EP:09
「アリシア?」
悪魔が私の名前を呼ぶ。
少し思い詰めた顔をした私を、不思議そうに見つめた。
私は深呼吸して、それから至って冷静に伝えた。
「残念ながら、貴方のご期待には沿えないでしょう」
「どうして?」
「知りませんか?私達人族は、魔族と相容れないのです」
「……それは、個人間の問題だろう?少なくとも俺は君に危害を加える事は無いよ」
「いいえ、関係ありません。私達人族には、"呪い"……いいえ、"女神様の加護"があります」
「女神様の加護?」
「はい。人族が魔族と触れ合えば、強制的に恐怖心を抱きます」
「……へえ?」
「私の血を食すのであれば、私に触れるでしょう?だから、強制的に嫌悪感に陥るのです」
「……なるほどね」
「生憎、この加護は解呪できません。そして、その強制力に抗う術もありません」
「うん」
「なので、私を"幸せ"にしたい、というのは不可能でしょう」
「君の言い分は分かったよ。……それで、どうすれば、君は幸せになれるの?」
(……は?)
「……えっと、聞いてました?」
「もちろんだよ、君の言葉はとても大切だからね」
(……ん?)
「では、私が幸せにならない、と言った意味が分かりませんか?」
「いいや?きちんと理解したよ。とても分かりやすい説明だったね」
……会話に、なってない。
「そうですか。分かりました。私も少し、貴方と会話がしたいです」
「構わないよ、どうしたの?」
「えぇ、少し、文句を言おうと思いまして」
「文句?」
「はい。貴方は「言葉が足りない」と言われた事はありませんか?」
「……どうだろう、そんな事あったかな……?」
「そうですか。では今言います。貴方の考えている事が分かりません。説明してください」
はっきり言えば、限界だった。
いい加減にしてほしかった。
ずっと、こちらの事を考えず、自分のしたい事ばかりを押し付けるその傲慢さに。
私を買ったのだから、私の主人なのだから、私のどう扱おうが好きにすればいい。
でも、それでも、全く何も知らないというのは、それだけでストレスだ。
今、私は我慢できる程余裕を持っていない。
人生に何も期待をしていないから。
全ての推測はあくまで憶測の域を出ない。
例えば、私の生き血を触れずに飲める方法があるなら、確かに問題は無い。
なら、そう伝えてほしい。
こちとら人生をもう諦めてる。
今更怖い物も無い。
本気で、いつ死んだっていいと思ってる。
だから、せめて一思いに、殺してほしい――。
「……すまない、怒らせてしまったみたいだね?」
「はい、とても不愉快です」
「どうすれば機嫌が直るだろう?また、生き返らせればいいかな?」
「馬鹿が」
思わず、そのまま言葉が出てしまった。
私の言葉に、悪魔はきょとんとしていた。
「失礼しました。ご説明頂ければ、機嫌も直ります」
「……そうか?えっと、何が知りたいんだろうか?」
(……ふぅ)
怒りに任せて言葉を発言しそうになった。
自分を落ち着けて、説明してあげる。
「説明、聞いてましたね?」
「あぁ、呪いだか聖女の加護があるんだろう?」
「はい。それをどうするつもりですか?」
「え、どうって、何?」
「……は?」
「え?」
「……私の血をどうやって食すつもりですか?」
「大体首か太ももを噛む事になるね。噛みやすくて、それから血管の太い場所を選ぶ」
「そうですか。結構です。その際、私に触れますね?」
「そうだね、君を抱く事になるだろうね」
「そしたら、呪いが発動して、私は嫌悪感を感じて、幸せとは程遠いい感情になります」
「……そうなんだね?」
「そしたら、貴方の求める"味"にはならないでしょう」
「あぁ、なるほど、そういう事か」
(馬鹿が)と、言いたくなる気持ちを抑えた。
危ない。落ち着け、落ち着くのよ私。
「はい。なので、私に触れずに、食事ができますか?」
「……ん?まぁ、出来ない事も無いが……まぁ、直接噛んだ方が旨い」
「それでは、呪いが発動します」
「うん」
あまりに話が進まず、苛立ちだけが募った。
もう、死ぬ覚悟を持ってるのだ。
正直に言えば、もう全てがどうでもいい。
「私が死ねば、呪いは発動しませんよ」
「そうなんだね」
(……おかしい)
「……呪いのこと、全然気にしてないように見えますが?」
「あぁ、別に問題ないよ」
(……え?)
「問題、ありませんか?」
「うん、問題ない」
「な、なにが?」
「……なにが、とは?」
「何故、問題ないと、言えるのですか?」
「ん?あぁ、なるほど、君はそんなことを気にしていたのか」
最初っから、そう言ってんだろ。
「えぇ、何が、どう、問題ないのか、お聞かせ頂ければ」
「そうだな、まず、君は呪われていない。だから、君が言う呪い?は呪いではないね」
「……はい」
「それから、加護なる物も無い。つまり、君の言う呪いもどきは、思い込みかな」
「……思い込み、ですか?」
「そう。ただ、人族と言うなら、思い込みよりも"洗脳"のが近しい」
「……洗脳、ですか」
「洗脳されているかどうかは分からない。少なくとも今の身体に異常は見られないよ」
「……私に触れれば分かるのでは?」
「いや、やめておこう。嫌な気持ちは味が落ちる」
「そうですか……」
「まぁ、呪いでも加護でも洗脳でも、問題は無いよ」
「……その理由は?」
「元を殺せばいい。呪いも加護も洗脳も、全て"元"がいるからね」
「……え?」
「世界からの抹消でも構わないけど、女神の抹消は世界の均衡に関わるからあまり推奨はしないよ」
「……ふふ」
なんだか、もう、笑えて来た。
規格外すぎる。
「女神様を、殺す、ですか?」
「うん、女神の名前が分かれ早いけど……まぁ分からなくても問題ないよ」
「それはそれは、女神様とお会いになった事でもありますか?」
「当然だよ」
「そうですか、考えるの止めました。では洗脳している者を殺しますか?」
「そうだね……」
悪魔は少し考えてから、静かに言った。
「ただ、君の呪いもどきは残しておいてもいい。他の奴が手出ししにくいだろうし」
「私が、恐怖心に駆られるだけなので、手出しはしてくるのでは?」
「え?あぁ、味がね。落ちるから、そのままで良いって意味だよ」
「……では、どうするのですか?」
「まぁ、他にもやり方は沢山あるよ」
「教えてください」
「あ、あぁ。そんなに睨まないでくれ」
「話が進まなくてイライラしてるんです」
「そ、そんなに大切な話かな? 俺は君の幸せについて話がしたいけど……」
「えぇ、私が幸せになります。早く話してください」
「幸せになるの……? まぁ、……やり方は、いくつもある。例えば君は抵抗する術が無いと言ったが、その抵抗力を上げる方法」
「精神力を鍛えるのですか?」
「精神力を鍛えるのは難しそうだね。もっと単純に、抵抗力を与えてあげればいい」
「……つまり?」
「魔法を使えば容易い。触れた瞬間に自分を鼓舞する、といった暗示を含ませるだけでも違うだろうし、恐怖心の反対、幸せを思い出すように仕組む事も可能だよ」
「他の記憶や感情で抵抗する、という事ですか?」
「まぁ、そうだね。言語化は難しい。とりあえずそんな感じ」
「なるほど、他には?」
「人間には確かこんな言葉があったよね、目には目を、歯には歯を。って。いい言葉だ」
「……つまり、呪いには呪いを、ですか?」
「そう。話が早くて助かるなぁ」
「いいから、説明してください」
私が少し不機嫌な顔をしたら、悪魔はたじろいだ。
こんなことで引かないでほしい。
「今回は恐らくだが、洗脳だろう。だから洗脳してあげればいい。より強い洗脳のが優先されるだろうね。例えば、悪魔に触れたら幸せになる、という洗脳だって可能だ」
「……恐ろしい、ですね」
「はは、たとえ話だよ。他にも、既存の洗脳を上書きするとかね。その洗脳自体を変えてしまえばいい」
「……出来るのですか?術者が違うのに」
「可能だよ。なんの問題も無い」
「……そうですか」
「他にもあるけど、聞きたい?」
「そうですね、ざっくり……」
「そうだね、君の記憶の改ざん、君の過去への干渉、君の構築のし直し、とか」
「……」
「まぁ、一番簡単なのは、俺が命令することだね」
「……命令、ですか?」
「うん。俺の魔力を超える相手は居ないだろう。俺に対し、呪いの発動を除外する、で目的の結果になるだろうね」
「……そんな、簡単な事で、呪いが解けるのですか?」
「そうだね。まぁ、手順は必要だけど。俺が命令すれば、どれだけ根底にある物でも覆るよ」
「……そう、ですか」
正直言って、理解できなかった。
人間に理解できる次元の話じゃない、と思った。
それから、まぁ、どうでもいいか、とも思った。
現実味の無い話なのに、受け入れられる。
呪いのせいで殺される事は無くなった、のだろう。
どうやら私の人生は、まだ終わらせてもらえないらしい。




