第08話 折れない翼
兄上の誕生日当日。
王宮では、盛大な祝賀会が開かれていた。
◇
諸侯や貴族たちが集まり、兄上を祝福している。
僕は、自室で準備をしていた。
「殿下、準備はよろしいですか?」
リーゼ先生が、部屋に来た。
「ああ。緊張するけど……」
「大丈夫です。今まで通りにやれば」
リーゼ先生が、僕の服を整えてくれた。
「殿下、とても立派ですよ」
「……ありがとう」
僕は、窓の外を見た。
庭園に、たくさんの人がいる。
あの中を、馬で駆け抜けるのだ。
◇
「リーゼ先生」
「はい?」
「今日で、治療は終わりなのか?」
「いいえ。まだしばらくは、経過観察が必要です」
リーゼ先生が、微笑んだ。
「でも、殿下はもう大丈夫です。一人で歩けますし、馬にも乗れます」
「あとは、少しずつ筋力を戻していくだけです」
「そうか……」
僕は、少し寂しくなった。
毎日、リーゼ先生と一緒に訓練するのが、楽しかったから。
「でも、また会えますよね」
「もちろんです」
リーゼ先生が、頷いた。
「殿下が困った時は、いつでも呼んでください」
「約束だぞ」
「はい。約束です」
◇
厩舎で、シュテルンが待っていた。
「シュテルン、今日が本番だ」
僕は、シュテルンの首を撫でた。
「一緒に、兄上を驚かせよう」
シュテルンが、力強く嘶いた。
僕は、鞍に跨った。
もう、支えなしでも乗れる。
「行くぞ」
手綱を握り、庭園へ向かった。
◇
祝賀会場の庭園。
兄上が、貴族たちに囲まれている。
「アレクサンダー殿下、お誕生日おめでとうございます」
「これからも、王国のためにご活躍を」
「ありがとう」
兄上が、にこやかに応対している。
でも、その目はどこか寂しそうだった。
僕がいないから、だろう。
「病気のカール殿下は、まだ療養中でしょうか」
「ああ……弟は、部屋で休んでいる」
兄上が、小さく溜息をついた。
「本当は、一緒に祝いたかったのだが……」
その時——
「兄上!」
僕の声が、庭園に響いた。
◇
貴族たちがどよめく。
庭園の入り口から、一頭の白馬が現れた。
その上には——
「カール……!?」
兄上が、目を見開いた。
僕は、シュテルンに乗って庭園に入った。
背筋を伸ばし、堂々と。
「お誕生日おめでとうございます、兄上」
僕は、シュテルンを兄上の前で止めた。
そして、鞍から降りた。
自分の足で、地面に立つ。
「カール……お前、馬に……」
「乗れるようになりました」
僕は、笑顔で言った。
「歩くことも、できます」
僕は、一歩、二歩と兄上に近づいた。
しっかりとした足取りで。
「これが、僕からの誕生日プレゼントです」
◇
兄上の目に、涙が溢れた。
「カール……カール……!」
兄上が、僕を抱きしめた。
大きくて、温かい腕。
僕を守ってくれた、兄の腕。
「よく頑張った……よく頑張ったな……!」
「兄上こそ、ずっと僕を支えてくれた」
僕も、涙を流していた。
「ありがとう、兄上。兄上がいなければ、僕は諦めていた」
「馬鹿を言うな。お前は、自分の力で立ち上がったんだ」
兄上が、僕の肩を掴んだ。
「俺は、お前を誇りに思う」
「兄上……」
◇
周囲の貴族たちが、拍手を始めた。
「素晴らしい! カール殿下が回復されたとは!」
「奇跡だ……!」
「医師は誰なのですか?」
兄上が、声を上げた。
「皆、聞いてくれ!」
庭園が、静まり返った。
「弟を救ってくれたのは、リーゼ・フォン・ハイムダルという医師だ」
「彼女は、まだ十二歳の少女だが——」
「誰も治せなかった弟の病を、見事に治してくれた」
兄上が、リーゼ先生を探した。
リーゼ先生は、庭園の隅で控えめに立っていた。
「リーゼ先生、こちらへ」
僕が、手招きした。
リーゼ先生が、少し恥ずかしそうに歩いてきた。
「リーゼ先生に、心からの感謝を」
兄上が、深々と頭を下げた。
「弟を救ってくれて、ありがとう」
「もったいないお言葉です」
リーゼ先生が、慌てて頭を下げた。
「私は、殿下のお手伝いをしただけです」
「謙遜するな」
兄上が、リーゼ先生の手を取った。
「君は、命の恩人だ。この恩は、一生忘れない」
リーゼ先生の頬が、少し赤くなった。
◇
祝賀会が終わり、夜になった。
僕は、庭園で星を見上げていた。
「シュテルン……」
愛馬の名前を呼ぶ。
「星」という名の馬。
今夜の空には、たくさんの星が輝いている。
「カール」
兄上が、隣に来た。
「今日は、本当に驚いた」
「驚かせたかったんだ」
僕は、笑った。
「兄上は、いつも僕の前にいた。僕は、その背中を追いかけていた」
「……」
「でも、病気になって、追いかけられなくなった。それが、悔しかった」
「カール……」
「だから、もう一度追いかけたかった」
僕は、兄上を見た。
「僕も、兄上の隣に立ちたい」
「守られるだけじゃなく、一緒に戦いたい」
兄上が、微笑んだ。
「お前は、もう十分に強い」
「まだまだだよ。剣も、馬も、兄上には敵わない」
「いいや」
兄上が、僕の肩を叩いた。
「お前は、俺よりも強い」
「病気と戦い、打ち勝った。それは、剣の強さよりも価値がある」
「兄上……」
「俺は、お前を誇りに思う」
兄上が、真剣な目で言った。
「お前は、俺の自慢の弟だ」
僕は、涙を堪えきれなかった。
「ありがとう、兄上……」
◇
僕の名は、カール・フォン・ヴィルヘルムシュタイン。
十歳で病に倒れ、歩くことも、馬に乗ることもできなくなった。
絶望の中で、死を考えたこともあった。
でも、僕は諦めなかった。
兄上が、支えてくれた。
リーゼ先生が、道を示してくれた。
そして、僕は立ち上がった。
◇
折れた翼は、また生える。
諦めなければ、空は飛べる。
それを、僕は学んだ。
これからも、きっと辛いことがあるだろう。
壁にぶつかることも、あるだろう。
でも、僕は知っている。
諦めなければ、道は開ける。
一歩ずつでも、前に進める。
◇
「兄上」
「何だ?」
「いつか、また競争しよう」
「望むところだ」
兄上が、笑った。
「今度こそ、俺が勝つぞ」
「負けませんよ」
僕も、笑った。
星空の下、二人で笑い合った。
かつてのように。
いや——かつて以上に。
僕たちの絆は、病を乗り越えて、さらに強くなった。
◇
リーゼ先生——
君のおかげで、僕は翼を取り戻した。
君がいなければ、僕は飛べなかった。
だから、約束する。
この翼で、高く飛ぶ。
君に恥じない生き方をする。
そして、いつか——
僕も、誰かを救える人間になる。
君のように。
◇
夜空に、流れ星が走った。
僕は、願いを込めた。
——もっと強くなれますように。
——兄上の隣に立てますように。
——そして、リーゼ先生のように、誰かを救える人になれますように。
シュテルンが、厩舎から嘶いた。
まるで、「大丈夫だ」と言っているようだった。
「ありがとう、シュテルン」
僕は、微笑んだ。
「明日から、また頑張るよ」
◇
病気は、僕から多くのものを奪った。
でも、それ以上のものを与えてくれた。
諦めない心。
家族の大切さ。
支えてくれる人への感謝。
そして——生きることの喜び。
◇
僕の翼は、もう折れない。
どんな嵐が来ても、飛び続ける。
一歩ずつ、前に進む。
それが、僕の生き方だ。
リーゼ先生が教えてくれた、生き方だ。
◇
さあ、明日が来る。
新しい一日が始まる。
僕は、その一日を精一杯生きる。
兄上と一緒に。
シュテルンと一緒に。
そして、いつかまたリーゼ先生に会える日まで——
僕は、成長し続ける。
(外伝 カール王子編 完)




