第6話 旅立ちの決意
あの疫病から、さらに数ヶ月が過ぎた。
そして、リーゼはついに決断を下した。
◇
「王都に、行くことにしました」
リーゼが、家族の前で宣言した。
父上と母上は、複雑な表情だった。娘を遠くに送り出す寂しさと、娘の成長を喜ぶ気持ちと。
「本当に、決めたのね」
母上が、涙を浮かべながら言った。
「はい。私には、もっと学ぶべきことがあります」
リーゼの目は、真っ直ぐだった。
「王都の医学院で学んで、もっと多くの人を救いたいんです」
「……分かった」
父上が、頷いた。
「お前の決断を、尊重しよう」
「お父様……ありがとうございます」
リーゼが、深く頭を下げた。
俺は、黙ってその様子を見ていた。
◇
その夜、俺は父上の書斎を訪ねた。
「父上。俺も、王都に行かせてください」
「分かっている」
父上は、すでに用意していたかのように、一通の書状を差し出した。
「近衛騎士団への推薦状だ」
「これは……」
「ハイムダル家の当主として、お前を推薦する。あとは、お前の実力次第だ」
俺は、震える手で書状を受け取った。
「ありがとうございます」
「エーリヒ」
父上が、俺の目を見た。
「リーゼを頼む」
「……はい」
「あの子は、特別だ。多くの人を救える力を持っている。だが、それゆえに——」
父上の目が、曇った。
「妬まれることもあるだろう。敵も作るだろう。危険な目に遭うこともあるかもしれない」
「……」
「その時、お前が傍にいてやれ」
俺は、深く頷いた。
「必ず、守ります。命に代えても」
「頼んだぞ」
父上が、初めて俺の肩を叩いた。
その手は、温かかった。
◇
出発の日が近づいていた。
リーゼは、マルタさんと別れの準備をしていた。
「マルタさん……一緒に来てほしかった」
リーゼが、涙を浮かべていた。
「私も、同じ気持ちです」
マルタさんも、目を赤くしていた。
「でも、この診療所を守らなければ。お嬢様が帰ってくる場所を」
「マルタさん……」
「行ってらっしゃい。そして、立派になって帰ってきてください」
二人が抱き合う姿を、俺は少し離れた場所から見ていた。
リーゼには、俺以外にも大切な人がいる。
マルタさん。父上。母上。領地の人々。
リーゼは、多くの人に愛されている。
そして、俺はその中心にいる。妹を守る、兄として。
◇
出発の朝。
馬車の前に、家族が集まっていた。
「気をつけて」
母上が、リーゼを抱きしめた。
「はい、お母様」
「無理はしないで。体を大切にね」
「はい」
父上は、俺に向き直った。
「エーリヒ。言いたいことは、昨夜言った」
「はい」
「あとは、お前に任せる」
「はい。必ず、リーゼを守ります」
俺は、深く頭を下げた。
◇
馬車が動き出した。
窓から、手を振る家族が見える。
マルタさんも、涙を拭きながら手を振っていた。
「お兄様」
リーゼが、俺を見た。
「怖い?」
「……少し」
リーゼが、正直に答えた。
「王都は、知らない場所だから。うまくやれるか、分からない」
「大丈夫だ」
俺は、リーゼの手を握った。
「俺がいる。何があっても、お前を守る」
「……うん」
「約束しただろ? お前の帰る場所は、俺が守るって」
リーゼの目に、涙が浮かんだ。
「お兄様……ありがとう」
「泣くな。これから新しい場所に行くのに、泣き顔はまずいだろ」
「……うん」
リーゼが、涙を拭いて笑った。
その笑顔を見て、俺は思った。
この笑顔を、絶対に守る。
王都で何が待っていても、俺はリーゼの傍にいる。
◇
馬車は、王都に向かって進んでいく。
新しい世界。新しい挑戦。
リーゼは医学院へ。俺は近衛騎士団へ。
道は違うが、目的は同じだ。
リーゼが安心して学べるように。リーゼが人を救えるように。
俺は、騎士として妹を守る。
「お兄様」
「何だ?」
「一緒に来てくれて、ありがとう」
「……当たり前だ」
俺は、窓の外を見た。
見慣れた風景が、少しずつ変わっていく。
新しい場所。新しい人々。新しい試練。
でも、怖くはなかった。
リーゼがいる。俺がいる。
二人で、乗り越えていける。
15歳の俺は、そう信じていた。
◇
数日後、王都が見えてきた。
「すごい……」
リーゼが、窓から身を乗り出した。
「大きい……」
王都は、想像以上に巨大だった。
高い城壁。立ち並ぶ建物。行き交う人々。
ハイムダル領とは、比べ物にならない規模だ。
「ここが、王都か……」
俺も、息を呑んだ。
「お兄様、緊張してる?」
「……少しな」
「私も」
リーゼが、俺の手を握った。
「でも、大丈夫。一緒だから」
「ああ」
俺も、リーゼの手を握り返した。
「一緒だからな」
馬車が、王都の門をくぐった。
新しい生活が、始まる。




