第3話 自分の役割
リーゼが医学院に来て、一年が過ぎた。
俺は四年生に進級した。
◇
「ルーカス、今年で卒業だな」
フェリックスが、声をかけてきた。
「ああ。早いもんだ」
「お前、卒業後はどうするんだ?」
「故郷に帰る」
俺は、迷わず答えた。
「親父の診療所を継ぐつもりだ」
「そうか。故郷思いだな」
フェリックスが、笑った。
「俺は王都に残るよ。研究室に誘われてるんだ」
「お前らしいな」
俺たちは、笑い合った。
◇
その日、俺は講義室でリーゼを見かけた。
彼女は、真剣な顔でノートを取っている。
一年前と比べると、随分と雰囲気が変わった。
孤立していた頃の不安げな表情は消え、自信に満ちた目をしている。
「先輩」
リーゼが、こちらに気づいた。
「おう、リーゼ。調子はどうだ?」
「おかげさまで。授業にもすっかり慣れました」
「そうか。良かった」
俺は、素直に安心した。
◇
授業が始まった。
今日は、内科学の講義だ。
シュミット先生が、難症例について説明している。
「この患者は、高熱と関節痛を訴えている。原因は何か?」
学生たちが、考え込む。
「リウマチ熱でしょうか」
誰かが答えた。
「惜しいが、違う。他に意見は?」
沈黙が流れる。
その時——
「若年性皮膚筋炎ではないでしょうか」
リーゼの声が響いた。
「筋力低下、ヘリオトロープ疹、ゴットロン丘疹——症状が一致します」
シュミット先生が、目を見開いた。
「……その通りだ。よく分かったな」
「以前、似た症例を診たことがあります」
リーゼが、落ち着いて答える。
教室がざわめいた。
◇
「すごいな、リーゼ」
授業後、俺は声をかけた。
「シュミット先生を驚かせるなんて」
「いえ、たまたまです」
リーゼが、謙遜した。
「たまたまじゃないだろ。お前の知識は、本物だ」
「……ありがとうございます」
リーゼが、少し照れくさそうに笑った。
その笑顔は——一年前より、ずっと明るい。
◇
「ルーカス先輩」
リーゼが、真剣な顔になった。
「先輩がいてくれるから、私は安心して学べています」
「俺が?」
「はい」
リーゼが、頷いた。
「最初に声をかけてくれたのは、先輩でした」
「エリーゼ先輩を紹介してくれたのも、先輩でした」
「困った時、いつも助けてくれました」
「大げさだな。俺は、大したことしてない」
「大したことです」
リーゼの目が、真剣だった。
「先輩がいなかったら、私はまだ孤独だったかもしれません」
「……」
「先輩は、私の恩人です」
◇
その言葉を聞いて、俺は考え込んだ。
恩人——
俺は、リーゼに何をしたのだろう。
医学の知識を教えたわけではない。
天才的な閃きを与えたわけでもない。
ただ、声をかけた。
ただ、見守った。
ただ、人を紹介した。
それだけだ。
「先輩?」
「いや、なんでもない」
俺は、首を振った。
「お前が元気そうで、良かった」
◇
その夜、俺は寮の自室で考えていた。
リーゼは、天才だ。
俺には、到底及ばない知識と技術を持っている。
でも、天才にも弱点がある。
孤独だ。
周りと違いすぎて、理解されにくい。
警戒され、距離を置かれる。
そんな天才を、支える者が必要だ。
「俺の役割は……」
呟いた。
天才を支えること。
孤独を和らげること。
人と人を繋ぐこと。
それが、俺にできることだ。
◇
「ルーカス」
翌日、フェリックスが声をかけてきた。
「お前、最近リーゼのことばかり気にしてるな」
「そうか?」
「ああ。まるで、保護者みたいだ」
俺は、苦笑した。
「保護者か……まあ、そうかもしれん」
「別に悪いことじゃない」
フェリックスが、真剣な顔になった。
「お前には、そういう才能がある」
「才能?」
「ああ。人を見る目、人を繋ぐ力——」
「それは、立派な才能だ」
俺は、少し驚いた。
「そうか……」
「お前は、自分を過小評価しすぎだ」
フェリックスが、肩を叩いた。
「もっと自信を持て」
◇
自信——
俺には、医学の才能はないかもしれない。
天才のような閃きも、秀才のような記憶力もない。
でも——
人を見る目。
人を繋ぐ力。
それなら、あるかもしれない。
リーゼを見守ることで、俺は自分の役割を見つけた。
天才を支える。
孤独を和らげる。
それが、俺にできることだ。
◇
ある日、故郷の父から手紙が届いた。
「ルーカスへ
元気か。診療所は相変わらず忙しい。
患者たちが、お前の帰りを待っているぞ。
卒業したら、すぐに帰ってこい。
一緒に診療所を切り盛りしよう。
父より」
俺は、手紙を読み返した。
故郷で待っている人たちがいる。
父が築いた診療所がある。
それを継ぐのが、俺の夢だ。
◇
「先輩」
リーゼが、声をかけてきた。
「故郷からの手紙ですか?」
「ああ。親父からだ」
「いいですね。故郷に家族がいるって」
リーゼの声が、少し寂しそうだった。
「お前も、故郷に帰りたいか?」
「……はい。たまに」
リーゼが、窓の外を見た。
「でも、今は学ぶことがたくさんあります」
「故郷は、いつでも帰れますから」
「そうだな」
俺は、頷いた。
「お前も、いつか故郷に帰る日が来る」
「その時は、堂々と帰れるように、今は頑張れ」
「はい」
リーゼが、微笑んだ。
「先輩も、頑張ってください」
◇
俺の役割は、リーゼを支えること。
天才が孤独にならないように、見守ること。
それは、地味な仕事かもしれない。
派手な活躍はできない。
歴史に名を残すこともない。
でも——
誰かが、それをやらなければならない。
そして、俺にはそれができる。
それが、俺の才能だ。
◇
リーゼは、日に日に成長していた。
授業では、教授たちを唸らせる発言をする。
実習では、誰よりも正確な技術を見せる。
そして、少しずつ仲間を増やしていく。
エリーゼ、フリードリヒ、アーデルハイド——
最初は警戒していた者たちも、リーゼの実力と人柄を認めるようになった。
「リーゼ、すごいな」
俺は、その成長を見守っていた。
「お前は、きっと大きなことを成し遂げる」
リーゼは、まだ知らない。
自分がどれほどの可能性を持っているか。
でも、俺には見える。
この少女は——この国の医学を変える。
そんな予感がした。




