第7話 教壇に立つ
王都に来て、半年が過ぎた。
私は、医学院の病理学教授として、教壇に立っていた。
◇
「病気には、必ず原因があります」
私は、学生たちに語りかけた。
「その原因を突き止めれば、治療法も予防法も見えてくる」
「それが、病理学の基本的な考え方です」
学生たちは、真剣にメモを取っている。
「先生、質問があります」
一人の学生が手を挙げた。
「病気の原因とは、具体的に何ですか?」
「良い質問だ」
私は、頷いた。
「例えば、感染症の場合——」
「目に見えない小さな生き物が、原因となることがあります」
「細菌と呼ばれるものです」
◇
学生たちの反応は、様々だった。
「目に見えない生き物……?」
「本当にそんなものが存在するのですか?」
「証明されているのですか?」
疑問の声が上がる。
当然だ。私も最初は信じられなかった。
「まだ、この国では証明されていません」
私は、正直に答えた。
「しかし、実際の症例から、その存在を推測することができます」
「傷んだ魚を食べて、食中毒が発生した例——」
「これは、食品の中に何か目に見えないものがあったことを示唆しています」
◇
講義の後、ヴィルヘルムが声をかけてきた。
「素晴らしい講義でした」
「いえ、まだまだ試行錯誤です」
「学生たちの反応は、上々ですよ」
ヴィルヘルムは、微笑んだ。
「従来の医学とは違う視点——それが、刺激になっているようです」
「そうだといいのですが……」
「ところで」
ヴィルヘルムの表情が、少し真剣になった。
「リーゼ様のこと、覚えていますか?」
◇
「もちろんです」
私は、即答した。
「彼女のことは、一日も忘れたことがない」
「実は——」
ヴィルヘルムが言った。
「王都に来られるそうです」
「え……?」
「国境付近で疫病が発生し、見事に対処されたとか」
「その功績が認められ、王都に招かれることになったと」
私は、驚きで言葉を失った。
リーゼが——ついに王都に来る。
◇
数日後、リーゼが医学院を訪れた。
「ハインリヒ先生!」
リーゼが、駆け寄ってきた。
マルタとエーリヒも一緒だった。
「リーゼ君……久しぶりだな」
「半年ぶりですね」
リーゼは、嬉しそうに微笑んだ。
「先生、お元気そうで良かったです」
「ああ。君も、元気そうだ」
「はい。おかげさまで」
◇
ヴィルヘルムが、リーゼに挨拶した。
「お会いできて光栄です」
「ハインリヒ先生から、お話は聞いております」
「私こそ、光栄です」
リーゼは、丁寧に頭を下げた。
「シュタイナー院長代理のお名前は、以前から存じておりました」
「医学の発展に尽力されていると」
「いえいえ、まだまだこれからです」
ヴィルヘルムは、リーゼをまじまじと見つめた。
「本当に……十二歳なのですね」
「はい。来月で十三歳になります」
「信じられない……」
◇
私は、ヴィルヘルムに提案した。
「リーゼ君を、学生たちに紹介してもいいでしょうか」
「もちろんです。むしろ、ぜひお願いしたい」
「リーゼ君、いいかな?」
「はい。喜んで」
リーゼは、快く承諾した。
◇
翌日の講義。
教室には、いつもより多くの学生が集まっていた。
リーゼの噂を聞きつけたのだろう。
「今日は、特別なゲストを紹介します」
私は、リーゼを教壇に招いた。
「リーゼ・フォン・ハイムダル様です」
「私の師匠であり、病理学の先駆者です」
学生たちが、ざわめいた。
「子供じゃないか……」
「本当に医師なのか……」
◇
リーゼは、落ち着いた様子で学生たちを見渡した。
「皆さん、初めまして」
「年齢のことで驚かれていると思いますが——」
「医学に、年齢は関係ありません」
「大切なのは、知識と、患者を救いたいという気持ちです」
その言葉に、教室が静まり返った。
「今日は、感染症の原因について、お話しさせていただきます」
◇
リーゼの講義は、圧巻だった。
細菌の概念。
感染経路。
予防と治療。
すべてが、論理的で分かりやすかった。
学生たちは、食い入るように聞いていた。
「信じられない……」
「本当に、すごい知識だ……」
「これが、病理学か……」
講義が終わると、拍手が起こった。
◇
「素晴らしかったです」
私は、リーゼに言った。
「いえ、ハインリヒ先生の教えがあったからです」
「私は何も教えていない。むしろ、教わったのは私だ」
「それでも——」
リーゼは、真剣な目で言った。
「先生が王都で病理学を広めてくださったから——」
「学生たちの土壌ができていました」
「だから、私の話も受け入れてもらえたのです」
◇
その言葉が、嬉しかった。
私がやってきたことは、無駄ではなかった。
リーゼの知識を受け入れる土壌を、作ることができた。
「これからも、一緒に頑張ろう」
私は、リーゼの肩に手を置いた。
「この国の医学を、変えていこう」
「はい。よろしくお願いします」
リーゼは、嬉しそうに微笑んだ。
◇
その夜、ヴィルヘルムと三人で食事をした。
「今日の講義は、歴史的な瞬間でした」
ヴィルヘルムが言った。
「新しい医学の幕開けです」
「大げさですよ」
リーゼが、照れたように言った。
「いいえ、大げさではありません」
私は、真剣に言った。
「今日、学生たちの目が変わった」
「病理学という新しい視点——それが、彼らの中に芽生えた」
「これから、この国の医学は変わっていく」
「そう確信しています」
◇
ヴィルヘルムは、深く頷いた。
「私も、同じ思いです」
「リーゼ様の知識、ハインリヒ先生の経験——」
「そして、私の立場からできること」
「三人で力を合わせれば、必ず変えられます」
私たちは、グラスを合わせた。
新しい医学の夜明けに——乾杯。




