第2話 見守る日々
リーゼが医学院に来て、一週間が過ぎた。
◇
彼女の評判は、すでに院内に広まっていた。
「あの子供、本当にすごいらしいな」
「教授たちを驚かせる知識を持っているとか」
「十二歳で、あれだけの実力……天才だ」
称賛の声が多い。
だが——
「でも、なんか近寄りがたいよな」
「子供なのに、大人みたいな話し方するし」
「俺たちと話が合わなそう」
敬遠する声も、少なくなかった。
俺は、その様子を見ていた。
リーゼは——孤立していた。
◇
「ルーカス先輩」
ある日、リーゼが声をかけてきた。
「おう、どうした?」
「図書館の場所を教えていただけますか?」
「ああ、図書館か。案内するよ」
俺は、リーゼを連れて図書館に向かった。
廊下を歩きながら、気づいた。
すれ違う学生たちが、リーゼを避けている。
露骨ではないが、さりげなく距離を取っている。
リーゼは、気づいているのだろうか。
表情からは、分からなかった。
◇
図書館に着いた。
「ここが図書館だ。医学書から歴史書まで、何でも揃っている」
「ありがとうございます」
リーゼが、礼を言った。
「先輩は、いつも親切ですね」
「そうか?」
「はい。他の人は、あまり話しかけてくれませんから」
リーゼの声が、少しだけ寂しそうだった。
「気にするな」
俺は、言った。
「みんな、お前に慣れていないだけだ」
「そうでしょうか……」
「ああ。時間が経てば、変わるさ」
リーゼが、小さく頷いた。
だが、その目には——不安が残っていた。
◇
「なあ、エリーゼ」
俺は、同じ三年生のエリーゼに声をかけた。
「何? ルーカス」
「お前、新入生のリーゼって知ってるか?」
「ああ、あの天才少女でしょ。すごいよね」
エリーゼが、興味深そうに言った。
「一度、話してみたいと思ってたんだ」
「じゃあ、話しかけてみろよ」
「え? でも、なんか話しかけにくくて……」
「話しかけにくいか?」
俺は、首を傾げた。
「普通の子だぞ。確かに知識はすごいが、話してみれば分かる」
「そう?」
「ああ。お前と話が合うと思う」
エリーゼは、しばらく考え込んでいた。
そして——
「分かった。話しかけてみる」
「おう。頼んだ」
◇
数日後。
食堂で、リーゼの隣にエリーゼが座っているのを見た。
二人は、楽しそうに話していた。
「リーゼちゃん、すごいね! その知識、どこで学んだの?」
「えっと……独学です」
「独学であんなに? 信じられない!」
エリーゼが、目を輝かせている。
リーゼも、少し照れくさそうに笑っていた。
俺は、遠くからその様子を見ていた。
「良かったな……」
呟いた。
リーゼに、友達ができた。
それだけで、俺は満足だった。
◇
「ルーカス先輩」
翌日、リーゼが駆け寄ってきた。
「おう、どうした?」
「エリーゼ先輩を紹介してくれたの、先輩ですよね」
「……まあ、な」
俺は、頭を掻いた。
「どうして分かった?」
「エリーゼ先輩が言ってました。『ルーカスに勧められて話しかけた』って」
「あいつ、余計なことを……」
「余計なことじゃありません」
リーゼの目が、真剣だった。
「嬉しかったです。先輩が、私のことを気にかけてくれて」
「……別に、大したことじゃない」
「大したことです」
リーゼが、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
俺は、少し照れくさくなった。
「礼を言われるようなことじゃないさ」
「でも——」
「それより、エリーゼと仲良くやれよ。あいつは良いやつだ」
「はい」
リーゼが、微笑んだ。
その笑顔は——前より、少し明るくなった気がした。
◇
その後も、俺はリーゼを見守り続けた。
困っている時は、さりげなく助ける。
孤立しそうになったら、誰かを紹介する。
派手なことはできない。
天才の知識を補うことも、できない。
でも、人と人を繋ぐことはできる。
それが、俺にできることだった。
◇
「ルーカスって、変わってるよな」
フェリックスが言った。
「あの天才少女に、こんなに構うなんて」
「構ってるわけじゃない。見守ってるだけだ」
「同じだろ」
フェリックスが笑った。
「でも、お前らしいよ。いつも、誰かのことを気にかけてる」
「そうか……」
「お前は才能がないって言うけどさ」
フェリックスが、真剣な顔になった。
「人を見る目は、誰よりもあると思うぞ」
「人を見る目……」
「ああ。あの少女の価値を、最初に見抜いたのはお前だ」
「声をかけたのも、お前が最初だ」
俺は、少し考え込んだ。
確かに、俺は最初にリーゼに声をかけた。
他の誰よりも早く。
「才能がないなんて、思うなよ」
フェリックスが、肩を叩いた。
「お前には、お前の才能がある」
◇
才能——
俺には、医学の才能はないかもしれない。
天才のような閃きも、秀才のような記憶力もない。
でも——
人を見る目。
人と人を繋ぐ力。
それなら、あるかもしれない。
リーゼを見守ることで、俺は自分の役割を見つけた気がした。
天才を支える。
孤独を和らげる。
それが、俺にできることだ。
◇
リーゼは、日に日に成長していた。
授業では、教授たちを唸らせる発言をする。
実習では、誰よりも正確な技術を見せる。
そして、少しずつ仲間を作っていく。
エリーゼ、フリードリヒ、アーデルハイド——
最初は警戒していた者たちも、リーゼの実力と人柄を認めるようになった。
「リーゼ、すごいな」
俺は、その成長を見守っていた。
「お前は、きっと大きなことを成し遂げる」
リーゼは、まだ知らない。
自分がどれほどの可能性を持っているか。
でも、俺には見える。
この少女は——この国の医学を変える。
そんな予感がした。




