第7話 帰郷
夏休みが近づいていた。
私は、故郷に帰ることを決めた。
◇
「帰省するの?」
リーゼが聞いてきた。
「うん。弟に会いたくて」
「それに、リーゼから学んだことを伝えたいの」
「家族に——『呪い』じゃないって」
リーゼは、微笑んだ。
「そうね。きっと、喜んでくれるわ」
「うん。そう願ってる」
◇
「エリーゼ」
リーゼが、小さな袋を差し出した。
「これ、持っていって」
「何?」
「止血に効く薬草よ」
「もしもの時のために」
私は、その袋を受け取った。
リーゼの優しさが、胸に染みた。
「ありがとう、リーゼ」
「気をつけてね」
◇
馬車に揺られて、故郷へ向かった。
窓の外には、懐かしい風景が広がっている。
緑の丘、澄んだ空——
二年ぶりの帰郷だ。
(ルーカス、元気かな)
胸が高鳴る。
早く会いたい。
◇
屋敷に到着すると——
「お姉ちゃん!」
ルーカスが駆け寄ってきた。
背が伸びている。
でも、あの笑顔は変わらない。
「ルーカス!」
私は弟を抱きしめた。
「大きくなったね」
「お姉ちゃんも、綺麗になった!」
「そう?」
「うん! 王都の空気が合ってるんだね」
ルーカスの目は、キラキラと輝いていた。
元気そうで——安心した。
◇
「エリーゼ」
母が出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま、お母様」
母を抱きしめる。
少し、痩せた気がする。
心労が多いのだろう。
「手紙、読みました」
母が言った。
「『呪い』ではなく『病気』……本当なの?」
「はい、本当です」
私は、力強く答えた。
「今夜、ゆっくり説明させてください」
◇
父は——
「おかえり」
短く言っただけだった。
でも、その目には——
安堵の色が見えた。
「ただいま、お父様」
「……元気そうだな」
「はい。医学院で、たくさん学んでいます」
「そうか」
父は、それ以上何も言わなかった。
でも、それでいい。
言葉より、態度で分かる。
父も、心配してくれていたのだ。
◇
夕食の後、私は家族を集めた。
「話したいことがあります」
全員が、私を見つめている。
「ブルーメンタール家の『呪い』について——」
「医学院で学んだことを、伝えさせてください」
◇
私は、リーゼから学んだことを説明した。
遺伝子という「設計図」のこと。
病気が伝わる仕組みのこと。
男性だけが発症する理由。
「だから、これは『呪い』ではありません」
私は、はっきりと言った。
「医学的に説明できる『病気』なのです」
「誰のせいでもありません」
◇
母が、涙を流していた。
「本当に……『呪い』じゃないの……」
「はい。病気です」
「病気なら——研究できます」
「いつか、治療法が見つかるかもしれません」
「エリーゼ……」
母は、私の手を握りしめた。
「ありがとう……」
「私は、ずっと自分を責めていた……」
「私の血のせいで、ルーカスが……」
「お母様のせいではありません」
私は、母を抱きしめた。
「誰も悪くないのです」
◇
父は、黙って聞いていた。
そして——
「……そうか」
静かに言った。
「『呪い』ではなく『病気』か」
「はい」
「……少し、気が楽になった」
父の声は、震えていた。
「私も、自分を責めていた」
「この家系に生まれたことを……」
「お父様……」
「エリーゼ」
父が、私を見た。
「よく調べてくれた」
「……ありがとう」
その言葉が——何よりも嬉しかった。
◇
「お姉ちゃん」
ルーカスが、私の袖を引っ張った。
「僕の病気のこと、もっと教えて」
「うん。何でも聞いて」
私は、弟の隣に座った。
「僕は、どうすればいいの?」
「まず、怪我をしないように気をつけること」
「激しい運動は、控えること」
「でも、普通に生活することはできるわ」
「本当?」
「本当よ」
私は、弟の頭を撫でた。
「それに——お姉ちゃんが、もっと良い方法を見つけるから」
「待っていてね」
◇
「お姉ちゃん」
ルーカスが、まっすぐ私を見た。
「僕のために、医師になろうとしてるんだよね」
「……うん」
「ありがとう」
弟の目には、涙が光っていた。
「僕、嬉しい」
「お姉ちゃんが、いてくれて」
「ルーカス……」
「でもね」
弟は、笑顔を作った。
「僕のために、無理しないでね」
「お姉ちゃんが幸せなら、僕も幸せだから」
◇
私は、弟を抱きしめた。
「ルーカス……」
泣きたかった。
この子のために、何でもしたい。
この笑顔を守りたい。
「お姉ちゃんは、大丈夫よ」
「医学を学ぶのは、楽しいの」
「それに——素敵な友達もできたわ」
「友達?」
「うん。リーゼっていうの」
「すごく優秀で、優しい子よ」
「彼女がいるから——お姉ちゃんは頑張れるの」
◇
帰省の最後の日。
私は、家族に別れを告げた。
「行ってくるね」
「頑張ってね、お姉ちゃん」
ルーカスが手を振った。
「また、帰ってきてね」
「うん。必ず」
私は、弟を抱きしめた。
「待っていてね」
「必ず、治療法を見つけるから」
◇
馬車が動き出した。
窓から、家族の姿が小さくなっていく。
「行ってきます」
私は、小さく呟いた。
胸の中には——決意が燃えていた。
必ず、弟を救う。
そのために、もっと学ぶ。
もっと研究する。
リーゼと一緒に。
◇
故郷への帰省——
それは、私に力を与えてくれた。
家族の愛。
弟の笑顔。
「呪い」ではなく「病気」だと伝えられた安堵。
全てが、私を強くしてくれた。
◇
王都に戻ったら——
もっと頑張ろう。
リーゼと一緒に、遺伝の研究を進めよう。
いつか、弟を救う日のために。




