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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第31話 大疫病への挑戦 ⑤

「起きたのか、リーゼ先生」


 ヴィルヘルムの声に、私は目を覚ました。


 仮眠室として使わせてもらっていた町長の家の客間。窓の外は、もう明るくなっていた。


「はい……」


 体を起こしながら答える。一晩しっかり休んだおかげで、昨日よりは体が楽になっている。でも、まだ疲労は残っていて、体が重い。


「昨夜は、あなたを強制的に休ませて正解でした」


 ヴィルヘルムは安堵したように微笑んだ。


「あなたはまだ十二歳の子供です。知識と技術は素晴らしいが、体力には限界がある」


「無理をして倒れたら、元も子もありません」


「いえ、気を遣っていただいて……ありがとうございます」


 私は顔を洗い、白衣を整えて外へ出た。





 朝の診療所は昨日よりも落ち着いており、新規の感染者はここ二日間で明らかに減っている。

 隔離と衛生管理の効果が、確実に現れていた。


「リーゼ先生」


 ヴィルヘルムが、カルテを整理しながら声をかけてきた。


「少し、話せますか?」


「はい」


 私たちは診療所の裏手にある小さな庭に出ると、朝の冷たい空気が心地よく頬を撫でた。


「あなたの治療法は……驚くべきものだ」


 ヴィルヘルムは、真剣な目で私を見た。


「隔離病棟の設置、手洗いの徹底、清潔な水の確保、排泄物の分離処理——」


 彼は指を折りながら数えた。


「これらは全て王都の医学院でも断片的にしか教えられておらず、ましてやここまで体系的に、実践的に実行した例は聞いたことがない」


 ヴィルヘルムの声には、驚きと尊敬が混じっていた。


「あなたの知識は、いったいどこで学んだのですか?」


 その質問は何度も受けてきたが、本当のことは言えない——前世で救急医だった、なんて。


「……夢で、見たんです」


 私はいつもの説明をした。


「とても長く鮮明な夢の中で、私は医師として生きていました。多くの患者を診て、多くの病気と闘って——そしてその知識が、目覚めた後もはっきりと残っていたんです」


 ヴィルヘルムはしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。


「……神の啓示、ですか。確かに、それ以外では説明がつかない」


 彼の目には、畏敬の念が浮かんでいた。


「十二歳の少女が、王都最高の医師たちも知らない知識を持っている」


「それは、まさに奇跡と言える」


「私は……ただ、知っていることを実行しているだけです」


 私は正直に答えた。


「特別なことをしているつもりはありません」


「それが、あなたの謙虚さだ」


 ヴィルヘルムは優しく笑った。


「しかし、その知識は……もっと広く共有されるべきものだ」


 彼は、一歩近づいて、真剣な目で私を見つめた。


「リーゼ先生。王都に来ませんか?」


 その言葉に、私は息を呑んだ。


「……え?」


「あなたの知識を、もっと多くの医師たちと共有してほしいのです」


 ヴィルヘルムは、熱意を込めて言った。


「王都の医学院で教鞭を執ってもらえれば」


「いや、それだけではない。あなた自身が研究を進め、新しい医療を確立していけば」


「この国全体の医療水準が、飛躍的に向上します」


「王都……」


 その言葉は、私の心を揺さぶった。


 確かに、魅力的な提案だ。


 もっと多くの人を救える。もっと多くの医師を育てられる。前世でできなかった理想の医療を、ここで実現できるかもしれない。


 でも……。


「……考えさせてください」


 私は、慎重に答えた。


 ヴィルヘルムは、理解したように頷いた。


「もちろんです。急ぐ必要はありません」


「ただ……」


 彼は、窓の向こうの診療所を見つめた。


「あなたのような才能を、この辺境に埋もれさせるのは、あまりにももったいない」


「多くの命が、あなたの知識を必要としています」


 その言葉が、胸に刺さった。





 一週間後。


 町の状況は、劇的に改善していた。


「新規感染者、ゼロです」


 ヴィルヘルムが、報告してくれた。


「三日連続で、新しい患者は出ていません」


「本当ですか……!」


 私は、安堵のため息をついた。


「既存の患者たちも、ほとんどが回復傾向にあります」


 ヴィルヘルムは、カルテを見せてくれた。


 確かに、重症患者の数が大幅に減っている。軽症者の多くは、もう退院できる状態だ。


「……やった」


 小さく呟く。


 前世では、こんなにはっきりと「勝った」と感じられる瞬間は、少なかった。


 救急医として、目の前の命を救うことに精一杯で。


 でも、今回は違う。


 町全体を、疫病から守ることができた。


「リーゼ先生」


 町長が、診療所にやってきた。


 彼の目には、涙が浮かんでいた。


「信じられません……本当に、信じられません……」


「町長……」


「もうダメだと思っていました」


 町長は、震える声で言った。


「町が全滅すると、覚悟していました」


「家族も、友人も、みんな失うと思っていました」


「でも……」


 彼は、深く頭を下げた。


「リーゼ様たち のおかげで、多くの命が救われました」


「本当に……本当に、ありがとうございます」


「まだ、油断はできません」


 私は、引き締まった声で答えた。


「完全に封じ込めるまで、衛生管理を続けてください」


「手洗いの徹底、清潔な水の使用、排泄物の適切な処理」


「これらを、町の習慣にしてください」


「そうすれば、今後も疫病の発生を防げます」


「必ず、守ります」


 町長は、何度も何度も頭を下げた。


「この恩は、一生忘れません」





 二週間後。


 疫病は、完全に封じ込められた。


 最終的な死者数は、四十人。


 もちろん、一人でも多すぎる。一人一人に、家族がいて、人生があった。


 でも……。


 私たちが到着する前に予想されていた、数百人という被害は避けられた。


 それだけは、確かだった。


「リーゼ、準備はできたか?」


 エーリヒが、馬車の前で待っていた。


「はい」


 私は、荷物を馬車に積み込んだ。


 町を発つ日。


 多くの町民が、見送りに来てくれていた。


「リーゼ様……本当に、ありがとうございました」


 若い母親が、赤ん坊を抱いて頭を下げた。


「この子も、リーゼ様のおかげで助かりました」


「元気に育ってくださいね」


 私は、赤ん坊の頭を優しく撫でた。


「リーゼ様は、この町の救世主です」


 老人が言った。


「また、いつでも来てください」


「必ず、待っています」


 その言葉に、私は複雑な思いを抱いた。


 救世主……。


 私は、そんな大層なものではない。


 ただ、前世で学んだ知識を使っただけだ。


 東京の救命センターで、当たり前のように行われていた感染症対策を、ここで実行しただけ。


 それだけで、こんなに多くの人を救えた。


 ということは……。


 この世界には、まだまだ救える命がたくさんあるということだ。





 馬車が動き出した。


 町民たちが、手を振ってくれている。


 私も、窓から手を振り返した。


「リーゼ」


 エーリヒが、馬車の中で話しかけてきた。


「お前、すごかったな」


「あんなに多くの人を救って……兄として、誇りに思う」


「お兄様のおかげです」


 私は、正直に言った。


「清潔な水を確保してくれなければ、ここまでできませんでした」


「騎士団を動員して、井戸を掘って、水を運んで」


「あれがなければ、衛生管理なんてできなかった」


「いや、俺はただ水を運んだだけだ」


 エーリヒは、照れたように首を振った。


「治療をしたのは、お前だ」


「お前の知識が、町を救ったんだ」


 マルタも、優しく微笑んだ。


「リーゼ様……ヴィルヘルム先生の提案、考えてみる価値はあると思いますよ」


「マルタさん……」


 その言葉に、私は驚いた。


「あなたの才能は、もっと広い世界で活かされるべきです」


「私のような田舎の薬草師の助手では、もったいない」


「そんなことありません!」


 私は、強く言った。


「マルタさんは……私の大切な師匠です」


「マルタさんがいなければ、私はここまで来られませんでした」


「薬草の知識も、患者への接し方も、全部マルタさんから学びました」


「……ありがとう」


 マルタは、目を細めた。


「でも、リーゼ様」


「いつかは、決断しなければならない時が来ます」


「ここに留まるのか、それとも王都へ行くのか」


「その時、後悔のない選択をしてください」


「私は、どちらを選んでも、リーゼ様を応援します」


 その言葉に、私は胸が熱くなった。


「……はい」





 その夜。


 馬車は、王都へ向かう街道を進んでいた。


 窓から、星空が見える。


 私は、その星々を見上げながら考えた。


 王都に行くべきか、それとも領地に留まるべきか。

 王都へ行けばもっと多くの人を救え、医学院で教えれば多くの医師を育てられ、前世で叶わなかった理想の医療を実現できるかもしれない。


 でも、領地を離れたらマルタと会えなくなり、診療所を訪れる患者たちはどうなるのか?

 私がいなくなったら、誰が診るんだ?


 答えは、まだ出ない。


 でも、一つだけ確かなことがあった。

 この疫病との戦いで、私は自分の医療が確実に多くの命を救えることを証明した——前世の知識はこの世界でも通用するどころか、大きな力になる。

 そして、その責任の重さも痛感した。


 知識を持つということは、それを使う責任を持つということだ——多くの人を救える力があるなら、それを使わなければならない。

 それが、医師の使命だから。


 でも同時に、前世の失敗も忘れてはいけない。

 自分を犠牲にして仕事だけに生きて倒れた過去——今度はそうならないよう、仕事と人生のバランスを取り、患者も自分も大切にする生き方をしなければ。


 窓の外では月が美しく輝いている——同じ月を、東京でも見上げていた。

 過労で倒れる前のあの夜、救急救命センターの屋上で一人夜空を見上げ、「いつまでこんな生活が続くんだろう」と思いながら。


 でも、今は違う。


 今の私には家族がいる——優しい父と母、頼りになる兄、温かい師匠。

 そして守りたい人々がいる——領地の人々、診療所を訪れる患者たち、疫病で苦しんでいた町民たち。

 みんな、私の大切な人たち。


「必ず、正しい選択をする」


 そう心に誓いながら、私は目を閉じた。


 まだ十二歳の幼い少女医師だが、その肩には大きな責任が乗っている。

 王都へ行くのか、領地に留まるのか——その決断は多くの人の運命を左右する。

 だからこそ慎重に考え、後悔のない、誰も犠牲にしない選択をしなければ。


 馬車は静かに揺れ、月明かりの下で街道は続いている。

 私の人生もまだまだ続いていく——この先に何が待っているのか、それはまだ誰にも分からない。


 でも、一つだけ確かなことがある。

 私は医師として生きていき、この世界で多くの命を救っていく。

 それが、私の使命だから。


 星空が優しく見守っていた——まるで前世の私を知っているかのように。


「今度こそ、正しい道を歩む」


 小さく呟いて、私は眠りについた。

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