第3話 守るべきもの
リーゼが変わってから、1年が過ぎた。
俺は14歳。騎士見習いとしての訓練も、本格的になっていた。
◇
「診療所を開きたいの」
ある日、リーゼが父上に願い出た。
「診療所?」
「はい。村の人たちを、もっとちゃんと診たいの」
父上は、難しい顔をした。
「お前は、まだ11歳だ」
「年齢は関係ありません。私には、人を救える知識があります」
リーゼの目は、真剣だった。11歳の少女とは思えない、強い意志の光。
俺は、黙って見ていた。
「……エーリヒ」
父上が、俺を見た。
「お前は、どう思う?」
「俺は……」
俺は、リーゼを見た。妹は、じっと俺を見つめている。
「リーゼを信じます」
「……」
「この1年、リーゼは何人もの人を救ってきました。俺の怪我も、村人の病気も」
俺は、はっきりと言った。
「妹には、本当の力があります。それを、発揮させてあげてください」
父上は、しばらく沈黙した。そして——
「分かった。屋敷の一室を使え」
「お父様……!」
リーゼの顔が、輝いた。
「ありがとうございます!」
「ただし、マルタと一緒にだ。一人ではやらせない」
「はい! もちろんです!」
リーゼが、嬉しそうに飛び跳ねた。
その姿は、やはり11歳の少女だった。
◇
診療所が開設された。
最初は、村人たちも半信半疑だった。
「本当に、11歳のお嬢様が診てくれるのか?」
「大丈夫なのか?」
でも、リーゼの診察を受けた人たちは、みんな驚いた。
「すごい……本当に治った……」
「リーゼお嬢様は、天才だ……」
噂は、あっという間に広がった。
俺は、訓練の合間に診療所を覗きに行くことがあった。
「次の方、どうぞ」
リーゼが、落ち着いた声で患者を呼ぶ。その姿は、とても11歳には見えなかった。
「お兄様」
俺に気づいたリーゼが、微笑んだ。
「見学?」
「ああ。邪魔じゃないか?」
「ううん。嬉しい」
リーゼは、次の患者の診察を始めた。
俺は、壁際に立って見ていた。
妹が、人を救っている。俺が剣を振っている間に、リーゼは人の命を救っている。
不思議な気持ちだった。
誇らしくもあり、少し寂しくもあり。
◇
「エーリヒ、悩んでいるな」
訓練の後、師匠が言った。
「え……」
「剣に迷いがある。何かあったか」
俺は、少し迷ってから、正直に話した。
「妹が、すごいんです」
「妹?」
「11歳なのに、医者のように人を救っています。俺が剣を振っている間に」
師匠は、黙って聞いていた。
「俺は、騎士になってリーゼを守ると誓いました。でも……」
俺は、拳を握りしめた。
「リーゼは、俺の助けなんか必要ないんじゃないかって。自分で何でもできるんじゃないかって」
「……」
「俺は、必要ないんじゃないかって」
師匠は、しばらく沈黙した。そして——
「馬鹿者」
「え?」
「お前の妹は、医術で人を救う。お前は、剣で人を守る。役割が違うだけだ」
師匠の目が、俺を見据えた。
「医者が病気を治せても、盗賊から身を守ることはできん。敵の刃を止めることはできん」
「……」
「お前の妹がどれほど優秀でも、剣は振れまい。それは、お前の役目だ」
俺は、はっとした。
「お前は、お前にしかできないことをしろ。それが、守るということだ」
「……はい」
俺は、深く頷いた。
そうだ。リーゼには、リーゼの役目がある。俺には、俺の役目がある。
比べる必要はない。俺は、俺のやり方で妹を守ればいい。
◇
その夜、リーゼの部屋を訪ねた。
「お兄様? どうしたの?」
「いや……少し話がしたくて」
俺は、リーゼの向かいに座った。
「診療所、うまくいってるか?」
「うん。毎日、患者さんが来てくれるの」
「そうか。良かったな」
「お兄様も、訓練頑張ってるね」
「ああ」
しばらく、沈黙が流れた。
「リーゼ」
「なに?」
「俺は、お前を守ると誓った」
「うん」
「でも、お前は自分で何でもできる。俺なんか、必要ないんじゃないかって思ってた」
リーゼが、驚いた顔をした。
「そんなこと……」
「でも、違うって分かった」
俺は、リーゼの目を見た。
「お前には、お前の役目がある。俺には、俺の役目がある」
「……」
「お前が人を救っている間、俺はお前を守る。お前が安心して医療ができるように、俺が剣を振る」
リーゼの目に、涙が浮かんだ。
「お兄様……」
「だから、安心しろ。俺は、いつでもお前の傍にいる」
「……ありがとう」
リーゼが、小さく呟いた。
「お兄様がいてくれるから、私は安心して働ける」
「当たり前だ」
俺は、リーゼの頭を撫でた。
「お前は、俺の大切な妹だからな」
◇
それから、俺の訓練への姿勢が変わった。
ただ強くなるためではない。リーゼを守るために、強くなる。
その目的が明確になってから、剣の腕は急速に上達した。
「良くなったな、エーリヒ」
師匠が、満足そうに頷いた。
「迷いが消えた」
「はい。自分の役目が、分かりました」
「そうか」
師匠は、微笑んだ。
「お前は、良い騎士になれる」
「……ありがとうございます」
俺は、剣を握りしめた。
この剣で、リーゼを守る。リーゼが安心して人を救えるように。
それが、俺の使命だ。
◇
ある日、診療所に不穏な噂が流れてきた。
「隣町の医者が、リーゼお嬢様のことを批判しているらしい」
「子供が医療行為をするなんて、けしからんって」
俺は、眉をひそめた。
「そいつは、どこのどいつだ」
「ハインリヒという医者だそうです」
俺は、すぐにリーゼのところに行った。
「その話、聞いたか?」
「うん。ハインリヒ先生のこと?」
リーゼは、意外と落ち着いていた。
「気にしてないのか?」
「少しは気になるけど……でも、仕方ないの」
「仕方ない?」
「11歳の子供が医療行為をしてるなんて、普通は信じられないでしょ?」
リーゼが、苦笑した。
「批判されるのは、当然よ」
「でも……」
「大丈夫。結果で証明するから」
リーゼの目は、強かった。
「私の治療を受けた人たちが、証人になってくれる」
俺は、妹の強さに感心した。
「……分かった。でも、何かあったら言えよ」
「うん。ありがとう、お兄様」
リーゼが、微笑んだ。
俺は、心の中で誓った。
リーゼを批判する奴がいたら、俺が守る。言葉ではなく、行動で。
騎士として。兄として。




