表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

EP:02


目を覚ました時、目の前に広がっていたのは、見覚えのない天蓋だった。


(……ここは)


身体を起こそうとした瞬間、全身を駆け抜ける激痛に動きを封じられる。



「いっ……」


その痛みが引き金となり、記憶がフラッシュバックのように脳裏へ蘇った。


(そうだ、私……買われて――)


(逃げなきゃ)


痛みに耐えながら無理に上体を起こし、部屋の様子を素早く確認する。


出口は二箇所。窓と扉。



窓の外を覗けば、見知らぬ景色。


ここがどこの国かすら分からない。


下を見れば、高さは3階ほど。


(ここから飛び降りるのは……無理か)


そう判断し、扉に向かう。


動くだけで息が苦しく、全身が軋む。


気づけば、手当てを受けていたらしく、包帯が巻かれていた。


忌まわしい手枷も外されており、体内に魔力を感じる。


これなら、問題なく魔法の使用ができる。


(……よし、逃げられる……!)



扉の前で足を止め、耳を澄ませる。


(……気配は、ない。今なら――)


意を決し、扉に手をかける。


静かに、慎重に開けた。



……まさか。


気配は確かに無かった。


なのに――。


扉の先に、悪魔が立っていた。



黄金の短髪が微かに光を弾く。


紅い瞳、整いすぎた顔立ち、雪のような肌。


種族特有の長い耳と、額に小さく生えた角。


赤いピアスが三本、耳元で揺れていた。


上質な仕立ての服を身に纏うその姿は、誰が見ても「美しい」と言うだろう。


存在を知らなければ、誰もが一目で魅了されてしまう。


そして、その人間を食い物にする。



「……吸血種」


「正解」


思わず洩らした私の言葉に、悪魔は微笑みながら応じた。


ハッとして距離を取り、即座に魔法を詠唱する。



「凍て付け! メル・コールド!」


――沈黙。


何も起こらない。


(……え?)



「凍て付け! メル・コールド!」


再度の詠唱も、何も起こらない。


(なぜ!?)



「……勿体ない」


悪魔はそう呟き、面倒そうな足取りで部屋の中に入ってくる。


(何?何が起こってるの?)


選択した魔法が悪い可能性を考え、直ぐに別の魔法を詠唱する。



「貫け! メル・スピア!」


ゆっくりと近づく悪魔に、変化はない。


やはり、魔法が発動しない。


(魔力はある、詠唱も間違っていないのに……どうして!?)


何が起こってるか理解できない。


その間にも、悪魔は歩みを止めない。



「動きを封じろ! メル――」


「勿体ないって、言っただろ?」


詠唱が終わる前に、悪魔は背後を取り、私の口を塞いだ。


振り払おうとするが、その力には到底敵わない。



突如、酷い嫌悪感に襲われる。


(……っ……怖い、怖い)


恐怖が、異物感が、一気に心を支配する。


呼吸が乱れ、震えが止まらない。


意識が霞み、感覚すら遠のいていくようで。


強制的に感じさせられる、嫌悪、恐怖、異質――。



「ここで魔法は使えないよ。精霊が立ち入れないからね」


悪魔はそう言うと、私をそっと解放した。


咄嗟に距離をとる。


悪魔から離れれば、()()()()()は無くなっていく。


全身を倦怠感が包み、冷や汗が背筋をつたった。


(これが……悪魔)


決して抗えない、相容れない。


()()()()()――。



「屋敷からの脱出も不可能だよ。だから、“大人しくしろ”」


その言葉に、刻印が淡く光った。


それを"命令"として、身体に制限が入る。


(……っく、動けない……!)


悪魔は私の傍まで来て、静かに抱き上げた。



悪魔が近くに来るだけで、()()、抗えない恐怖心に襲われる。


(……あぁ……う……っ!……怖い、怖い……)


私の気持ちとは裏腹に、悪魔はとても優しく私を抱き上げた。


それから優しく、ベッドに寝かせてくれた。



(……何が起きているの)


悪魔の言動が、理解できなくて、混乱した。


ベッドの傍で、悪魔は椅子に座った。



「まずは身体を治そう。人間はとても脆いからね」


「……目的は何ですか」


身体が"大人しくする"を行使していて、自分の意思で動かない。


話しが出来るだけ、まだ救いか。



「話は、治ってからにしよう」


「……解放してください」


「それは、無理かなぁ」


「……私をどうするつもりですか」


「大丈夫。心配しないで」


(……まともに答える気はないようね)



「……この屋敷には他に誰か?」


「眷族が数名。世話は彼らに任せる。あとで紹介するよ」


「……人間は、私だけですか」


「そう。君以外はいらないからね」


(……いらない?)


吸血種が人間を必要としないはずがない。


例え悪魔とて、食事をしなければ生命の維持が難しいはず。


私以外にも、人間のストックはあるはず……。


つまり、他の食糧は"既に"、という意味だろうか。



「……なぜ、魔法が使えませんか」


「言ったろ?精霊はこの屋敷に入れない」


「……精霊とは?」


「あぁ……。その話は、また今度にしようか」


「……ここからは、出――」


「ねぇ、他にもっと聞くことあるんじゃない?」


「……」


「俺の名前とか、誰が手当てしてくれたか、とか」


「……」


「君の名前、教えてくれる?」


「……」


「まあ、いい。できるだけ命令はしたくないし。そのうちでいい」


「……私を、どうするの」


「言っただろ。何もしないよ。君を傷つけるつもりはない」


(……つまり、生き血を好む偏食種か)


この悪魔の言動に、敵意は感じない。


すぐに殺される事は、恐らくない。


ただ、何かを判断するには、やはり情報が足りない。



「……あなたの名前は?」


「いいね。レオンって呼んで」


「……では、レオン。ここは?」


「俺の屋敷だよ」


「どの国に属してますか?」


「どこにも属していない」


(……まさか、魔王領か。最悪だ)


たとえこの屋敷から出られたとて、生きて帰る事は難しい。


人間が足を踏み入れてはならない領域だ。


……。


(私の墓場はここか……)


諦めた訳ではないが、状況は何一つ良くない。


奴隷契約。魔法封印。身体損傷。敵地の只中。


生きる希望の可能性は、限りなく低い。



「さて、食事にしよう。人間用の食事を用意させた」


悪魔は、用意された皿を私に差し出した。


(……見た目は普通。でも、信用できない)


「今は、食べたくありません」


「あまり我儘言わないで。人間には食事が必要だ」


「……」


「……はぁ、仕方ない。"食え"」


刻印が再び淡く輝き、身体が否応なく動き出す。


「っ……!」


(嫌だ……何が入ってるかも分からないのに!)


必死の抵抗も空しく、自分の手で口元へ運ばれる。


(……っ……くそ!)


命令には、逆らえない。


震えながら口に運ぶ私を、悪魔はずっと見ていた。


何もせず、言わず、ただ、見られていた。



自分の意志とは裏腹に、身体は淡々と栄養を取り込んでいく。


自分の身体なのに、自分の意思で行動できない。


屈辱。絶望。


命令されるたびに、心の抵抗力は削られていく。


(……早く、なんとかしなければ……)


悪魔の目的がなんであれ、早くここから脱出しなければならない。



食事を終えると、急激な眠気に襲われた。


(やっぱり、何か盛られていた……)


抗うこともできず、まぶたが閉じてゆく。


――遠くで、誰かの声が聞こえた気がした。



「……おやすみ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ