表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら十歳の幼女医師でした~前世の医学知識で異世界医療を改革します~  作者: NN
外伝 マルタ編 三十年の薬草師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/131

第7話 大疫病の記憶

あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。


マルタ、52歳。リーゼお嬢様、12歳。隣町で、疫病が発生した年のことだった。


   ◇


最初に噂を聞いたのは、市場でだった。


「隣町で、病が流行っているらしい」


「高熱と、激しい下痢だと」


「もう、何人も亡くなったって…」


私は、血の気が引いた。


疫病——25年前、私から夫と師匠を奪った、あの恐怖が蘇る。


「マルタ、どうしたの?」


リーゼが、私の顔色の変化に気づいた。


「お嬢様…隣町で、疫病が…」


その言葉を聞いた瞬間、リーゼの目が変わった。紫の瞳に、強い決意の光が宿る。


「行かなきゃ」


「え…?」


「私たちが、行かなきゃ」


   ◇


その夜、リーゼは伯爵様に直談判した。


「お父様。隣町に行かせてください」


「何を言っているんだ、リーゼ。疫病が流行っている場所に、お前を行かせるわけにはいかない」


「でも、私には知識があります。人を救える知識が」


「危険すぎる。お前まで感染したらどうする」


伯爵様の声は、厳しかった。でも、その目には深い愛情があった。娘を失いたくない——その思いが伝わってきた。


私は、25年前の自分を思い出した。師匠アデラと一緒に、疫病に立ち向かった日々。そして、すべてを失った日。


「お嬢様…本当に、行くおつもりですか」


私は、小さく聞いた。


「もちろん」


リーゼは、迷いなく答えた。


「放っておけない。多くの人が苦しんでいるのに」


その目を見て、私は決心した。


「私も、行きます」


「マルタ…」


「25年前、私は疫病で夫と師匠を失いました」


私の声が震えた。


「でも、今度は違います。お嬢様と一緒なら、きっと——」


リーゼが、私の手を握った。


「一緒に行こう、マルタ」


「はい」


   ◇


伯爵様は、最終的に許可を出してくれた。ただし、エーリッヒ様を護衛として同行させる条件で。


「必ず、無事に帰ってこい」


「はい、お父様」


伯爵夫人は、涙を流しながら私たちを見送った。


「リーゼ…マルタ…どうか、無事で…」


「大丈夫です、お母様」


リーゼは、優しく微笑んだ。


「私は、負けません」


   ◇


馬車で半日。隣町に到着した時、私は言葉を失った。


25年前の悪夢が、蘇ったようだった。


通りには、病人があふれている。呻き声。泣き声。死臭。すべてが、あの時と同じだった。


「ひどい…」


エーリッヒ様が、顔を歪めた。


「こんなに多くの人が…」


でも、リーゼは違った。怯むことなく、前に進んだ。


「マルタ、まず患者の隔離から始めるわ」


「隔離…?」


「健康な人と病人を分けるの。感染を広げないために」


私は、驚いた。25年前、私たちはそこまで体系的な対策を取れなかった。ただ、目の前の患者を治療することで精一杯だった。


「それから、手洗いと消毒を徹底させる。水は必ず煮沸してから使う」


リーゼは、次々と指示を出していった。


「脱水を防ぐために、塩と砂糖を溶かした水を飲ませる」


「高熱には、解熱の薬草を」


「排泄物は、離れた場所に埋める」


すべてが、理に適っていた。私の知らない知識——前世の医学が、ここで発揮されている。


   ◇


町長と会い、リーゼは対策を説明した。


「12歳の子供が、何を言っているんだ」


最初、町長は懐疑的だった。当然だ。12歳の少女が、疫病対策を指揮するなど、普通はあり得ない。


でも、リーゼは諦めなかった。


「私の言う通りにしてください。さもなければ、この町は全滅します」


その目は、真剣だった。子供の目ではない。何百人もの命を背負った、医師の目だった。


町長は、しばらく沈黙した。そして——


「分かった。やってみろ」


   ◇


それからの日々は、激闘だった。


朝から晩まで、患者の治療。隔離区画の設置。衛生管理の徹底。水源の確保。


私は、リーゼの隣で働き続けた。


「マルタ、この患者は脱水が進んでいるわ。塩水を飲ませて」


「はい」


「こっちの患者は、熱が下がってきた。回復期に入ったわね」


「良かった…」


リーゼの判断は、的確だった。どの患者が危険で、どの患者が回復に向かっているか。一目で見分けていた。


そして、何より驚いたのは——


「感染を防ぐ方法が、ちゃんとあるのよ」


リーゼの対策のおかげで、私たちは感染しなかった。手洗い。消毒。患者との接触の仕方。すべてに、理由があった。


25年前、私は何も知らなかった。ただ必死に働いて、そして夫と師匠を失った。


でも今、リーゼと一緒なら——


「マルタ、大丈夫?」


「はい…大丈夫です」


私は、涙を堪えた。今は、泣いている場合ではない。


   ◇


1週間が過ぎた。患者の増加が、止まり始めた。


「隔離が効いてきたわ」


リーゼは、記録を見ながら言った。


「新規患者が減っている。あと1週間で、終息できるかもしれない」


私は、安堵した。本当に、終わりが見えてきた。


「お嬢様…すごいです」


「マルタのおかげよ」


「いえ、私は何も…」


「あなたがいなかったら、私一人では無理だった」


リーゼが、私を見た。


「薬草の調合も、患者の看護も、あなたが支えてくれたから」


その言葉に、私は泣きそうになった。


「ありがとうございます、お嬢様…」


   ◇


そして、3週間後。疫病は、終息した。


死者は30人を超えた。でも、もしリーゼがいなければ、もっと多くの命が失われていただろう。


「本当に、ありがとうございました」


町長が、深く頭を下げた。


「あなた方のおかげで、この町は救われました」


「いえ」


リーゼは、静かに答えた。


「救えなかった命もあります。もっと早く来ていれば…」


「そんなことはありません」


町長は、首を振った。


「あなたは、12歳でこれだけのことをした。奇跡です」


「…」


「この恩は、一生忘れません」


   ◇


帰りの馬車の中。私は、リーゼに聞いた。


「お嬢様。25年前、私は疫病で夫と師匠を失いました」


「…」


「あの時の私には、何もできませんでした。ただ、目の前の人を治療することしか」


私の声が震えた。


「でも今回は、違いました。お嬢様の知識のおかげで、多くの命が救われました」


「マルタ…」


「ありがとうございます」


私は、涙を流した。


「お嬢様と出会えて、本当に良かった」


リーゼも、目を潤ませていた。


「私こそ、マルタに感謝してる」


「え…?」


「一人じゃ、怖かった。疫病と戦うのは、初めてだったから」


リーゼは、私の手を握った。


「でも、マルタがいてくれたから、頑張れた」


「お嬢様…」


「これからも、一緒にいてね」


「はい」


私は、深く頷いた。


「どこまでも、お供します」


   ◇


屋敷に帰ると、伯爵様と伯爵夫人が出迎えてくれた。


「よく、無事で帰ってきた」


伯爵様が、リーゼを抱きしめた。


「心配したぞ」


「ごめんなさい、お父様」


「いや、いい。お前は、立派なことをした」


伯爵様の目に、誇らしさがあった。


「マルタも、ご苦労だった」


「いえ、私は…」


「お前がいてくれたから、リーゼは無事だった。感謝する」


私は、深く頭を下げた。


「光栄です」


   ◇


その夜。私は、一人で星を見ていた。


師匠アデラ。トーマス。


今日、私はようやく、25年前の悲しみを乗り越えられた気がします。


あの時、私は何もできませんでした。ただ、あなたたちが死んでいくのを見ていることしか。


でも今日、私は疫病と戦いました。リーゼお嬢様と一緒に。そして、多くの命を救いました。


あなたたちの分まで、私は生きています。


そして、これからも——


「マルタ」


振り向くと、リーゼが立っていた。


「眠れないの?」


「はい…少し」


「私もよ」


リーゼは、私の隣に座った。


「今日のこと、考えてた」


「…」


「救えた命と、救えなかった命」


リーゼの声が、小さくなった。


「前世でも、同じだった。どんなに頑張っても、救えない人がいる」


「…」


「それでも、諦めちゃいけない」


リーゼが、空を見上げた。


「一人でも多く、救うために」


私は、リーゼの肩を抱いた。


「お嬢様は、十分頑張りました」


「…」


「今日、あなたのおかげで、たくさんの人が生き延びられた」


「マルタ…」


「どうか、自分を責めないでください」


リーゼの目から、涙が流れた。


「ありがとう、マルタ…」


私たちは、しばらく黙って星を見ていた。


この子は、まだ12歳なのだ。前世の記憶があるとはいえ、心は繊細な少女。重荷を、一人で背負わせてはいけない。


私が、支えなければ。


52歳の薬草師として。そして、パートナーとして。


「さあ、そろそろ休みましょう」


「うん…」


私は、リーゼを部屋まで送った。


「おやすみなさい、お嬢様」


「おやすみ、マルタ」


扉が閉まる前、リーゼが振り返った。


「マルタ」


「はい?」


「大好きよ」


その言葉に、私は涙が出そうになった。


「私も、大好きです。お嬢様」


扉が閉まった。


私は、自分の部屋に戻りながら、心の中で誓った。


この子を、守る。支える。そして、一緒に歩いていく。


どこまでも。いつまでも。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ