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第3話 新しい家族との絆

目覚めてから、三日経った。

窓から射す朝の光が、ようやく春の匂いを含んでいる。


私——いや、リーゼは。

屋敷の中を歩き回ってる。慎重に。

十歳の体、思ったより軽い。二十八年生きた私には、むしろ扱いやすい。


けど。


この体の本来の持ち主。

"本当のリーゼ"は、もうこの世にいない。


「リーゼ、朝食の準備ができたわよ」


階下から、母アンネの声。

柔らかい。穏やか。愛情がこもってる。

リーゼの記憶——アンネは常に子どもたちを気遣う、優しい母だった。


けど。

彼女が呼んでるのは「私」じゃない。

彼女の本当の娘は——


「今、行きます」


答えて、鏡の前に立つ。

銀色の髪。紫の瞳。見知らぬ少女の顔。

三日も見つめ続けてるうちに、少しずつ「自分」として——


「ごめんね、リーゼ……」

この声が、祈りなのか謝罪なのか、自分でも分からない。


小さく呟く。

体を借りてる。

それだけ。


食堂へ向かう。


長いテーブルに家族が揃ってた。

上座、父ヨハン。厳格な顔立ちだけど、家族を見る目は優しい。

隣、兄のエーリヒ。十三歳の騎士見習い。

リーゼの記憶の中でも、常に妹を守る頼もしい存在。


「おはよう、リーゼ。よく眠れたかい?」


ヨハンが穏やかに声をかけてくる。


「はい、お父様。よく眠れました」


リーゼの口調を意識する。

この世界の言語、どこかドイツ語に似てる。

でもリーゼの記憶のおかげで違和感ない。


「顔色も良くなったな」

エーリヒが微笑む。「三日も意識不明だったから、心配したんだぞ」


胸が——

違う。

彼らが心配してたのは「本当のリーゼ」で。

今ここにいる私は、別の魂。


「ごめんなさい……心配をかけて」


「謝ることはないわ。無事でいてくれることが、何より大切なのよ」


アンネが優しくスープをよそってくれる。

湯気。野菜と肉の香り。

胃が鳴りそうになる。


スプーンを手に取る。木製。少し重い。

一口含む。


温かい。

優しい味わい。

ジャガイモ、ニンジン、タマネギ。シンプルだけど、丁寧に煮込まれてる。


前世では。

病院の食堂で味気ない食事を流し込むのが常だった。

栄養バランスだけを考えた、冷めた弁当。

一人で黙々と食べる。


今は。

家族と囲む食卓。

会話がある。笑顔がある。


本当に久しぶり——

いや。

前世では一度も、なかったかも。


「リーゼ、大丈夫?」


アンネが心配そうに覗き込んでくる。


「あ、はい。美味しくて……」


涙が出そうになる。

なんで。

ただのスープなのに。


エーリヒが笑う。

「リーゼは本当に素直だな。母さんの料理、美味しいもんな」


「ええ、本当に……」


声が震えた。

家族って、こういうものなんだ。

温かくて。

優しくて。


前世の私には、なかった。

両親は早くに亡くなって。

親戚に預けられて。

医学部に入って、病院で働いて。

ずっと一人だった。


でも今は。


「リーゼ、無理しなくていいのよ。まだ体調が完全じゃないんだから」


アンネの手が、私の額に触れる。

熱を確かめる仕草。

母親の、当たり前の仕草。


涙が溢れた。


「お母様……」


「どうしたの? 痛いところがあるの?」


違う。

痛くない。

むしろ。


「嬉しい……んです」


何言ってんだ、私。

でも止まらない。


「家族が、いるって……こんなに温かいんですね」


エーリヒとヨハンが顔を見合わせる。

アンネが優しく私を抱きしめた。


「リーゼ……熱のせいで変なこと言ってるのね」


違う。

これは本心。


でも説明できない。

前世のこと。

孤独だったこと。

家族を、ずっと求めてたこと——


「ごめんなさい……変なこと言って」


「いいのよ。リーゼは優しい子ね」


アンネの温もり。

エーリヒの笑顔。

ヨハンの優しい目。


私は。

本当のリーゼじゃない。

彼らの娘を奪った存在。


でも。

この温かさを、嘘にはしたくない。

この家族を、大切にしたい。


リーゼとして。

生きていく。

たとえこの命が借り物でも——この愛情だけは本物にしたい。


朝の光が、窓から差し込んでくる。

新しい一日が始まる。

この世界での、私の人生が——

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