第8話 新たな医学の夜明け
リーゼが王都に来てから、数週間が過ぎた。
彼女の活躍は、目覚ましかった。
◇
医学院での講義。
王宮での診察。
貴族や高官からの相談。
リーゼは、どんな場面でも的確な判断を下した。
「あの子は、本当にすごい……」
私は、改めて感嘆した。
十二歳とは思えない。
いや、年齢など関係ない。
彼女は、この国で最高の医師だ。
◇
ある日、王宮から使者が来た。
「リーゼ・フォン・ハイムダル様を、王家侍医に任命いたします」
その知らせを聞いて、私は——驚かなかった。
当然の結果だと思った。
「おめでとう、リーゼ君」
「ありがとうございます」
リーゼは、嬉しそうに、でも少し不安そうに言った。
「でも、大丈夫でしょうか……私などが……」
「何を言っている」
私は、力強く言った。
「君ほど、この役職にふさわしい人間はいない」
◇
任命式の日。
リーゼは、正式に王家侍医となった。
式典には、多くの人が集まっていた。
ヴィルヘルム、マルタ、エーリヒ——
そして、私。
「感無量だ……」
私は、呟いた。
一年前——私は、この少女を批判するために訪ねた。
無資格の子供が医療行為をしている、と。
それが今では——
彼女は、王家侍医だ。
この国の医学の頂点に立っている。
◇
式典の後、私はリーゼに話しかけた。
「リーゼ君」
「はい、ハインリヒ先生」
「一年前のことを、覚えているか?」
リーゼは、少し考え込んだ。
「先生が、診療所に来られた日のことですか?」
「ああ。私は——君を試そうとした」
「はい」
「自分の皮膚炎を見せて、診断させた」
「……」
「あの時、君は完璧に診断した」
「私は——完敗した」
◇
リーゼは、静かに微笑んだ。
「先生」
「何だ?」
「私は、あの日のことを——感謝しています」
「感謝……?」
「はい。先生が認めてくださったから——」
「私は、自信を持つことができました」
「……」
「経験豊富な医師が、私の知識を認めてくれた」
「それが、どれほど心強かったか……」
私は、胸が熱くなった。
◇
「私は、プライドを捨てた」
私は、正直に言った。
「二十年の経験が、十一歳の少女に負けた」
「それを認めるのは、屈辱だった」
「でも——」
私は、リーゼの目を見た。
「今は、感謝している」
「え……?」
「君に出会わなければ、私は今も——」
「『これで十分だ』と思い込んで、進歩することを止めていた」
「君が、私に新しい世界を見せてくれた」
◇
リーゼは、目に涙を浮かべた。
「先生……」
「病理学という学問。病気の原因を追求する姿勢」
「それを学んで、私の医学観は変わった」
「そして今——私は、王都で教えている」
「君の知識を、次の世代に伝えている」
「……」
「これが、私の役目だ」
「君と出会ったから、見つけられた役目だ」
◇
リーゼは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「私こそ、先生に感謝しています」
「先生が王都で病理学を広めてくださったから——」
「私の知識が、受け入れられる土壌ができました」
「一人では、何もできなかった」
「先生がいてくださったから、今の私がいます」
◇
私たちは、固く握手した。
師弟というより——同志として。
医学の発展という同じ目標を持つ、仲間として。
「これからも、よろしく頼む」
「はい。こちらこそ」
◇
その夜、ヴィルヘルムを交えて、三人で話した。
「これから、どうしますか?」
ヴィルヘルムが聞いた。
「まず、病理学の体系化を進めます」
リーゼが答えた。
「知識を文書化し、教科書を作る」
「私の頭の中にあるものを、誰でも学べる形にしたい」
「素晴らしい」
ヴィルヘルムが頷いた。
「私は、医学院でその教育を推進します」
「ハインリヒ先生には、引き続き講義をお願いしたい」
「もちろんだ」
私は、答えた。
「病理学を、この国の医学の基礎にする」
「そのために、できる限りのことをする」
◇
私は、窓の外を見た。
王都の夜空には、星が輝いていた。
「新しい医学の夜明けだな……」
「はい」
リーゼが、隣に並んだ。
「長い道のりになると思います」
「でも、必ず——この国の医学を変えられます」
「ああ。そう信じている」
◇
振り返れば、不思議な縁だった。
私は——リーゼの「敵」として、彼女を訪ねた。
無資格の子供が医療行為をしている。
許せない——そう思って。
しかし、完敗した。
プライドは粉々に砕けた。
それでも——
事実を認める正直さだけは、捨てなかった。
そのおかげで、新しい世界が開けた。
◇
「敵から味方へ」
私は、呟いた。
「人生は、面白いものだな」
「先生?」
「いや、独り言だ」
私は、リーゼに微笑みかけた。
「これからも、よろしく頼む——同志」
リーゼも、微笑んだ。
「はい。よろしくお願いします——同志」
◇
こうして、私の物語は一つの区切りを迎えた。
隣町の開業医から、王都の病理学教授へ。
リーゼの敵から、味方へ。
その道のりは、決して楽ではなかった。
隣町の集団食中毒で、病理学の力を知った。
プライドを捨て、学び直し、新しい挑戦を続けた。
でも——
それが、正しい選択だったと、今は確信している。
◇
医学に、終わりはない。
学び続けること。
謙虚であり続けること。
それが、医師として——いや、人間として大切なことだ。
リーゼが、私にそれを教えてくれた。
そして今度は、私が——
次の世代に、それを伝えていく。
新たな医学の夜明けを、共に迎えるために。
(完)




