第2話 襲撃
覆面をした男たち——盗賊だ。
「護衛隊、戦闘態勢!」
護衛隊長が叫ぶ。
わしらの商会は、旅には必ず護衛を連れている。
今回も、腕利きの護衛が五人ついていた。
だが——
「多いぞ! 十人以上だ!」
盗賊たちが、四方から現れた。
数で圧倒されている。
◇
「ハインツ、伏せていろ!」
わしは息子を庇いながら、馬車の中に身を隠した。
外では、剣戟の音が響いている。
護衛たちが、必死に戦っている。
「くそっ、何としても当主を守れ!」
護衛隊長の声。
しかし、形勢は明らかに不利だ。
「父上、私も戦います——」
「馬鹿を言うな!」
わしは、ハインツを押さえつけた。
「お前が出ても、足手まといになるだけだ」
「でも……」
「わしの言うことを聞け」
わしは、息子の目を見た。
「何があっても、生き延びろ」
「お前には、商会を継いでもらわねばならん」
ハインツの顔が、蒼白になった。
◇
「御者、走れ!」
護衛隊長が叫んだ。
「当主を連れて逃げろ! 俺たちが食い止める!」
御者が、馬に鞭を入れた。
馬車が、猛スピードで走り出す。
「追え!」
盗賊の一人が叫ぶ。
数人が、馬で追いかけてきた。
「振り切れ!」
ハインツが叫ぶ。
馬車は、街道を疾走する。
だが、盗賊の馬は速かった。
徐々に、距離が縮まっていく。
◇
「くそっ……!」
一人の盗賊が、馬車に追いついた。
幌に飛び乗り、中に入ってくる。
「金を出せ!」
盗賊が、短剣を構えた。
若い男だ。
目が血走っている。
「落ち着け」
わしは、できるだけ冷静な声で言った。
「金なら渡す。命だけは——」
「うるせぇ!」
盗賊が、わしに飛びかかってきた。
◇
わしは、とっさにハインツを背中に庇った。
「息子には手を出すな!」
その瞬間——
盗賊の短剣が、わしの腹に突き立てられた。
熱い——
焼けるように熱い。
「父上!」
ハインツの悲鳴が、遠くに聞こえた。
わしは、自分の腹を見た。
赤い。
血が、溢れ出している。
◇
「ち、父上……!」
「……逃げろ、ハインツ」
わしは、かすれた声で言った。
「わしのことは……いい……」
「そんなこと、言わないでください……!」
盗賊が、もう一度短剣を振り上げた。
今度こそ、止めを刺すつもりだ。
しかし、その時——
「野郎!」
御者が、鞭で盗賊を打った。
盗賊が、馬車から転落する。
「走れ! 走れ!」
御者が叫ぶ。
馬車は、さらに速度を上げた。
◇
追手が、諦めて引き返していく。
どうやら、振り切れたようだ。
だが——わしの意識は、朦朧としていた。
腹が、燃えるように熱い。
血が、止まらない。
「父上、しっかりしてください……!」
ハインツの声が、遠くに聞こえる。
「もうすぐ、町があるはずです……!」
町——
そうだ、確かこの辺りに——
「ハイムダル領が……近いはずだ……」
わしは、かすれた声で言った。
「そこに……診療所が……」
「分かりました! 御者、ハイムダル領へ!」
◇
馬車が、方向を変える。
揺れる車内。
痛みと、熱さと、眠気。
「父上、起きていてください……!」
「目を閉じないで……!」
ハインツが、わしの腹を押さえている。
血を止めようとしているのだ。
「ハインツ……」
「話さないでください! 体力を——」
「いいから……聞け……」
わしは、息子の目を見た。
「もし……わしが死んでも……」
「そんなこと言わないでください!」
「商会を……頼む……」
「父上……!」
涙が、息子の頬を伝っている。
わしは、その顔を見ながら——
意識を失った。
◇
暗い——
何も見えない。
ここは、どこだ。
死んだのか——わしは。
◇
遠くで、声が聞こえる。
「誰か! 誰かいないか!」
ハインツの声だ。
必死に、誰かを呼んでいる。
わしは、薄く目を開けた。
どこだ——ここは。
体が、揺れている。
馬車の中か。
腹が、ひどく痛い。
熱い。
血の匂いが、鼻をつく。
◇
「ここです! 診療所です!」
御者の声が聞こえた。
馬車が、止まる。
「誰かいませんか! 怪我人です!」
ハインツが叫んでいる。
「重傷です! お願いします!」
扉が開く音。
「どうしました?」
若い——いや、幼い声がした。
「中に運んでください! 急いで!」
わしは、担がれて運ばれた。
固い台の上に、横たえられる。
診察台か。
周囲がざわめいている。
◇
「服を切ります」
あの幼い声が言った。
布が切られる音。
冷たい空気が、腹に触れる。
「……これは」
声の主が、息を呑んだ。
「右脇腹に、深い刺し傷があります」
「傷の奥から、黄色っぽい液体が——腸液です」
「腸管が損傷している可能性が高い」
腸が——傷ついている?
わしは、必死に目を開けた。
◇
ぼやけた視界の中に、人影が見えた。
小さい。
子供——いや、少女だ。
銀色の髪。紫色の瞳。
十歳か、十一歳くらいに見える。
「いつ刺されたんですか?」
少女が、ハインツに尋ねた。
「二刻ほど前です……」
「腸管損傷から四時間……」
少女が、深刻な顔で呟いた。
「腹膜炎が始まっているかもしれない」
わしは、目を見開いた。
この子供が——医者なのか?
こんな田舎の、子供の遊びのような——
「手術が必要です」
少女が、真剣な顔で言った。
「傷は深く、内臓に達しています。このまま放置すれば——」
◇
わしは、かすれた声を絞り出した。
「待て……」
少女が、わしを見た。
わしは、苦痛に歪んだ顔で、彼女を睨みつけた。
「お前……子供ではないか……」
「はい。私がこの診療所の——」
「ふざけるな……」
わしは、呻くように言った。
「わしは……ベルトルト商会の当主……ベルトルト・ヴァイスだ……」
少女の傍にいた中年の女が、小さく息を呑んだ。
わしの名は、この辺境にも届いているらしい。
「そのわしが……医学院も出ておらん……小娘に……」
「父上!」
ハインツが、慌てて制止しようとする。
「落ち着いてください。この方は——」
「黙れ……」
わしは、息子を睨みつけた。
「わしは……本物の医者にしか……体を預けん……」
「こんな田舎の……子供の遊びのような……」
◇
言葉の途中で、体が大きく痙攣した。
「ぐっ……!」
傷口から、さらに血が溢れ出す。
痛い——熱い——
「父上!」
「お父様、動かないでください!」
少女が叫んだ。
「出血がひどくなります!」
「触るな……!」
わしは、少女の手を払いのけようとした。
だが、体が動かない。
力が入らない。
「わしは……宮廷医師にしか……」
その言葉の途中で——
視界が、真っ暗になった。




