第4話 目覚め
手術から三日が過ぎた。
わしは、少しずつ回復していた。
◇
「ベルトルト様、お加減はいかがですか」
あの少女——リーゼが、部屋に入ってきた。
わしは、ベッドに体を起こした。
まだ腹は痛むが、動けないほどではない。
「……まあまあだ」
わしは、ぶっきらぼうに答えた。
「傷の経過を確認させてください」
「……好きにしろ」
リーゼが、包帯を外していく。
小さな手が、傷口を丁寧に調べる。
「良好ですね。感染の兆候はありません」
「そうか」
わしは、自分の腹を見た。
縫合された傷跡がある。
綺麗に縫われている。
◇
「この糸は——」
わしは、傷跡を指さした。
「普通の糸とは、違うようだが」
「吸収糸です」
リーゼが説明した。
「体内で数週間かけて分解されます」
「だから、お腹を開けて糸を取り出す必要がありません」
「体内で……消えるのか」
「はい」
わしは、驚いた。
そんな糸があるとは、聞いたことがない。
「この糸も、お前が作ったのか?」
「はい。マルタさんと一緒に」
リーゼが、隣にいた中年の女性を示した。
薬草師だという。
「彼女の知識がなければ、実現できませんでした」
マルタが、照れくさそうに頭を下げた。
「リーゼ様の医学知識があったからこそです」
◇
わしは、二人を見つめた。
子供と、田舎の薬草師。
わしが「子供の遊び」と侮った者たちだ。
なのに——
「……すまなかった」
その言葉は、自然と口から出た。
リーゼが、不思議そうな顔をした。
「何がですか?」
「わしは、お前を……侮辱した」
わしは、真剣に言った。
「医学院も出ておらん小娘だと」
「子供の遊びだと」
「なのに、お前は……わしの命を救った」
リーゼは、静かに聞いていた。
◇
「恥ずかしい話だ」
わしは、苦笑した。
「わしは商人として、人を見る目には自信があった」
「商品の価値、相手の器量——それを見抜く目には」
「だが、お前を見誤った」
「年齢や肩書きだけで判断した」
「愚かだった」
リーゼは、表情を変えずに聞いている。
子供とは思えない、落ち着いた態度だ。
「五十年、商売をしてきた」
わしは、続けた。
「その中で、何度も人を見る機会があった」
「若くても有能な者。年老いても無能な者」
「見た目と中身が一致しないことは、珍しくない」
「それを、わしは知っていたはずだ」
「なのに——」
わしは、リーゼを見た。
「お前を見た時、わしは見た目だけで判断した」
「子供だから、できるはずがない」
「医学院を出ていないから、本物ではない」
「そう決めつけた」
「……」
「それが、どれほど愚かだったか」
わしは、深く息をついた。
「お前に、謝らねばならん」
◇
リーゼが、小さく微笑んだ。
「謝る必要はありません」
「いや、ある」
わしは、首を振った。
「わしは、死にかけていた」
「助けを求める立場だった」
「なのに、助けてくれる者を侮辱した」
「これほど愚かなことは、ない」
リーゼは、静かに言った。
「ベルトルト様が、私を信じられなかったのは当然です」
「十一歳の子供が、医者だと名乗る」
「普通は、信じられません」
「しかし——」
リーゼの目が、真剣になった。
「私は、目の前で苦しんでいる人がいれば、助けます」
「たとえ、その人に拒否されても」
「それが、医師の務めですから」
その言葉に、わしは胸を打たれた。
◇
「リーゼ先生」
わしは、改めて彼女を見た。
「お前は……本当に、すごい医者だ」
「まだまだ未熟です」
「謙遜するな」
わしは、真剣に言った。
「わしは王都で、多くの医師を見てきた」
「宮廷医師と呼ばれる者たちも」
「だが——」
「腹を開いて、傷ついた腸を縫い合わせる」
「そんなことができる医師は、見たことがない」
「普通なら、死を待つだけだ」
「それを、お前は——」
わしは、リーゼを真っ直ぐに見つめた。
「お前は、奇跡を起こした」
◇
「奇跡ではありません」
リーゼが、首を振った。
「医学です」
「正しい知識と、正しい技術があれば、人は救える」
「私は、それを実践しただけです」
わしは、その言葉を噛みしめた。
正しい知識と、正しい技術。
年齢や肩書きではない。
実力だ。
「商売も、同じだな」
わしは、呟いた。
「肩書きが立派でも、実力がなければ意味がない」
「逆に、肩書きがなくても、実力があれば——」
「ベルトルト様」
リーゼが、静かに言った。
「私は、ベルトルト様を恨んでいません」
「……」
「最初は確かに、辛い言葉でした」
「でも、私が未熟だから、信じてもらえなかった」
「それは、私の責任でもあります」
◇
「お前の責任ではない」
わしは、首を振った。
「わしが、狭量だっただけだ」
「いいえ」
リーゼが、微笑んだ。
「今、こうして認めてくださった」
「それで、十分です」
その笑顔は——
子供のものではなかった。
苦労を知り、挫折を知り、それでも前を向く者の笑顔だった。
◇
「リーゼ先生」
わしは、居住まいを正した。
「礼を言わせてくれ」
「命を救ってくれて、ありがとう」
深く、頭を下げた。
五十五歳の大商人が、十一歳の少女に。
だが、恥ずかしいとは思わなかった。
命の恩人に、礼を尽くすのは当然だ。
「そして、約束する」
わしは、顔を上げた。
「この恩は、必ず返す」
「ベルトルト商会の力を、お前のために使おう」
リーゼが、驚いたような顔をした。
「そんな、大げさなことは——」
「大げさではない」
わしは、真剣に言った。
「命を救ってもらった」
「それに見合う礼をさせてくれ」
◇
リーゼは、しばらく黙っていた。
そして——
「では、一つだけお願いがあります」
「何だ? 何でも言ってくれ」
「私のことを、広めないでください」
わしは、目を見開いた。
「広めない……?」
「はい。まだ、準備ができていません」
リーゼが、少し困ったような顔をした。
「私の医療が広まれば、きっと反発も起きます」
「教会や、既存の医師たちからの」
「今はまだ、静かに患者を救いたいのです」
わしは、考え込んだ。
なるほど——彼女の言うことも分かる。
革新的な医療は、必ず反発を招く。
この子供が、それを理解しているとは。
「分かった。今は、控えよう」
わしは、頷いた。
「だが、いつかお前の準備ができたら——」
「その時は、わしがお前の名を広める」
「それで、よいか?」
リーゼが、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます」




