EP:12
「……すまない、何か気に障っただろうか」
「全部、全部よ!全部意味わかんない!」
「極力、君に伝わる様に話したんだけど、何が分からなかった?」
「だから全部だって!その理解していないところも、論点がズレるところも、全部嫌!」
「す、すまない、人間と話す事に慣れていないんだ」
「えぇ、そうでしょう!そうでしょうとも!だからこんなにイライラしているの!」
「今後は、できるだけ不快にさせないよう努める。だから……怒らないでくれ」
悪魔の困った顔に、少しだけ冷静を取り戻す。
……わかってる。どうして、こんなにも苛立っているのか。
自分がいちばん、分かってる。
――私は、この現状に可能性を感じている。
だから、期待してしまうのだ。
口先だけで慰める悪魔に、肝心なところで言葉を濁す悪魔に。
もっと気の利いた言葉は言えないの?
もっと、行動で示してくれないの?
そうやって、求めてしまっている。
相手が、“悪魔”であることを理解しているのに。
だけど、悪魔のその"思惑"に、縋ってしまいたいと、心が、受け入れ始めている。
……。
(私は、愚かだ)
目の前で殺されるララを見た。
私の体を弄ぶ悪魔に恐怖した。
人智を超える力の差に、絶望した。
なのに。
それなのに――。
「貴方は、私に希望を見せている!もう人生を諦めた私に、貴方は幸せになれという!」
「もう何も望まない!望みたくない!幸せになる権利すら持っていない!」
「それは、私の覚悟であって、そして私の望む未来だ!」
「貴方は、確かに私の主人だ。私に刻まれたこの“刻印”が、それを否応なく告げている!」
「だけど、私の気持ちを、心を、弄ぶ権利はない!」
「貴方の願いは、私をただ苦しめているだけだ!」
その言葉は、悪魔に向けていたようで、きっと、自分自身に言い聞かせていた。
私は"聖女"なのだから、と。
声が、こだまする。
何十回、何百回と言われた"聖女"の姿を唱える声。
"聖女"は、女神様から祝福されし高貴な存在。
"聖女"は、その力を私利私欲に使わず、他者の声に耳を傾ける存在。
"聖女"は、民を導き、国に光をもたらす存在。
"聖女"の進む道は険しく、後に花が咲き、その上を赤子が歩く。
"聖女"は決して俯かず、その瞳は未来を見通す。
"聖女"であるからには、その姿が模範でなければならない。
"聖女"であるからには、その存在が敬われ、尊ばれ、愛されねばならない。
"聖女"の存在は、光であり、希望であり、未来であり、そして愛である。
聖人君子の様に、誰もの理想になりなさい、と。
そんな人間が、悪魔の声に耳を傾けたりはしない。
"聖女"の事は、自分が一番良く分かっている。
だから、お願いだから、
私に、夢を、見せないで――。
「君の言う事は、理解できない」
「君が幸せになる権利が無いという、その意味も分からない」
「俺は心を弄んだつもりは無いし、俺は自分の発言を実現できるだけの力を持っている」
「それを望まなかったのは君だし、手を取らなかったのも君。そして、その選択をしたのは君だ」
「それを咎めるつもりは無いし、君の好きにすればいいと思う」
「だが、俺は君を手放さない。例え君が君でなくなってしまっても、それは変わらない」
「だから、君を再構築することに抵抗はない」
悪魔の言葉は、やっぱりどこかズレていて。
寄り添う心を持ち合わせていないのか、それともそんな言葉を知らないのか。
私の叫びの解答としては0点で。
人間の感性で言っても0点で。
どこまでも悪魔で、どこまでも相容れない。
「貴方の言う事は暴論だ。私で駄目なら別の私を作るのか」
「そうだね、君を幸せにする為なら」
「……もし、その“作り直された私”も幸せを望まなかったら?」
「……その可能性はほぼ無いけど……仮にもし望まなかったとしたら、また作り直すよ」
「っ……どうして……どうして殺してくれないの……」
「何を言ってるの? 殺したら、味わえないじゃないか」
「貴方は、全てが、あまりに、理不尽だわ……」
「……何が、そんなに不満なの? 幸せにしてあげるって言ってるのに」
理解し合えない言葉の応酬。
ねぇ、私のこの悲痛な叫びを聞いて、貴方は何も思わず、何も感じず、ただ目的の為に動けるの?
ねぇ、貴方は悪魔だから、人間をどう扱おうと勝手なの?
ねぇ、何であなたはそんなに、強いの――?
それは、とても羨ましくて。
……そして、とても残酷だ。
「……分かった」
「そう?なら準備しよう。色々、大変なんだ」
「いいえ、そうじゃなくて」
「なに?」
「私、貴方を利用しようと思うの」
「……つまり?」
「私を、幸せにしてくれるのでしょう?」
「あぁ、君が望むままに。全てを叶えるよ」
「……なら、私は、幸せを望むわ」
「本当に? よかった! 人体の再構築は繊細でね、できれば避けたかったんだ」
悪魔の声は、無邪気なまでに嬉しそうで、その顔には、ためらいも迷いもなかった。
私の選択は、きっと間違っているのだろう。
"聖女"が、望んでいい結末ではない。
"聖女"の選択として、到底理解されるものではないだろう。
諦めた人生、諦めた命。
悪魔の囁きに縋る私は、なんて惨めで愚かしいだろう。
でも。
でもね。
最初から私は、どこまでも愚かで、どこまでも浅ましい"ただの人間"だった。
"聖女"になろうと努力しただけの、"ただの人間"。
"聖女"になりきれなかった、いいえ、"聖女"に夢を見ていただけの少女に過ぎない。
そして、もう、あの日をもって、"聖女"は死んだ。
その責も、十分に務めた。
“逃げた”と言われても、“人でなし”と罵られても、私は、自分の選択を振り返らない。
何故なら、私にそう"選択"させたのが、あなた達だから。
私の選択に、意を唱える権利は、誰も持ちえない。
私は、もう、"聖女"じゃない。
悪魔の声に耳を傾けてしまうほど、弱く脆く、浅ましい、ただの人間だ――。




