第30話 大疫病への挑戦 ④
目覚めると、外は夕暮れだった。
数時間は眠ったようで、体が少し楽になり、頭もすっきりしている。
外に出ると、マルタとヴィルヘルムが患者の世話をしていた。
「リーゼ様、お休みになれましたか?」
マルタが優しく微笑む——その顔にも疲労の色が濃いが、患者のために働き続けている。
「はい。すみません」
私は頭を下げた。
「いえ、休むべき時に休む。それが正しい判断です」
ヴィルヘルムが言った。
その目には以前の絶望はなくなり、代わりに希望の光が宿っている。
五日目、町の様子が明らかに変わってきた。
新しい感染者の数が減り、道端に倒れている人が少なくなり、汚水もエーリヒたちの努力で掃除されている。
清潔な水が、町に供給され始めた。
「リーゼ様」
ヴィルヘルムが報告に来た。
その声には、以前にはなかった明るさがあった。
「昨日は新規感染者がゼロでした」
「本当ですか?」
私は驚いて顔を上げた。
「はい。そして、回復し始めた患者も増えています」
その言葉に、胸が熱くなった。
……やった、本当にやった。
でも、まだ油断できない。
「引き続き、衛生管理を徹底してください」
私は真剣に言った。
「清潔な水の供給、手洗いの励行、排泄物の適切な処理——これらを続けなければなりません」
「分かりました」
ヴィルヘルムが頷く。
六日目。
私たちは町の広場で、住民たちに向けて説明会を開いた。
「皆さん、感染の拡大は止まりました」
私の声が広場に響くと、住民たちの顔に安堵の表情が広がる。
「でも、まだ完全に終わったわけではありません」
私は続けた。
「これからも、清潔な水を使い、手を洗い、排泄物を適切に処理してください」
「そうすることで、再び疫病が広がることを防げます」
住民たちが真剣な表情で頷き、私の言葉を聞いている。
「そして、もう一つ大切なことがあります」
私は声を少し強めた。
「病気になった人を、決して責めないでください」
「誰でも病気になる可能性があります」
「病気になった人を支え、助け合うこと——それが、この町を守る力になります」
その言葉に、住民たちは静かに頷いた。
七日目、町に平和が戻り始めた。
道に倒れている人はもういなくなり、汚水も流れず、清潔な水が井戸から汲み上げられている。
ただし、念のため煮沸してから使うように指示した。
「煮沸?」
住民の一人が尋ねた。
「水を沸騰させることです」
私は説明した。
「沸騰させることで、水の中の悪いものを殺すことができ、より安全な水が飲めます」
住民たちは素直に従ってくれた。
八日目。
私たちは町を離れる準備を始めた。
「もう、大丈夫でしょう」
ヴィルヘルムが言った。
「新規感染者はゼロが続いています」
「既存の患者も、ほとんどが回復に向かっています」
その声には、深い感謝が込められていた。
「リーゼさん」
ヴィルヘルムが私の手を握った。
「あなたのおかげで、この町は救われました」
「いえ」
私は首を振った。
「ヴィルヘルム先生が、ここで戦い続けていたからです」
「そして、マルタさんとエーリヒ様の協力があったからです」
「みんなで、協力したから——だから、救えたんです」
ヴィルヘルムは微笑み、その目には涙が浮かんでいた。
「私は医師として二十年やってきましたが、あなたから多くを学びました」
彼が言った。
「水系感染症の概念、経口補水液、徹底的な衛生管理——」
「そして、何より大切なこと——」
ヴィルヘルムは私の目を見つめた。
「患者を救うためには、冷静な診断と、同時に温かい心が必要だということを」
その言葉に、私は胸が熱くなった。




