第1章:規則その一
この世界には、裏社会と深く繋がり、法の網をすり抜ける悪人たちが数多く存在する。
権力と金で全てを操り、影から人々を支配する彼らに、唯一対抗できる手段がある。
それは──依頼人から莫大な報酬を受け取り、あらゆる「問題」を消し去る組織。
その名は 「Men In White」。
暗い部屋。
天井から吊るされた小さな電球が、不規則に明滅している。
一瞬の光の中で、鎖につながれ、目隠しをされ、全身傷だらけの男が浮かび上がる。
傍らには血のこびりついた拷問器具。
左側の壁には片面ガラス。
その向こうから二人の男がじっと見つめていた。
マッキングバード──がっしりとした体格に角刈り、眼鏡をかけた巨漢。
スネーク──中肉中背、蛇のような鋭い目と落ち着いた黒髪。
二人とも、靴下まで真っ白なスリーピースのスーツに身を包んでいる。
「もういいだろう、スネーク。十分やった。」マッキングバードが低い声で言う。
「そう思うか?」スネークが視線を外さずに返す。
「一週間ぶっ通しの拷問だ。ここまで耐えたなら、もう…。」
スネークはボタンを押し、室内の男に声をかける。
「おめでとう。最後の試験を突破した。ようこそ『Men In White』へ。今、解放してやる。」
男は小さくうなずくだけだった。
数分後、彼は二人の前にひざまずいていた。
「これからお前は デッドターゲット と名乗れ。」マッキングバードが告げる。
「生きるのも死ぬのも、この組織のためだ。」
スネークが続ける。
「殺すのは任務の時だけだ。それ以外では絶対に力を使うな。規則は一字一句守れ。」
デッドターゲットは黙って頭を垂れた。
三ヶ月後──
傷跡は醜い痕となって残ったが、痛みはもうない。
風呂を済ませ、真っ白なスーツに袖を通す。
耳元のイヤホンから声が流れた。
「デッドターゲット、至急、局長室へ来い。」
巨大な扉の前に立ち、コンコンとノックする。
「入れ!」
局長は重厚な机の向こうから短く言った。
「緊急任務だ。時間がない。詳細はこのファイルに入っている。」
立ち去ろうとするデッドターゲットに、局長が一言だけ付け加える。
「…デッド。忘れるな。規則その一──失敗は許されない。」
夜。
デッドターゲットは古びたホテルに一泊し、深夜に部屋を出た。
手にはバイオリンケース。
屋上へ上がり、ケースを開けると、中には精密に分解された狙撃銃の部品が並んでいる。
手際よく組み立て、腹ばいになって照準を覗く。
標的は、石油で巨額の富を築き、多くの村と人々を食い物にしてきた男。
明日、土地と資源を完全支配する条約に署名する予定だ。
それを阻止できるのは──今夜しかない。
失敗は許されない。
彼は息を整え、三発の弾丸を放つ。
最初の二発は防弾ガラスを砕き、最後の一発が額の中心──眉間を正確に貫いた。
任務完了。
証拠を全て回収し、気配を残さず去っていく。
その顔には、一片の感情もなかった。
まるで死神のように。
つづく…