夕方、エーリヒが寮を訪ねてきた。


「リーゼ、どうだった?」


兄は心配そうに聞いてきた。


「……少し、大変でした」


アルベルトとの出来事を話すと、エーリヒの表情が険しくなった。


「そいつ、生意気な奴だな」


「でも仕方ありません。私が証明するしかない」


「そうだな」


エーリヒは私の頭を撫でた。


「お前なら大丈夫だ」


近くの食堂で夕食を取りながら、お互いの一日を報告した。


エーリヒも騎士団で厳しい現実に直面したようだが、負けん気の強い兄は逆に燃えているようだった。


「お互い、頑張ろうな」


「はい」


寮に戻り、一人になって明日への準備を始めた。


医学の基礎知識を復習し、前世の記憶を整理する。


アルベルトのような優秀な学生たちと対等に戦うためには、すべての知識を総動員する必要がある。


夜が更けていく。


明日から始まる本当の挑戦——


私は決して負けない。


リーゼ・フォン・ハイムダルとして、医師として、必ず認めてもらう。

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