第25話 マルタとの深まる絆 ③
一週間後。
マルタの症状は大きく改善した。
完治したわけではない——
でも、痛みは和らいだ。
食欲も戻ってきた。
少しずつ、食事ができるようになった。
発熱もなくなった。
体温は正常。
血色も良くなっている。
「リーゼ様のおかげです」
マルタは感謝の言葉を繰り返した。
診療所に戻った初日。
温かいハーブティーを二人で飲みながら。
「本当にありがとうございます」
「いえ、マルタさん」
私は真剣に言った。
……いや、違う。
これは当然のことだ。
「これからは、定期的に診察させてください」
「そして、無理は禁物です」
患者としてのマルタに、医師として指示を出す——
なんだか、立場が逆転したみたいで。
でも、それでいい。
「食事にも気をつけてください」
「刺激物は避けて、消化の良いものを」
木板に、メモを取りながら説明していく。
「柔らかく煮た野菜、白身魚、薄いスープ——こういったものが良いです」
マルタは素直に頷いた。
自分も木板にメモを取りながら。
「分かりました」
その姿を見て、少し安心する。
……でも、本当に守ってくれるかな。
マルタさん、働き者だから——
「そして、ストレスも避けてください」
私は続けた。
「過労は禁物です」
「診療は午前中だけにしましょう」
「午後は休息の時間に」
「はい」
マルタが微笑む。
穏やかな、優しい微笑み。
……この人を失いたくない。
診療所を再開した日。
マルタは患者たちに温かく迎えられた。
「マルタさん、お体は大丈夫ですか?」
最初の患者——年配の女性が心配そうに尋ねる。
「心配しました」
若い男性が続ける。
「リーゼ様が治してくれたんですね」
別の患者が、感謝の表情で言う。
その光景を見ながら、私は改めて実感した。
医療は、単に病気を治すだけではない。
人と人との絆を深め、信頼を築くものなのだ。
コミュニティの一部。
支え合いの輪。
そして、医師も人間だ。
病気にもなる。
弱さもある。
限界もある。
でも、支え合うことで、前に進める——
……って、何か説明的だな、私。
その夜。
診療が終わった後、マルタが私に話しかけてきた。
二人きりの診療所。
薪ストーブの炎が、優しく揺れている。
パチパチという音。
温かい光。
「リーゼ様」
マルタが真剣な表情で言う。
「私、改めて思ったんです」
「あなたと出会えて、本当に良かったと」
その言葉に、私は顔を上げた。
「三十年、薬草師をしてきました」
マルタが続ける。
「たくさんの人を助けてきました」
「でも、いつも限界を感じていました」
「もっとできることがあるはずだ、と」
「もっと良い治療法があるはずだ、と」
窓の外では、雪が降っている。
白い雪が、静かに舞っている。
「でも、あなたと出会って、世界が広がりました」
マルタの目が輝いている。
「体系的な診断方法、病気の原因を探る姿勢、そして患者一人一人に向き合う心——すべてが、新鮮で、驚きでした」
私は黙って聞いていた。
マルタの言葉を、一つ一つ、心に刻みながら。
……世界が広がった。
そう言ってもらえることが、嬉しい。
「私も、あなたから学ばせていただいています」
私は言った。
「薬草の知識、この世界での医療の在り方、そして患者さんたちとの接し方——マルタさんがいなければ、私は一人では何もできませんでした」
二人で微笑み合う。
師弟というより、対等なパートナー。
互いに学び、互いに成長する仲間。
「これからも、一緒に頑張りましょう」
マルタが手を差し出す。
「はい。一緒に」
私も手を握る。
温かい、働き者の手——そして、今は健康な手。
窓の外の雪が、診療所を静かに包んでいる。
冷たい冬の雪。
でも、部屋の中は温かい。
薪ストーブの温もりと、二人の絆の温もりで——
この世界に来て、一年半。
多くのことを経験した。
患者を救った喜び。
治せなかった悲しみ。
新しい仲間との出会い。
大切な人の病気と向き合った経験。
すべてが、私を成長させてくれた。
医師として。
そして、人として。
東京の救命センターでは、いつも一人だった。
孤独に、患者と向き合っていた。
誰にも理解されず、ただ働き続けた。
でも、ここは違う。
家族がいる。
マルタがいて、ハインリヒ先生がいる。
支えてくれる人々がいる。
そして、私を必要としてくれる患者さんたちがいる。
この世界で、私は医師として生きていく——
限られた資源で。
限られた技術で。
でも、できることはたくさんある。
一人でも多くの人を救う。
一つでも多くの知識を得る。
そして、この世界の医療を、少しでも良くする。
その使命を胸に、私は前に進む。
マルタと共に。
仲間たちと共に。
そして、この世界の人々のために——
雪が降り続いている。
静かに、静かに。
でも、私の心は温かかった。
希望に満ちていた。
……いや、本当にそうか?
本当に、私にできるのか?
そんな不安も、少しだけ。




