EP:10
「……そもそも、これは君が気にする事じゃない。呪いは、俺に影響するだけでしょ?」
「そうですね。ですが、貴方の目的と相反するので」
「……相反するからなに? なぜ呪いの事を話したの?」
「……どうでも、よかったからです」
「どうでもよかった?」
「はい。もう、どうでもいいのです。例えここから逃げられたとしても、ここに縛られたとしても、私は、もう自分の人生に価値を見出せません」
「……それで?」
「だから、呪いのことを話して、あなたに殺していただければと、そう思ったのです」
「……へぇ?」
「でも、もしあなたの言葉が事実なら……その呪いは取るに足らない問題なのだとしたら、私は殺されない。それだけのことです」
「……まぁ、いい。……それで、君の懸念は解消された?」
「えぇ、とりあえずは」
「なら、よかった。さぁ、君の“幸せ”について聞かせてくれ」
「幸せ、ですか」
「そう! 宝石でもドレスでも、好きなものを用意しよう」
……。
(幸せ、ね)
難しいことを言う。
この状況で、何が“幸せ”なのか。
それを考える事も億劫だ。
なにも期待していない。なにも望んでいない。なにもしたくない。
「……では、解放してください」
「……まぁ、そう言うだろうとは思ったけど」
私の答えなんて分かりきっていたのか。
悪魔の表情は変わらない。
「いいよ。条件をのんでくれるなら、解放してあげてもいい」
「……え?」
(解放……してくれるの?)
「人間は帰巣本能が強いからね。どれだけの贅沢をさせても、結局帰りたくなるでしょ?」
「……ええ」
「それを押しとどめていては、君の気分は一生晴れない。だから、条件次第では、自由を許す」
「では、その条件とは?」
「"魂の誓い"をしてもらう」
「それは……!」
「それさえ交わせば、この主従契約も破棄する」
「無理です」
「まだ、その内容を話していないよ」
「……」
"魂の誓い"は禁忌の中でも禁忌とされ、存在すら秘匿されている。
それは"魂"に刻まれる、絶対制約である。
"魂の誓い"による契約は、何人たりとも犯す事は許されない。
一度刻まれた契約を破棄する事も、改ざんする事も出来ない。
そして、それは輪廻転生した場合でも、変わらずに"刻まれている"。
つまり、とてつもないリスクを伴う"誓い"だ。
「俺は君を手放す気は更々無い。だけど、君が解放を望むなら、それを叶えてあげたいと思う」
「わかりました、では、その内容をお伺いします」
「"俺の所有物"になってほしい」
「無理です」
「まぁ、そう言うよね」
「もっとまともな提案はできませんか?」
「うーん、色々、確実なんだけどね」
「では却下します」
「そうなると、君を解放できない」
「どうにかしてください」
「随分我儘を言うね」
「……“幸せにしてくれる”のでしょう?」
「他の事では幸せにならないかな?」
……。
幸せ、ね。
「……正直に言えば、解放されても、私は幸せにはなれません」
「……どうして?」
「帰ったとしても、行くあてが無いのです」
「家族に会いたい、と思っていたけど?」
「ええ、会いたいです。でも、会うわけにはいきません」
「それは……どうして?」
「どうしてって、私が聖女だからです」
「あぁ、君聖女だったのか」
「……知らなかったのですか?」
「そうだね。ますます楽しみになってきたよ……!」
嬉々とした声音に、うっすらと笑みを浮かべたその口元から、鋭い牙がのぞいた。
「ともかく、“聖女”は、国の保護下に置かれる立場です。家族のもとに帰っても、すぐに連れ戻されてしまうでしょう」
「……それで?」
「それで、また死んだように働くのです。他に道はありません」
「なるほど、だから帰る場所が無い、と」
「はい」
「口ぶりからするに、君は聖女の役割が嫌いなのか?」
「……ええ、嫌いです」
「なら、放棄すればいい」
「できないのです。私の家族が人質に取られているので」
「……だから?」
「だからって、だから役割を拒否できません」
「……? 君は“聖女”なのだろう?」
「はい。この称号を頂いたばかりに、私はずっと、後悔しています」
「……そうか。まぁ、人間の考える事は良く分からない」
「貴方達と、分かりあえると思いません」
私が悪魔の考えを理解できない様に、悪魔もまた、私たちの事など知らないだろう。
捕食者が被食者の事情など知る必要も無い。
私は、この悪魔にとってただの餌であることに変わりないのだから。
もし、私が“幸せになれない”としたら。
この悪魔は、私を殺すのだろうか。
……それなら、せめて、痛みがないといい。
それが、今、私が望む、ただひとつの願いだ。




