第7話 近衛騎士団
王都に到着して、数日が過ぎた。
リーゼは医学院での手続きを終え、俺はヴィルヘルム先生から近衛騎士団への推薦状を受け取っていた。
◇
「これを持って、騎士団本部に行ってください」
ヴィルヘルム先生が、封筒を俺に渡してくれた。
「お父上からの推薦状と、私からの添え状です。入団試験を受ける資格が得られるはずです」
「ありがとうございます」
俺は、深く頭を下げた。
リーゼが、少し心配そうに俺を見ていた。
「お兄様、頑張ってね」
「ああ。必ず合格して見せる」
俺は、リーゼの頭を撫でた。
「お前も、医学院で頑張れよ」
「はい」
リーゼが微笑んだ。
俺たちは、それぞれの道へ向かった。
◇
騎士団本部は、王宮の西側にあった。
威厳のある石造りの建物。門には王国の紋章が刻まれている。
俺は、緊張しながら門をくぐった。
「何用だ?」
門番の騎士が、俺を見下ろした。
「入団試験を受けに参りました。ハイムダル辺境伯爵家のエーリヒです」
「推薦状は?」
俺は、封筒を差し出した。
門番は、中身を確認した。その表情が、少し変わった。
「ハイムダル家か。疫病を封じ込めた領地だな」
「はい」
「待っていろ。案内の者を呼ぶ」
◇
しばらく待つと、若い騎士がやってきた。
「ハイムダル殿だな。こちらへ」
俺は、案内されて建物の中に入った。
長い廊下。壁には歴代の騎士団長の肖像画が飾られている。どの顔も、威厳と誇りに満ちていた。
「ここだ」
案内された部屋には、何人かの人物がいた。
その中央に座っている男——年配だが、鋭い目をしている。
「近衛騎士団副団長、ヴォルフガングだ」
副団長が、俺を見据えた。
「ハイムダル辺境伯爵家のエーリヒだな」
「はい」
「推薦状は確認した。15歳か。若いな」
「はい」
「なぜ、近衛騎士団を志望する?」
俺は、真っ直ぐに答えた。
「守りたい人がいるからです」
「守りたい人?」
「妹です。妹が王都の医学院で学んでいます。その妹を、守りたいのです」
副団長の目が、少し驚いたように見開かれた。
「妹を守るために、近衛騎士団に?」
「はい。近衛騎士団は、王国で最も強い騎士団だと聞きました。そこで学べば、妹を守れると思いました」
副団長は、しばらく俺を見つめていた。そして——
「面白い奴だ」
少しだけ、口元が緩んだ。
「いいだろう。試験を受けさせてやる。明後日、訓練場に来い」
「はい! ありがとうございます!」
俺は、深く頭を下げた。
◇
二日後。入団試験の日が来た。
訓練場には、俺以外にも何人かの受験者がいた。みんな、俺より年上だ。
「15歳? 若いな」
「近衛騎士団を舐めるなよ」
「子供が来る場所じゃない」
嘲笑の声が聞こえる。
俺は、気にしなかった。実力で証明すればいい。
「試験を始める」
副団長の声が響いた。
「剣術、馬術、体術。すべてにおいて、一定の水準を満たした者のみが合格となる」
◇
最初は、剣術試験だった。
「エーリヒ・フォン・ハイムダル。前へ」
俺は、剣を握って前に出た。
相手は、俺より年上の受験者。体格も、経験も、俺より上だろう。
「始め」
相手が、斬りかかってきた。
速い——だが、師匠の訓練はもっと厳しかった。
俺は、相手の動きを見た。隙を見つける。そして——
「うおっ!?」
一瞬の隙を突いて、相手の剣を弾き飛ばした。
「勝者、エーリヒ」
審判の声が響いた。
周囲がざわめいた。
「15歳が……」
「まぐれだ」
「いや、動きが……」
俺は、次の試験に備えた。
◇
2日目は、馬術試験だった。
これは、自信があった。領地で何度も馬に乗っていたから。
障害物を越え、速度を競い、馬を自在に操る。
「見事だな」
試験官が、感心したように言った。
「この若さで、これだけ乗れるとは」
「ありがとうございます」
「領地で、よほど訓練したのだな」
「はい。師匠に、厳しく鍛えられました」
試験官が、頷いた。
「良い師匠に恵まれたようだな」
◇
3日目、最後の試験。
これは、実戦形式の模擬戦だった。
「最後の試験は、私が相手をしよう」
副団長自身が、剣を構えた。
「近衛騎士団の副団長として、お前の実力を見極める」
俺は、緊張した。
副団長——つまり、王国でも屈指の剣士だ。
勝てるわけがない。
でも——
「お願いします」
俺は、剣を構えた。
勝てなくてもいい。ただ、全力を見せる。
「行くぞ」
副団長が、動いた。
速い——!
俺は、必死に剣を振った。防ぎ、躱し、反撃する。
でも、すべてが届かない。副団長の剣は、俺の何倍も速く、何倍も正確だった。
「くっ……!」
何度も弾き飛ばされた。何度も地面に叩きつけられた。
でも、俺は立ち上がった。
「まだだ……!」
「諦めないか」
「諦めるわけにはいかない。俺には、守りたい人がいる」
俺は、再び剣を構えた。
「負けられない理由があるんです」
副団長の目が、少し変わった。
「……いいだろう。見せてみろ」
俺は、最後の力を振り絞った。
師匠に教わったすべてを。父上から受け継いだ誇りを。
そして——リーゼを守る、という誓いを。
「おおおおっ!!」
渾身の一撃。
副団長は、それを軽く受け止めた。でも——
「……ほう」
少しだけ、感心したような声が聞こえた。
「悪くない」
◇
試験が終わった。
俺は、疲れ果てて地面に座り込んでいた。
「エーリヒ・フォン・ハイムダル」
副団長の声がした。
「はい」
「合格だ」
俺は、耳を疑った。
「え……?」
「近衛騎士団への入団を許可する。明日から、見習い騎士として訓練に参加しろ」
「本当ですか……?」
「嘘を言ってどうする」
副団長が、微笑んだ。
「お前の実力は、まだ未熟だ。だが、意志の強さは本物だ」
「……」
「守りたい人がいると言ったな。その想いを、忘れるな」
「はい……!」
俺は、深く頭を下げた。
合格した。近衛騎士団に入れた。
これで、リーゼを守れる。王都で、リーゼの傍にいられる。
◇
その夜、リーゼに報告した。
「お兄様、すごい!」
リーゼが、飛び跳ねて喜んだ。
「近衛騎士団に合格したの!?」
「ああ。明日から、見習い騎士だ」
「おめでとう! 本当におめでとう!」
リーゼが、俺に抱きついてきた。
「お兄様がいてくれて、本当に心強い」
「当たり前だ。お前を守るために来たんだからな」
俺は、リーゼの頭を撫でた。
「これからも、傍にいるからな」
「うん。ありがとう、お兄様」
リーゼが、嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は思った。
この笑顔のために、俺は剣を振る。
近衛騎士団の見習いとして、もっと強くなる。
リーゼを守れる、本当の騎士に。
15歳の俺は、新しい一歩を踏み出した。




