第6話 呪いではなく病気
リーゼと出会って、半年が過ぎた頃のことだった。
故郷から、手紙が届いた。
◇
母からの手紙だった。
『エリーゼへ
ルーカスが、また出血しました。
庭で転んで、膝を切ったそうです。
医師を呼んで、何とか止血できましたが、
二日間、寝込んでいました。
彼は元気を取り戻しましたが、
私は心配でなりません。
あなたの研究は、進んでいますか?
いつか、この呪いを断ち切れる日が来ることを
祈っています。
母より』
◇
手紙を読み終えて——
私は、涙が止まらなかった。
「ルーカス……」
また、危険な目に遭っていた。
私が王都にいる間に。
「私は、何をしているの……」
医学院で学んでいるのに——
弟を救う方法は、まだ見つからない。
◇
「エリーゼ?」
リーゼの声がした。
「どうしたの? 泣いてる……」
慌てて涙を拭いた。
「何でもない。ちょっと、故郷が恋しくなっただけ」
「……嘘」
リーゼは、私をじっと見つめた。
「何か、あったんでしょ?」
「話して。私は、エリーゼの味方だから」
◇
その言葉を聞いて——
私は、決心した。
もう、隠し続けることはできない。
リーゼなら、きっと分かってくれる。
「リーゼ……実は……」
「話を、聞いてもらえる?」
「もちろん」
リーゼは、隣に座った。
「何でも、話して」
◇
私は、すべてを話した。
弟のこと。
ブルーメンタール家の「呪い」のこと。
血が止まりにくい病が、男児だけに発症すること。
祖父も叔父も、若くして亡くなったこと。
弟のルーカスも、同じ病を持っていること。
「だから、私は医師になりたかったの」
「弟を救う方法を、見つけたくて……」
「でも、全然見つからない……」
涙が、溢れてきた。
「『呪い』なんて言われたら——もう、どうしようもない気がして——」
◇
リーゼは、黙って聞いていた。
そして——
「エリーゼ」
静かに言った。
「それは、『呪い』じゃないわ」
「え……?」
「それは、『病気』よ」
リーゼの目は、真剣だった。
「遺伝する病気。ちゃんとした原因がある、医学的な病気」
◇
「遺伝……?」
私は、聞き返した。
「それは……親から子に伝わる、ということ?」
「そう。でも、もっと複雑なの」
リーゼは、紙を取り出した。
そして、図を描き始めた。
「人間の体には、『設計図』のようなものがあるの」
「それを、私は『遺伝子』と呼んでいるわ」
「遺伝子……」
「親から子に、この『設計図』が伝わる」
「でも、伝わり方には法則があるの」
◇
リーゼは、図を描きながら説明してくれた。
「エリーゼの家系の病は、特殊な遺伝形式を持っているわ」
「男性だけに発症するのは、偶然じゃない」
「理由があるの」
「理由……」
「女性は、病気の『設計図』を二つ持っていても、一つが正常なら発症しない」
「でも、男性は一つしか持っていないから、それが異常だと発症する」
「だから、女性は『保因者』——病気の設計図を持っているけど、発症しない」
「男性だけが、発症する」
◇
私は、衝撃を受けた。
「そんな……理屈があったの……」
「ええ。『呪い』なんかじゃない」
リーゼは、私の手を握った。
「医学的に説明できる、『病気』なのよ」
「だから——いつか、治療法が見つかる可能性がある」
「本当に……?」
「本当よ」
◇
「今の医学では、完全な治療法はないわ」
リーゼは、正直に言った。
「でも、対処法はある」
「出血を防ぐ方法、止血を早める方法——」
「それを徹底すれば、寿命を延ばすことは可能よ」
「本当に……?」
「ええ。そして——」
リーゼは、真剣な目で言った。
「いつか、もっと良い治療法が見つかるかもしれない」
「医学は、進歩するから」
「私たちが研究を続ければ——」
「きっと、道は開ける」
◇
私は、涙が止まらなかった。
「リーゼ……」
「『呪い』じゃなかった……」
「病気なら——いつか、治せるかもしれない……」
「ええ」
リーゼは、優しく微笑んだ。
「諦めないで、エリーゼ」
「私も、協力するわ」
「一緒に、研究しましょう」
◇
「ありがとう……」
私は、リーゼを抱きしめた。
「ありがとう、リーゼ……」
「本当に……ありがとう……」
八年間、「呪い」だと思い込んでいた。
どうしようもないと、諦めかけていた。
でも——
「病気」なら、研究できる。
治療法を探せる。
希望が、ある。
◇
「リーゼ」
私は、涙を拭いて言った。
「私、諦めない」
「弟を救う方法を、必ず見つける」
「うん」
リーゼは、頷いた。
「私も、手伝うわ」
「遺伝の研究は、これからの医学で重要になる」
「一緒に、学んでいきましょう」
私は、強く頷いた。
◇
その夜、私は母に手紙を書いた。
『お母様へ
ルーカスの件、心配しています。
でも、希望があります。
医学院で出会った友人が、教えてくれました。
ブルーメンタール家の病は、「呪い」ではありません。
「遺伝する病気」——医学的に説明できる病気なのです。
まだ完全な治療法はありませんが、
研究を続ければ、いつか見つかる可能性があります。
私は、諦めません。
必ず、ルーカスを救う方法を見つけます。
そして、お母様。
お母様のせいではありません。
これは「呪い」ではなく、「病気」です。
誰のせいでもありません。
どうか、自分を責めないでください。
エリーゼより』
◇
手紙を書き終えて——
窓の外を見た。
星が、美しく輝いていた。
「ルーカス」
私は、空に向かって呟いた。
「待っていてね」
「お姉ちゃんは、諦めないから」
「必ず、お前を救う方法を見つけるから」
◇
リーゼとの出会い——
それは、私に希望をくれた。
「呪い」を「病気」に変えてくれた。
絶望を、希望に変えてくれた。
彼女は、私にとって——
かけがえのない友人であり、同志であり、恩人だ。
◇
私は、これからも医学を学び続ける。
リーゼと一緒に。
遺伝の研究を進めて——
いつか、弟を救う方法を見つける。
そして、同じ病に苦しむすべての人を救う。
それが、私の新しい誓いだ。




