EP:01
打たれた薬の影響か、視界は靄がかかったように霞み、焦点が定まらない。
考える力も失われ、思考は断片的にしか働かない。
全身が軋むように痛い。
内臓も外傷も損傷が酷く、吐き気と倦怠感に襲われ、辛うじて意識を保っている状態だ。
(……なぜ、生きているのだろう)
自分でも理解できないほど、満身創痍だった。
床のコンクリートの冷たさが、容赦なく体温を奪っていく。
(せめて、魔法が使えたら……)
力なく落とした視線の先には、自らの腕。
そして、そこに装着された収魔石で作られた手枷。
この石のせいで、体内の魔力は制御不能となり、常に流出し続けている。
そして、魔力の制御ができなければ、魔法は使えない。
この手枷を外さぬ限り、私は“ただの人間”だ。
檻の外から、くぐもった話し声が聞こえてくる。
おそらく、奴隷商と私を買った悪魔のものだろう。
ほどなくして、牢の錠前が開く音が響く。
首に繋がれた鎖が乱暴に引かれるが、私は動かなかった。
「バチンッ!」
乾いた音と共に、鞭が皮膚を打つ。
傷口が裂け、痛みに声が漏れる。
「うっ……」
それでも、私は動かない。
――いや、動けないのだ。
痺れを切らしたのか、奴隷商が醜悪な声で命じた。
「出てこい」
肩に刻まれた主従の刻印が淡く光り、その命令を強制する。
私はふらつきながら身体を起こし、震える足取りで檻の外へと進む。
無理やり身体を動かしたせいで、蓄積された痛みが全身を走る。
「あ……うっ……」
顔を上げれば、目の前に悪魔がいた。
私たちが最も忌み嫌う存在。
世界から排除しなければならない、害獣。
霞む思考の中で、それでも憎しみだけは鮮烈に湧き上がる。
(私は……この男に……)
奴隷商が何か短く呪文を唱えると、再び主従の刻印が光を放つ。
熱が、全身を駆け巡った。
――ドクン、と。
巨大な鼓動と共に、痛みが爆発する。
「う……はぁ……ぁあ……!」
膝をつく。息ができない。全身が燃え上がるようだった。
「はぁ……はぁ……」
そして、私は理解する。
私は今――
この悪魔の、所有物になってしまった。
(どうして……どうして、こんなことに……)
「カシャン」と、鎖が引かれる音が響く。
思考は再び霧に沈み、ただ従うことしかできない。
鎖の微かな振動すら、全身に痛みを走らせる。
震える足で、たどたどしく悪魔の後を追う。
意識の隅で、朧げな理性が最後の抵抗を試みる。
私は、自分の舌を噛み切ろうとした。
だがその瞬間、再び刻印が発光し、身体が凍りついた。
「うっ……!」
強烈な電撃が走り、私はその場に崩れ落ちる。
「……おい」
低く、苛立ちを孕んだ声が降ってくる。
悪魔は大きく溜息をつき、それから迷いなく私の身体を抱き上げた。
まるで、壊れ物を扱うように。
そして、突如として背中から真っ黒な翼を広げると、夜の空へと飛翔した。
悪魔の腕の中で、私はただ思った。
(……死にたい)
その思考を最後に、意識は闇へと沈んだ。
月を背に、夜の帳を引き裂くように飛ぶその姿は、
かつて世界を恐怖に陥れた“災厄の影”と、あまりにもよく似ていた。




