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転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~

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第26話 二つの知が交わる場所

「リーゼ様、私…あなたに感謝してもしきれません」


マルタの声が、静かな診療所に響いた。


夕暮れの光が窓から差し込み、部屋を琥珀色に染めている。

薬草棚に並ぶ瓶が、光を受けてきらきらと輝いている。

ラベンダーとカモミールの優しい香りが、空気を満たしていた。


「マルタさん…」


私は椅子に座ったまま、彼女を見上げた。


マルタは診療台の脇に立っている。

三十年の経験を刻んだ顔に、深い感情が浮かんでいた。


雪の日の腸炎から回復して二週間。

彼女の顔色は完全に戻り、目には力が宿っている——


「あなたは私に、新しい医学を教えてくれました」


マルタが一歩近づく。


その足取りは、もう以前のように弱々しくない。

しっかりと、大地を踏みしめている。


少し間を置いて、彼女は続けた。


「そして……命も救ってくれました」


その言葉に、私の胸が熱くなった。


まだ心の奥には、あの夜の恐怖が残っている。

雪の夜、マルタの部屋に駆けつけた時の記憶。

冷え切った体。激しい腹痛。死の淵にいた彼女の姿——


でも、今は違う。

今、私の目の前にいるマルタは、生きている。


温かく、力強く、生きている——


マルタは深呼吸をして、続けた。


「だから、私もあなたに、すべてを教えたい」


窓の外から、鳥のさえずりが聞こえる。

穏やかな夕暮れ。


「私が知っているすべての薬草の知識」


マルタの声が、決意を帯びている。


「調合の秘訣」


「そして…この地域に伝わる古い治療法を」


その言葉に、私は息を呑んだ。


薬草師の知識は、秘伝だ。

師匠から弟子へ、代々受け継がれてきたもの。

簡単に他人に教えるようなものではない——


それを、私に——


「本当ですか!」


思わず立ち上がり、私は驚きの声を上げた。


椅子が床を擦る音。

私の心臓が、激しく打っている。


「はい」


マルタは優しく微笑んだ。


その微笑みには、母のような温もりがあった。


「あなたなら、それらの知識を正しく使えると信じています」


マルタが私の手を取る。


温かい手。

薬草を扱い、患者を癒してきた手。

三十年の知恵が刻まれた手——


「私が三十年かけて蓄積した知識を、あなたに託したい」


その手の温もりが、胸に染みた。


前世では、こんな温かさはなかった——


「ありがとうございます、マルタさん」


私の声が震えた。

目頭が熱くなる。


「こちらこそ、ありがとう」


マルタは私の手を両手で包み込んだ。


「あなたと出会えて、私の人生は変わりました」


窓の外では、夕日がゆっくりと沈んでいく。

オレンジ色の光が、部屋をさらに温かく染めている——


その日から、マルタは私に、彼女が三十年かけて蓄積した知識を、惜しみなく教えてくれるようになった。


     *     *     *


「この薬草は、月が満ちる時に摘むと効果が高いんです」


森の中、マルタが地面に生えている植物を指す。


朝露が葉を濡らし、陽光がそれをきらきらと輝かせている。

湿った土の匂い。

葉の擦れる音——


私はマルタの隣に膝をつき、植物を観察する。


銀色の葉。

細長く、滑らかな表面。

触れると、ひんやりとした感触。


「月光に照らされて、美しく輝くんです」


マルタが葉を優しく撫でる。


「なぜなら、満月の時期は植物の樹液が最も豊富になるから」


「それは、潮の満ち引きと関係があるんです」


私は頷きながら、木板にメモを取った——


科学的に証明されてはいないかもしれない。

でも、長年の経験則だ。

そして、実際に効果がある。


前世の医学では説明できないことも、この世界には多くある。

それを否定するのではなく、学ぶ——


……って、本当にそれでいいのか?

私、ちゃんと検証すべきなんじゃ——


でも、マルタの経験を信じよう。


「この調合は、正確な分量が重要です」


診療所に戻ると、マルタが天秤で薬草を量り始めた。


古い真鍮製の天秤。

重りが金属音を立てて揺れる。

マルタの指が、繊細に薬草を調整している。


一つまみずつ、慎重に。

天秤の針が、中央を指すまで——


「少しでも間違えると、効果が半減します」


マルタの声が真剣だった。


「時には、毒になることもあります」


その言葉に、私は背筋が伸びた。


薬と毒は紙一重——

それは、前世でも変わらない真実だ。


私は夢中でメモを取った。


ペンを走らせる音。

インクの匂い。

木板が何枚も積み重なっていく——


視覚——マルタの手の動き、薬草の色、天秤の揺れ。

聴覚——金属音、マルタの声。

嗅覚——薬草の香り、インクの匂い。


すべてを、記憶に刻み込む。


マルタの知識は、前世の薬学とは異なる視点を持っていた。


化学式や分子構造ではなく、経験と観察に基づいた知恵。

でも、それは決して非科学的なものではなかった——


長年の経験に基づいた、確かな知恵だった。


「この治療法は、私の師匠から教わったものです」


マルタが古い巻物を広げる。


黄ばんだ羊皮紙。

インクは褪せているが、まだ読める。

古い文字——この地域の古語で書かれている。


私は目を凝らして、文字を追った。


「今では、私しか知らない技術です」


マルタの声に、寂しさが混じっていた。


「あなたに伝えることで、この知識が失われずに済む」


その言葉の重みが、胸に響いた。


知識の継承——


それは、医療において最も重要なことの一つだ。

どれほど優れた技術も、伝えられなければ失われてしまう。


私は感動で胸がいっぱいになった——


「マルタさんの知識と、私の医学知識を組み合わせれば…」


「もっと多くの人を救えるはずです」


二人は笑顔で頷き合った。


窓から差し込む午後の光が、二人を優しく照らしている。

薬草の香りが、部屋を満たしている。


この瞬間が、永遠に続けばいいのに——


     *     *     *


数週間後。


診療所の作業台の上には、様々な薬草が並んでいた。


アルニカの花——黄色く、繊細な花びら。

ウィンターグリーンの葉——濃い緑、光沢のある表面。

カイエンペッパー——鮮やかな赤、刺激的な香り。


私たちは共同で新しい治療法を開発していた。


マルタの薬草知識と、私の解剖学的知識を組み合わせた、関節痛のための軟膏だ——


「アルニカは腫れと炎症を抑えます」


私が説明しながら、乳鉢で花を擦り潰す。

石の擦れる音。

花の繊維が砕かれ、黄色い液体が滲み出る。


マルタが葉を刻む。

包丁のリズミカルな音。


切られた葉から、すぐに清涼な香りが立ち上った——


「この香り……」


私は目を閉じて、深く息を吸い込む。


メントールのような、でももっと複雑な芳香。


「——これこそ、痛みを鎮める成分の証です」


私が慎重に赤い粉を加える。


「カイエンペッパーは温感で血を巡らせる。アルニカが炎症を抑え、ウィンターグリーンが痛みを和らげる——三つが調和して、初めて軟膏は完成します」


二人で調合を進める。


正確な分量。

適切な順序。

混ぜ方の強さ、速度——


すべてが重要だ。


乳鉢の中で、材料が混ざり合っていく。

黄色と緑と赤が、徐々に均一な色になっていく。

滑らかなペースト状になるまで、丁寧に擦り続ける——


「できました」


マルタが満足そうに微笑んだ。


乳鉢の中には、淡いオレンジ色の軟膏。

滑らかで、適度な粘性。

薬草の複雑な香りが立ち上っている——


試作品を、関節痛に苦しむ老人に使ってもらった。


「失礼します」


診療台に座った老人の膝に、私は軟膏を塗り始めた。


指に軟膏をとる。

滑らかな質感。

老人の膝——腫れて、熱を持っている。


優しく、円を描くように塗り込んでいく——


「あ…」


老人の顔が、驚きに染まった。


目が見開かれる。

呼吸が変わる。


「温かい…そして、痛みが…」


軟膏が皮膚に吸収されていく。

カイエンペッパーの温感効果が、血行を促進している。

アルニカが炎症を抑える。

ウィンターグリーンが痛みを和らげる——


数分後。


「痛みが、ほとんど消えた!」


老人は喜びで涙を流した。


皺の刻まれた顔。

その目から、透明な涙が伝う。

声が震えている。


「何年も苦しんでいたのに…こんなに早く…」


老人が膝を動かしてみる。

ゆっくりと、慎重に。


「動く…痛くない…」


その喜ぶ顔を見て、私たちは成功を確信した。


マルタと私は、顔を見合わせて微笑んだ——


「私たちなら、もっと多くのことができる」


マルタが言った。


その声には、希望と自信が満ちていた。


「はい。二人で力を合わせれば、この世界の医療を変えられるかもしれません」


窓の外では、夕日が美しく沈んでいく。

診療所の灯りが、一つずつ点されていく——


     *     *     *


その夜。


月明かりの下、私はマルタと並んで星空を見上げていた。


雪はやみ、澄んだ空に星々が輝いている。


冬の冷たい空気が頬を刺す。

でも、不快ではない。

清々しく、心地よい冷たさだ——


息が白く、空に溶けていく。

星の光が、雪に反射してきらめいている。


「リーゼ様、あなたと出会えて、私の人生は変わりました」


マルタが静かに言った。


その声は、夜の静けさに溶け込んでいく。


「私もです、マルタさん」


私は正直に答えた。


胸の奥から、温かいものが込み上げてくる。

感謝。

信頼。

そして——愛情。


家族のような、深い愛情——


「あなたがいなければ、私はここまでこれませんでした」


「一人では、何もできなかった」


前世では、いつも一人だった。

同僚はいたが、本当の意味で支え合える仲間はいなかった。

皆、自分のことで精一杯だった。


でも、今は違う——


マルタは、私を支えてくれる。

信じてくれる。

共に歩んでくれる。


「これからも、一緒に歩んでいきましょう」


「はい。必ず」


その時の私たちは、まだ知らなかった。


この絆が、やがてどれほどの試練を乗り越える力になるのかを——


そして、この約束がどれほど重い意味を持つようになるのかを。


診療所の窓から、村の灯りが見える。


一つ一つの灯りが、夜の闇の中で輝いている。

オレンジ色の、温かい光。


一つ一つの灯りに、人々の生活がある——


その人々を守りたい。


その人々に、より良い医療を提供したい。


その思いは、マルタと共有している——


「明日も、頑張りましょう」


マルタが微笑む。


月の光が、彼女の顔を優しく照らしている。


「はい。一緒に」


私も微笑み返した。


冬の冷たい風が吹いている。


木々が揺れる音。

雪が舞う音。

遠くで、フクロウが鳴いている。


でも、私たちの心は温かかった。


なぜなら、支え合う仲間がいるから。


共に歩む道があるから——


……でも、本当にこれからも、ずっと一緒にいられるのかな。


そんな不安が、ふと胸をよぎった。

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