第101話 記念すべき節目と新たな脅威
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春——王立医学院設立から二年が経ち、私は十九歳の誕生日を迎えようとしていた。
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医学院大講堂では二周年記念式典が盛大に執り行われ、三百名を超える来賓——国王陛下、貴族たち、各地の医師、医学院の教師と学生たちが集まっていた。
「本日、王立医学院は設立二周年を迎えました」と私は壇上で挨拶した。「この二年間で四百名を超える医師が巣立ち、ペニシリン、改良株ストレプトマイシン、ジフテリア抗毒素血清など新しい治療法が次々と開発されました。そして、何よりも——」私は会場を見渡す。「数万の命が、救われました」
拍手が湧き起こった。
「でも、これは終わりではありません」と私は続けた。「まだ救えない病気がたくさんあり、医療を受けられない人々がいます。私たちの挑戦は、これからも続きます」
再び大きな拍手が響く中、国王陛下が立ち上がった。
「リーゼ妃殿下」
「はい、陛下」
「そなたの功績を讃え——王立医学院に『リーゼ記念研究棟』の建設を命ずる」と陛下は宣言した。
会場がどよめく。
「陛下……!」私は驚きで声を上げた。
「そなたの名を冠した研究棟で、未来の医師たちが新しい医学を学ぶ。それが、そなたの功績にふさわしい」
「恐れ多いことでございます」と私は深々と頭を下げた。
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式典の後、親しい人たちが集まって私の誕生日を祝ってくれた。
「リーゼ、おめでとう」とアレクサンダーが花束を渡してくれる。
「ありがとう」
「十九歳か……早いものだな。もう結婚して半年だ」と夫が微笑んだ。
「そうね」と私も微笑む。
エリーゼ、ルーカス先輩、ヴィルヘルム先生、エルヴィン、マルティン——みんなが祝福してくれる。
「リーゼ先生、これからも頑張ってください。私たちも、ついていきます」とエルヴィンが言った。
「ありがとう、みんな」
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その時、侍従が慌てて駆け込んできた。
「妃殿下! 緊急の報告です! 王国東部のブレーメン港から伝令が——原因不明の病が発生しているとのことです」と侍従は息を切らしながら報告する。
「症状は?」と私は即座に尋ねた。
「高熱、激しい頭痛、そして——」侍従が震える声で続ける。「全身からの出血。鼻、口、目……あらゆる場所から血が出て、発症から三日以内にほとんどの患者が亡くなっているそうです」
私の背筋が凍る。会場が静まり返った。
「すでに三十名が死亡し、感染が急速に広がっています」
これは——出血熱だ。前世で学んだエボラ出血熱やマールブルグ病のような、致死率の高い感染症。
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「すぐに出発します」と私は立ち上がった。
「リーゼ! 危険すぎる」とアレクサンダーが私の腕を掴む。
「でも、行かなければなりません。これは、私にしかできないことです」と私は夫を見つめた。
「なら、僕も一緒に行く。君一人で行かせるわけにはいかない」夫が強く言う。「僕は君の夫だ。危険を共にするのは当然だろう」
私は夫の決意に涙が出そうになる。「ありがとうございます」
「私も行きます。私も医師です。手伝わせてください」とエリーゼが前に出た。
「エリーゼ……」
「私も」「私も」と次々と医師たちが名乗りを上げる。ルーカス先輩、エルヴィン、マルティン——みんなが危険を承知で同行を申し出てくれた。
「みんな……ありがとう」と私は涙を拭う。「では、チームを編成します。医師五名、看護師十名、護衛の騎士十名。必要な医療器材と薬品を準備して、一時間後に出発します」
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出発前、私は国王陛下に謁見した。
「陛下、行って参ります」
「リーゼ」と陛下が私の肩に手を置く。「無理をするな。この病は極めて危険だ。もし手に負えないと判断したら、すぐに撤退しろ」
「はい。でも、できる限りのことはします」と私は頷いた。
「分かっている。そなたなら必ず道を切り開く。期待しているぞ」と陛下は微笑んだ。
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一時間後、私たちは医療器材、薬品、防護服など可能な限りの準備をして馬車に乗り込んだ。
アレクサンダーが私の隣に座る。
「大丈夫か?」
「はい」と私は夫の手を握った。「一緒なら、大丈夫です」
馬車が動き出す。王都からブレーメン港まで三日の旅——その間に、どれだけ感染が広がるか。
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馬車の中、私は出血熱についての知識を整理していた。前世での記憶——エボラウイルス、致死率五十から九十パーセント、体液を介して感染する。治療法は対症療法のみ。この世界には抗ウイルス薬もワクチンもない。できることは感染拡大の阻止、患者の隔離、そして脱水症状への対処。
「リーゼ、この病について教えてください」とエリーゼが声をかけた。
「分かったわ」と私はチーム全員を集める。「この病はおそらく出血熱——ウイルス性の感染症です」
「ウイルス……?」とエルヴィンが尋ねる。
「細菌よりも小さい病原体です。目には見えませんが、非常に強力で致死率が高い」と私は説明した。
「治療法は?」
「対症療法のみです」と私は正直に答える。「脱水を防ぎ、出血を抑え——患者の体力がウイルスに打ち勝つのを待つしかありません」
全員が緊張した表情になる。
「でも、諦めません」と私は力強く言った。「感染を食い止め、一人でも多くの命を救います。そのために——」私は防護服を取り出す。「これを必ず着用してください。患者の体液に、絶対に触れてはいけません」
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三日後、ブレーメン港に到着した。そこは地獄だった——街には死臭が漂い、道端に遺体が放置され、生存者は家に閉じこもって誰も外に出ようとしない。
「これは……」とエリーゼが青ざめる。
「落ち着いて。私たちがここを救うのよ」と私は彼女の肩を叩いた。
港の医療施設では、地元の医師が一人、疲れ果てた表情で私たちを迎えた。
「王都からの援軍……ですか」
「はい。王立医学院総裁、リーゼ・フォン・ハイムダルです」
「……妃殿下が自ら……」と医師は驚く。
「状況を教えてください」
「はい」と医師は報告する。「発症者は現在五十名。そのうち四十名が既に亡くなりました。残り十名も——おそらく今日中に……」と彼は絶望的な表情で言った。
「まだ諦めないでください」と私は医師の肩を掴む。「私たちが来ました。一緒に戦いましょう」
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すぐに対策を開始した。まず患者の完全隔離——医療施設の一角を隔離病棟に改造する。次に防護服の着用を徹底。そして全員に指示を出す。
「エルヴィン、経口補水液を大量に作って。マルティン、出血を抑える薬草を準備。エリーゼ、患者のバイタルサインを記録」
私は最も重症の患者の元へ向かった。
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隔離病棟には若い男性が横たわっていた。全身から血が滲み出ており、目も鼻も口も——すべてから出血。意識は朦朧としている。
「大丈夫。あなたを助けます」と私は防護服を着て、そっと声をかけた。
まず経口補水液を少しずつ飲ませる。脱水が最大の敵だ。次に出血部位を慎重に処置する。止血剤を塗布し、清潔なガーゼで覆う。そしてひたすら待つ——患者の体が、ウイルスと戦うのを。
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二十四時間、私たちは不眠不休で働いた。十名の重症患者を交代で看護し、アレクサンダーも物資の運搬や患者の移送を手伝ってくれた。
そして最初の夜明け——若い男性が目を開けた。
「……ここは……?」
「病院です。あなたは助かりました」と私は涙が出そうになる。
「……本当に……? ありがとう……ございます……」と男性の目から涙がこぼれた。
一人——たった一人だが、救うことができた。
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それから一週間、私たちは必死に治療を続けた。十名の患者のうち三名が回復、七名は残念ながら亡くなった。致死率七十パーセント——前世の知識通り、恐ろしい病だった。
でも——
「新規感染者が、ゼロになりました」とエルヴィンが報告した。
隔離と衛生管理が効果を発揮し、感染の拡大は食い止められた。
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二週間後、ブレーメン港は徐々に日常を取り戻し始めていた。遺体は丁寧に埋葬され、街は清掃され、生存者たちは恐る恐る外に出始めた。
「妃殿下、本当にありがとうございました。あなたがいなければ、この街は全滅していました」と港の代表者が深々と頭を下げる。
「いいえ。まだやるべきことがあります。この病の原因を突き止めなければなりません」と私は首を振った。
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私は最初に発症した患者の家を訪れた。そこは港の倉庫街にあった。
「この家の人は、何をしていたんですか?」
「船の荷物を扱う仕事です。最近、南方からの船が来ていて、珍しい動物を運んでいたそうです」と隣人が答える。
「動物……」と私は倉庫を調べた。
そして檻の中に、小さなコウモリの死骸を見つけた。
「これだわ……」コウモリ——前世でもエボラウイルスの宿主とされていた動物。「この動物が、ウイルスを運んできたのね」
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王都に帰還する前、私は港の人々に警告した。
「南方からの動物の輸入を当面禁止してください。特にコウモリや野生動物には近づかないように。もし同じような症状の人がいたら、すぐに隔離して王都に連絡してください」
「分かりました」
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王都への帰路、馬車の中で私は疲れ果てていた。アレクサンダーが私を抱きしめてくれる。
「よく頑張ったね」
「でも……七人を救えませんでした。もっと早く着いていれば……もっと良い治療法があれば……」と私は涙を流した。
「リーゼ」と夫が優しく言う。「君は三人の命を救った。そして街全体を感染から守った。それは誰にでもできることじゃない」
「……ありがとう」
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王都に戻ると、国王陛下と多くの人々が出迎えてくれた。
「リーゼ、よく戻った。そなたの功績は王国全体に知れ渡っている。ブレーメン港を救った英雄だ」と陛下が私の肩を叩く。
「恐れ多いことです。ただ、医師として当然のことをしただけです」と私は頭を下げた。
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その夜、私は王妃の私室で一人静かに考えていた。
十九歳になった。王妃として、医師として一年が経った。多くの命を救った。でも、まだ救えない命もある。未知の病気が次々と現れる。
私の戦いはまだまだ終わらない。でも諦めない。この世界の医療をもっと発展させる。一人でも多くの命を救う。
それが——リーゼ・フォン・ハイムダル、十九歳の誓い。
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