第3話 光の少女
その日、僕は部屋で待っていた。
新しい医者が来るという。
また、同じことの繰り返しだろう。
診察して、首を傾げて、「原因不明」と言って帰る。
そう思っていた。
◇
「カール殿下、リーゼ・フォン・ハイムダル様がお見えです」
侍従の声が響いた。
「……通してくれ」
僕は、ベッドに体を起こした。
それだけで、息が上がる。
情けない。
扉が開いた。
そして——
「初めまして、カール殿下」
入ってきたのは、小柄な少女だった。
銀色の髪。紫色の瞳。
まるで、妖精のような姿。
僕は、思わず目を見開いた。
「リーゼ・フォン・ハイムダルです」
少女が、丁寧に礼をした。
「本日は、殿下の診察に参りました」
◇
「……君が、医者なのか?」
思わず、失礼な言葉が出た。
「僕と、そう変わらない年に見えるけど」
「はい。十二歳です」
少女——リーゼが、微笑んだ。
「殿下より二つ上ですね」
僕は、戸惑った。
今までの医者とは、まったく雰囲気が違う。
偉そうな態度も、諦めた顔もない。
ただ、真剣な目で僕を見ている。
◇
「早速ですが、診察させていただいてもよろしいですか?」
「……ああ」
僕は、投げやりに答えた。
どうせ、また同じだ。
何も分からないまま、帰るのだろう。
リーゼが、僕の傍に来た。
「失礼します」
彼女の手が、僕の腕に触れた。
小さくて、温かい手。
「殿下、腕を上げられますか?」
「……少しなら」
僕は、腕を上げようとした。
でも、肩の高さまで上がらない。
「では、握手をしてください」
リーゼが、手を差し出した。
僕は、その手を握った。
でも、力が入らない。
「なるほど……」
リーゼの目が、真剣になった。
「次は、足を診せてください」
◇
リーゼの診察は、今までの医者と違った。
細かく、丁寧に、全身を調べていく。
筋肉の一つ一つを触って、動きを確認する。
「ここは、痛みますか?」
「いいえ」
「では、ここは?」
「少し、だるいです」
「なるほど……」
リーゼが、何かをメモしている。
真剣な横顔。
僕と同じくらいの年齢なのに、大人のような落ち着きがあった。
◇
「殿下、いくつか質問させてください」
「何だ?」
「病気が始まったのは、いつ頃ですか?」
「半年ほど前だ。最初は、腕が重く感じるだけだった」
「その前に、熱を出したり、体調を崩したりしましたか?」
「……そういえば」
僕は、思い出した。
「病気の少し前に、風邪のような症状があった」
「熱は高かったですか?」
「そこまでではない。でも、だるさが続いた」
「なるほど……」
リーゼが、頷いた。
◇
「皮膚に、発疹が出たことはありますか?」
「発疹……?」
僕は、記憶を探った。
「そういえば、目の周りが赤くなったことがある」
「今は?」
「もう治った」
「手の甲は?」
リーゼが、僕の手を取った。
「ここに、赤い斑点があったことは?」
「……あった」
そういえば、最初の頃、手の甲に赤い点々が出ていた。
医者たちは、「肌が弱いのだろう」と言って、気にしなかった。
「そうですか」
リーゼの目が、光った。
何かを、確信したような目だった。
◇
「殿下」
リーゼが、僕の目を見た。
「病名が、分かりました」
「……本当か?」
僕は、驚いた。
今までの医者は、誰も分からなかったのに。
「はい。殿下の病気は『若年性皮膚筋炎』です」
「じゃくねんせい……?」
聞いたことのない言葉だ。
「自己免疫疾患の一種です」
リーゼが、説明を始めた。
「人間の体には、外敵から身を守る力があります。それが、免疫です」
「うむ……」
「しかし、その免疫が誤って自分の体を攻撃してしまうことがあります」
「殿下の場合、免疫が筋肉を攻撃しているのです」
◇
「筋肉を……?」
「はい。だから、筋力が低下して、歩けなくなっているのです」
僕は、ようやく理解した。
僕の体の中で、何が起きているのか。
「目の周りの発疹、手の甲の斑点——それも、この病気の特徴です」
「皮膚と筋肉、両方に症状が出るので、『皮膚筋炎』と呼ばれています」
「そうだったのか……」
今まで、誰も気づかなかった。
「原因不明」と、諦められていた。
でも、この少女は——
たった一度の診察で、病名を突き止めた。
◇
「なぜ、分かったのだ?」
僕は、思わず聞いた。
「他の医者たちは、誰も分からなかったのに」
「症状のパターンを見ました」
リーゼが、落ち着いた声で答えた。
「筋力低下の分布、発疹の位置、発症の経過——」
「すべてが、この病気の特徴と一致しています」
「……」
「この病気は、珍しいですが、治療法がないわけではありません」
「正しく診断できれば、対処できるのです」
僕は、リーゼを見つめた。
この少女は、本当に十二歳なのか。
まるで、何十年も医師をやってきたような——
そんな知識と経験を感じる。
◇
「リーゼ……先生」
僕は、初めてそう呼んだ。
「一つ、聞きたいことがある」
「はい。何でしょうか」
「僕は……治るのか?」
それが、一番聞きたかったことだ。
半年間、誰も答えてくれなかった質問。
リーゼが、真剣な目で僕を見た。
そして——
「はい」
力強く、頷いた。
「治ります」
◇
その言葉を聞いた瞬間——
僕の心に、光が差し込んだ。
「本当に……?」
「はい。適切な治療を行えば、筋力は回復します」
「歩けるように、なるのか?」
「必ず」
リーゼの目には、確信があった。
「時間はかかります。楽な道ではありません」
「でも、諦めなければ——必ず歩けるようになります」
◇
僕は、言葉を失った。
半年間、「治らない」と言われ続けた。
「原因不明」と、希望を奪われ続けた。
それが——
「……本当なんだな」
声が、震えた。
「僕は、また歩けるんだな」
「はい」
リーゼが、微笑んだ。
「殿下は、また走れるようになります」
「馬にも、乗れるようになります」
その言葉が——
僕の心を、救った。




