第4話 命の価値
「治ります」
その言葉が、まだ頭の中で響いていた。
◇
「本当に……治るのか」
僕は、もう一度聞いた。
信じられなかった。
半年間、「原因不明」と言われ続けた。
「治る見込みは薄い」と、諦められていた。
それが——
「はい。治ります」
リーゼ先生は、力強く頷いた。
「ただし、時間はかかります」
「長い治療になるでしょう」
「でも——諦めなければ、必ず歩けるようになります」
◇
僕は、言葉が出なかった。
涙が、溢れてきた。
「……本当に」
「本当に、歩けるようになるのか」
「馬にも、乗れるようになるのか」
「はい」
リーゼ先生の目には、確信があった。
「殿下は、また走れるようになります」
「剣も振れるようになります」
「以前のように——活発に動けるようになります」
◇
その時——
扉が開いた。
「カール!」
兄上が、駆け込んできた。
「診察の結果は——」
兄上は、僕の涙を見て、顔色を変えた。
「どうした! 何かあったのか!」
「兄上……」
僕は、涙を拭おうとした。
でも、止まらなかった。
「治るんだ……」
「え……?」
「僕は……治るんだ……!」
◇
「本当ですか」
兄上が、リーゼ先生を見た。
「弟は、治るのですか」
「はい、アレクサンダー殿下」
リーゼ先生が、説明を始めた。
「カール殿下の病気は『若年性皮膚筋炎』です」
「自己免疫疾患の一種で、免疫が誤って筋肉を攻撃しています」
「珍しい病気ですが、治療法がないわけではありません」
「適切な治療を行えば、筋力は回復します」
◇
兄上は、その場に崩れ落ちた。
「……そうか」
「治るのか……」
兄上の目にも、涙が光っていた。
「良かった……」
「本当に、良かった……」
僕は、初めて兄上が泣くのを見た。
いつも強くて、頼りになる兄上。
王位継承者として、決して弱みを見せない兄上。
その兄上が——
僕のために、泣いてくれていた。
◇
「兄上……」
「カール」
兄上が、僕を抱きしめた。
「良かった……本当に良かった……」
「俺は……お前が治らないと言われた時、どうしようかと……」
「兄上……」
「お前がいない未来など、考えられなかった」
「だから……本当に……」
兄上の声は、震えていた。
僕は、兄上の背中に手を回した。
「ありがとう、兄上」
「僕のために、心配してくれて」
◇
リーゼ先生が、静かに言った。
「お二人の絆——とても美しいですね」
「リーゼ先生……」
「カール殿下」
リーゼ先生が、僕を見た。
「治療は、楽ではありません」
「薬を飲み、安静にし、リハビリをする」
「長い戦いになります」
「それでも——頑張れますか?」
僕は、兄上を見た。
兄上は、微笑んで頷いた。
「頑張れる」
僕は、答えた。
「僕は、また歩きたい」
「走りたい」
「馬に乗りたい」
「そのためなら——何でもする」
◇
「素晴らしい決意です」
リーゼ先生が、微笑んだ。
「その気持ちがあれば——必ず治ります」
「病気を治すのは、薬だけではありません」
「患者さん自身の、『治りたい』という気持ちが大切なのです」
「……」
「殿下には、その気持ちがある」
「そして——支えてくれる人がいる」
リーゼ先生は、兄上を見た。
「だから、大丈夫です」
◇
「リーゼ先生」
僕は、言った。
「ありがとうございます」
「他の医者たちは、誰も分からなかった」
「でも、先生は——病名を見つけてくれた」
「希望をくれた」
「本当に、ありがとうございます」
リーゼ先生は、首を横に振った。
「私は、医師として当然のことをしただけです」
「患者さんを診て、病気を見つけ、治療法を示す」
「それが、医師の仕事ですから」
◇
「でも——」
リーゼ先生は、真剣な目で言った。
「一つ、殿下に伝えたいことがあります」
「何ですか?」
「殿下の命には、価値があります」
その言葉に、僕は驚いた。
「殿下は、第二王子です」
「でも、それ以前に——一人の人間です」
「歩けなくても、走れなくても——殿下の価値は変わりません」
「……」
「病気だから価値がない、などということは——絶対にありません」
◇
リーゼ先生の言葉は、僕の心に深く響いた。
正直に言えば——
僕は、自分を責めていた。
歩けなくなって、王子としての務めを果たせなくなった。
兄上の足手まといになっている。
生きている価値があるのか、と思うこともあった。
でも——
「殿下の命には、価値がある」
リーゼ先生は、はっきりとそう言ってくれた。
◇
「先生……」
「治療を始めましょう」
リーゼ先生が、立ち上がった。
「まず、薬を処方します」
「免疫の暴走を抑える薬です」
「それと同時に、安静にしていただきます」
「筋肉の炎症が治まったら、リハビリを始めます」
「分かりました」
僕は、頷いた。
「何でも、言う通りにします」
◇
「アレクサンダー殿下」
リーゼ先生が、兄上に向き直った。
「カール殿下を支えてあげてください」
「もちろんです」
兄上は、力強く答えた。
「弟のためなら、何でもします」
「ありがとうございます」
リーゼ先生が、微笑んだ。
「家族の支えは、何よりの薬になります」
◇
リーゼ先生が、部屋を出て行った後——
僕と兄上は、しばらく黙っていた。
「兄上」
「何だ、カール」
「僕……頑張るから」
「必ず、また歩けるようになるから」
「ああ」
兄上が、僕の頭を撫でた。
「お前なら、できる」
「俺が、そばにいる」
「だから——安心しろ」
◇
その夜——
僕は、久しぶりに眠れた。
悪夢を見ることもなく、穏やかに眠れた。
希望があるというのは、こういうことなのか。
明日が、怖くない。
未来が、暗くない。
リーゼ先生が、僕に光をくれた。
◇
翌日から、治療が始まった。
苦い薬を飲み、安静に過ごす日々。
でも、僕は——希望を持っていた。
いつか、また歩ける。
いつか、また走れる。
いつか、また馬に乗れる。
その日を信じて——
僕は、治療に専念した。




