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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第34話 王都への道

故郷が地平線に消えてから、もう半日が過ぎていた。


馬車の窓から見える景色は、全て初めて目にするものばかり。

広がる草原の向こうに連なる山々、点在する小さな村落——どれも私の知らない世界だった。


医療記録を整理しながら、ふと手が止まる。


この一年半で診た患者たち。

五百人を超える記録。

一人一人の顔が、鮮明に思い浮かぶ。


「相変わらずだな」


御者台からエーリヒの声が聞こえた。

苦笑が混じっている。


「子供の頃から、いつも何かに夢中になって周りが見えなくなる」


「景色も見てますよ」


窓の外を見上げた。

青い空に白い雲。

緑の大地が風に揺れている。


「この世界は、本当に美しいですね」


小さく呟く。

前世の東京では、こんな自然を見る機会は少なかった。

病院の白い壁、蛍光灯の光、消毒液の匂い——それが私の世界のすべてだった。


でも今は違う。

広い空の下、自由に生きている。



昼過ぎ、馬車は賑やかな宿場町に到着した。


「ここで昼食を取ろう」


エーリヒが馬車を止める。


降りると、足が少し痺れていた。

長時間座っていたからだ。


「大丈夫か?」


エーリヒが手を差し伸べてくれる。


「はい。ありがとうございます」


兄の手を取って馬車から降りる。


宿場町は活気に満ちていた。

行商人、旅人、地元の人々——様々な人が行き交っている。

声、笑い声、荷車の音。

生きた街の響き。


「あそこの食堂にしよう」


エーリヒが一軒の店を指差した。

「旅人の休憩所」という手書きの看板が風に揺れている。


店内に入ると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

焼きたてのパン、煮込まれたスープ、炒められた野菜——すべてが食欲をそそる。


「いらっしゃい!」


店主らしき中年女性が、エプロンを手で拭きながら笑顔で迎えてくれた。


「二人かい? こっちの席にどうぞ」


案内された窓際の席に座る。

外では街道を行き交う人々が見えた。


「今日のおすすめは、野菜のシチューとライ麦パンよ。それと——」


店主がメニューを説明し始めた時、隣のテーブルから興味深い会話が聞こえてきた。


「今年の医学院は特別らしいぞ」


行商人らしき男性が声を潜めている。


「王女殿下が直々に関わってるって話だ」


私の手が、無意識に止まった。

王女が?


「へえ、そうなのか」


「ああ。優秀な者には王家が直接支援するらしい。地方からも積極的に人材を集めてる」


「それは良い制度だな」


王女殿下の関与。

王家の支援。

私が向かう医学院は、想像以上に重要な場所なのかもしれない。


「リーゼ」


エーリヒが小声で呼んだ。


「聞いてたか?」


「はい」


「医学院は、かなり本格的な場所らしいな」


頷きながら、少し緊張が走る。

実力主義。

それは良いことだ。

でも同時に、甘い世界ではないということでもある。


「心配するな」


エーリヒが私の不安を見抜いたように言った。


「疫病を封じ込めたお前なら大丈夫だ。五百人以上の患者を診た実績がある。誰も文句は言えない」


兄の言葉に、少し気持ちが落ち着いた。


「ありがとうございます、お兄様」


「俺だって同じさ」


エーリヒは窓の外を見つめた。


「近衛騎士団か……地方の騎士団とは次元が違うんだろうな」


「でもお兄様なら大丈夫です」


兄を見つめる。


「お兄様は強くて、優しくて、正義感があります。きっと立派な騎士になれます」


エーリヒは少し照れたように笑った。


「ありがとう、リーゼ。お互い、実力で這い上がろう。それが、ハイムダル家の誇りだ」


「はい!」



昼食を終えて再び馬車に乗り込んだ。


午後の陽光が心地よく頬を撫でていく。


しばらく進んだところで、前方に人だかりができているのが見えた。


「何だ?」


エーリヒが馬車を減速させる。


近づいてみると、荷車が横転していた。

年配の男性が一人、困った顔で立ち尽くしている。


「大丈夫ですか?」


エーリヒが声をかけながら馬車を止めた。


「ああ、すまない……一人じゃ重くて」


男性は荷車を起こそうとしているが、明らかに無理な様子だった。


「手伝いますよ」


エーリヒは躊躇なく馬車から降りた。


私も様子を見ようと外に出る。


「助かる……」


男性は安堵の表情を浮かべた。


エーリヒと男性が力を合わせて荷車を起こす。

重そうだったが、何とか元に戻った。


「ありがとう、若いの」


男性は深く頭を下げた。


「いえ、当然のことです」


エーリヒはさらりと答えたが、その時私は男性の腕に傷があることに気づいた。


「あの……怪我をされていますよ」


「ああ、これか」


男性は自分の腕を見て軽く笑った。


「荷車が倒れた時に擦りむいただけだ。大したことないよ」


でも、その傷は思ったより深い。

放置すれば化膿する可能性がある。


「手当てさせてください」


馬車から医療道具を持ってきた。


「え、お嬢ちゃん、医者なのかい?」


「はい。見せてください」


男性の腕を診察する。

やはり擦り傷だが、土や小石が入り込んでいる。


「少し痛むかもしれませんが、我慢してください」


清潔な水で傷口を洗い、アルコール度数を調整した消毒液を塗る。

この世界では珍しい、蒸留技術の産物。

傷口の化膿を防ぐ確実な方法として、私が独自に開発したものだった。


「うっ……」


男性が少し顔をしかめる。


「すみません。でも、これで感染を防げます」


丁寧に包帯を巻く。

適度な圧迫で、血流を妨げない程度に。


「……完了です」


「ありがとう、お嬢ちゃん」


男性は感謝に満ちた目で私を見た。


「こんなに丁寧に手当てしてもらったのは、生まれて初めてだ」


「当然のことです」


道具を片付けながら答える。


「あの、お代は……」


男性が財布を取り出そうとした。


「いりません」


きっぱりと断る。


「困っている人を助けるのは、医師の義務ですから」


男性は驚いたような顔をした。

それから、深く深く頭を下げた。


「ありがとう……本当に、ありがとう」


声が震えている。


「あなたのような医者が増えれば、この国はもっと良くなる。きっと、もっと」


その言葉に、胸が温かくなった。



再び馬車に乗り込み出発する。


男性が手を振って見送ってくれた。

私も窓から手を振り返す。


「リーゼ」


エーリヒが言った。


「お前を見てると、俺も頑張らなきゃって思う」


「え?」


「あの男性、本当に嬉しそうだった。お前の優しさが、ちゃんと伝わったんだ」


エーリヒの言葉に少し照れる。


「当たり前のことをしただけです」


「それが当たり前じゃないんだよ」


兄は真剣な顔になった。


「多くの医者は金を優先する。貧しい人は治療を受けられない。でも、お前は違う。困っている人を無償で助ける。それが本当の医者だ」


兄の言葉に、前世のことを思い出す。


アメリカでは保険がないと治療を受けられない人が多かった。

日本でも医療費の問題はあった。


でも私は——


「医師は、人を救うのが仕事です」


はっきりと言う。


「お金のためじゃない。命のために。それが私の信念です」


エーリヒは満足そうに頷いた。


「ああ。その信念を忘れるな。王都でも、絶対に」


街道の向こうから、かすかに鐘の音が聞こえてきた。

規則正しく、荘厳に響く音色。


「王都の鐘だ」


御者が振り返る。


「明日の昼には着きますよ」


胸の奥で、何かが大きく脈打った。

いよいよ、だ。



夕方、馬車は街道沿いの立派な宿屋に到着した。


「今日はここで泊まろう」


「旅人の宿 星空亭」——手の込んだ看板が夕日に照らされて美しく輝いている。


宿の主人に案内され、清潔で快適な部屋に落ち着いた。


「リーゼ、夕食まで少し休め」


「はい」


ベッドに座ると、体の疲れを実感する。

馬車での長旅は思ったより疲れるものだ。


でも悪い疲れではない。

新しい冒険への、心地よい疲れだった。



夕食は宿の食堂で取った。


他の旅人たちの話し声が心地よく響いている。


「今日の特別料理は、鶏肉のローストです」


給仕の女性が料理を運んできた。

湯気と共に香ばしい匂いが広がる。


「いただきます」


一口食べると、肉は柔らかくジューシーで、ハーブの香りが口いっぱいに広がった。


「美味しいですね」


「ああ。この宿は料理が評判らしい」


エーリヒも満足そうに食べている。


食事をしていると、やはり隣のテーブルから会話が聞こえてきた。


「明日、王都に着くんだ」


「そうか。俺も明後日の予定だ」


「王都って、どのくらい大きいんだろうな」


「人口は十万を超えるらしいぞ」


「十万……想像もつかないな」


十万人。

私の領地は数千人程度。

その何十倍もの人々が暮らす街。

どんな場所なのだろう。


「リーゼ、緊張してるのか?」


エーリヒが聞いてきた。


「……少し」


正直に答える。


「でも楽しみでもあります。どんな街なのか、どんな人がいるのか。全てが未知で」


「そうだな」


エーリヒも窓の外を見つめた。


「俺も緊張してる。でも——」


兄が振り返る。


「王都では、俺はただの一兵卒だ。お前を特別扱いしてもらえるとは思うな」


「でも——」


「いや、それでいい」


兄の目に強い決意が宿る。


「お前も俺も、実力で這い上がる。それが、ハイムダル家の誇りだ」


その言葉に、私も決意を新たにする。


「はい。お互い、頑張りましょう」



食事を終えて部屋に戻る。


窓を開けると、涼しい夜風が頬を撫でていく。


空を見上げると——満天の星。

息を呑むほど美しい。


前世の東京では、光害でこんなにたくさんの星は見えなかった。

でもここでは違う。

無数の星が瞬いている。


「お母様、お父様、マルタさん……」


星に向かって小さく手を合わせる。


「みんな、見守っていてください」


前世では神を信じなかった私が、この世界では自然と祈りを捧げている。

変わったのは世界か、それとも私自身か。


星が優しく瞬いているように見えた——まるで答えてくれているかのように。


ベッドに入り、目を閉じる。


明日は王都にさらに近づく。

そして明後日には——新しい人生が本格的に始まる。


期待と不安が入り混じっている。

でも後悔はない。


この道を選んだのは自分だ。

だから、前を向いて進むだけ。


「おやすみなさい」


小さく呟いて、深い眠りについた。


夢の中で、王都の鐘の音が響いていた。


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